【電子書籍化記念】ノエミ(幼少期編)
電子書籍化記念SSです
ヒューゴとノエミの幼い頃の話――
私の名は、ジョルジュ・ルナール。
ベルフォーレ王国の侯爵の地位にはあるものの、国の中では目立たない、力の弱い貴族である。能力も財力も、さほど突出するものがない一族だからだ。
そんな我が家に、何故か国一番といってもいいベルトラン公爵家から婚約話が来た。
一人娘のノエミを、ベルトラン家のヒューゴ様に娶せたいという。
仰天である。
何かの間違いだと思った。
ノエミは、親の欲目ではあるが、確かに可愛い。同じ年頃の少女たちの中では、国で三番目くらいに可愛い。
可愛いが、魔道具大好きの少々変わり者である。まだ5才なので、これから先、伸びる部分があるかも知れないとはいえ……正直なところ、他の子と比べて特別に賢いということもない。魔力量も人並み、礼儀作法も人並みだ。
どう考えても公爵夫人に相応しいワケではない……と思う。平凡な親とすれば、大きい家へ嫁ぐより、うちと似たような平凡な家へ嫁いだ方が幸せではないだろかとも思う。
しかし、ベルトラン家からの話をその程度の理由でこちらから断れるはずもなく。
数年のうちに婚約の話は白紙になるのでは……という不安を抱えつつ。
ノエミと、ヒューゴ様の婚約は結ばれたのだった。
※ ※ ※
「これは、なんの魔道具ですか?」
「ああ、それは風鏡だよ。百年前の古魔道具だね」
わたしはノエミ。
今、わたしはベルトラン公爵家の別荘にきている。
エクラン湖のそばに建つステキな別荘だ。
そして、わたしの婚約者ヒューゴさまのお父さまであるシャルルさまと、仲よくお話をしている。ベルトラン家には古い魔道具や変わった魔道具がいっぱいあって、それを見てまわるのはとても楽しいのだ。シャルルさまは、いつもニコニコといろんなことを教えてくれるし。
でも……婚約者のヒューゴさまとは、婚約してもう一年たつけれど、ほとんどお話をしたことがない。月に二、三回はお会いしているのに、いつも横をむいて目もあわせてくれない。
嫌われているようには感じないので、おしゃべりが好きじゃない人なのかも?と思っている。
わたしも、ペラペラしゃべる人は好きじゃないけど、無口すぎるのもビミョーだよね……。二人だけのとき、どうしたらいいか、いつもなやんじゃう。将来、このままヒューゴさまと結婚なんて、大丈夫かしらん。
そんなワケで、今のわたしは、ベルトラン家ではシャルルさまと一番仲がよく、その次にヒューゴさまの妹のルイーズちゃんと仲よくなっている。
ま、誰からも相手にされないってことじゃないし、おもしろい魔道具を見せてもらえるから、婚約に不満はないんだけどね。
夏の間、ベルトラン家はエクラン湖の別荘ですごすことが多いらしい。今回、わたしも招いてもらえて、すっごく幸せだ。わが家は別荘なんてないから、お兄さまたちや、お母さまからも「いいなぁ!」と言われてしまった。
んふふ。
さて、シャルルさまと魔道具の話で盛り上がったあと、今度はルイーズちゃんから手招きされた。
「なぁに、ルイーズちゃん」
「よかったら、一緒にサンポしよ?」
「うん、いいよ~」
今日のルイーズちゃんは、男の子のようなズボン姿になっていた。髪も後ろで軽く一つまとめにしている。
ルイーズちゃんは、なんと、虫が大好きらしい。
わたしは、虫はどちらかといえば苦手だけど、ルイーズちゃんの虫知識がおもしろいから、ついつい、いろいろと聞いてしまう。ルイーズちゃんも、わたしが特に苦手そうだなという虫はちゃんとさけて話してくれる。変わった子だけど、わたしも人のことは言えないので……ひそかに仲間ができた!と思っている。
「あっちの森にねー、すごく羽の色がキレイな蝶がいるの。それをノエミちゃんに見せたくて」
「そうなの?見てみたーい!」
二人で手をつないで、湖のそばを歩く。
やがて、木漏れ日にゆれる森の道に入った。
ルイーズちゃんは、あっちこっちを指しながら、虫の説明をしてくれる。木の皮そっくりの蛾や、葉っぱそのもののバッタには、ビックリした。
ルイーズちゃん、よく見つけられるなぁ。
「虫って、すごいねぇ」
「うん。擬態能力、すごいでしょ?」
「ホント、すごい!姿を見えなくする魔道具を作るって話を聞いたことあるけど、見えなくするんじゃなく、虫みたいに景色に溶けこませるっていいかも~」
「あはは、門兵が門に擬態してたら、おもしろーい!」
二人でバカな話をしながら、森の奥へ、奥へ。
そのとき、青いキレイな蝶がヒラリと前を横切った。ほんの少し、光っている気がする。
「あ、いた!あの蝶!ノエミちゃん、あの蝶だよ!」
「うわ、ホントにキレイ!すごい!」
思わずルイーズちゃんと一緒に駆けだして、蝶のあとを追う。
ヒラヒラ、ヒラヒラ。
蝶はやがて二匹に、三匹に……いつの間にか十匹以上になった。
「うわぁ~!」
幻想的で、夢みたい。
二人で首が痛くなるほど上を見上げる。
そのうち、蝶は一匹ずつ消えてゆき……気がつけば、全部いなくなっていた。
「はー、すごかった。ありがとう、ルイーズちゃん」
「ううん。ノエミちゃんと見れて、よかった」
ニコッと笑うルイーズちゃん。カワイイ。
再び、手をつないで、歩きはじめる。
だけど、数歩も行かないうちにルイーズちゃんは困ったようにきょろきょろと周りを見た
「……迷子になった、かも」
「え?」
そういえば、さっき、蝶を追いかけていっぱい走ったかも。
「ど、どうしよう、ルイーズちゃん……」
「だ、大丈夫。兄がこれをくれたから。探しに来てくれるよ!」
ルイーズちゃんが腕を上に上げた。その腕には、緑の魔石のついた腕輪がはまっている。
「それは……?」
「わたしがすぐどこかへ行くから、わたしの場所がわかる腕輪なんだって。兄が作ったの」
「ヒューゴさまが?」
そうなんだ。ヒューゴさまって、もうすごく魔法が使えるって聞いているけれど、そういう術も使えるんだ。
すごいなぁ。
じゃあ……大丈夫かな?
ちょっと安心して、ルイーズちゃんとまた歩きはじめた。
歩きながら、わたしはルイーズちゃんに言う。
「すごいね、ヒューゴさま」
「すごくないよ。ベルトラン家に生まれたから魔力が多いだけだもん」
「えー、そんなことないよ!魔力が多くても、使いこなすのには努力しなくちゃダメだもん」
わたしなんて、平凡な魔力しかないのに、扱いも下手で大変なのよね。
そういえば。
「……ね、ルイーズちゃん。ルイーズちゃんって、ヒューゴさまのことキライなの?お兄さまって言わないし……」
というか、ルイーズちゃんはシャルルさまのことも"父"なんてよそよそしい言い方をする。
どうしてなんだろう。
すると、ルイーズちゃんは口をとがらせてわたしを見た。
「兄も父も、虫のことをバカにするんだもん。だから、"様"なんてつけて呼ばない。ノエミちゃんくらいだよ、わたしの話をちゃんと聞いてくれるの!」
そ、そうなんだぁ。
うーん、まあ、わたしもお父さまがわたしの集めている魔道具のことをガラクタなんて言ったら、怒るかなぁ。
そんなことを考えていたら、ルイーズちゃんはやれやれというように首を振った。子供っぽくない大人びた仕草だ。
「ノエミちゃんも大変だよね。父に気にいられちゃってさ。ほら、父、魔法や魔道具の話をするの、大好きだから。ノエミちゃんが兄の誕生日パーティーにきたとき、父にかざってる魔道具のことを聞いたでしょ?あれで、目をつけられたんだよ」
「そうなの?……でも、わたしも好きだから、シャルルさまと話すのは楽しいよ。うちのお父さまは、魔道具は使えればいいっていう主義だから。こまかい工夫のすごさを説明しても、全然わかってくれないのよー」
それでも、お父さまはわたしの魔道具好きは認めてくれていて、いろんなお店に連れていってくれるけどね。
「でも……わたし、シャルルさまとはお話をするけど、ヒューゴさまとはほとんど話をしないから……婚約ってどうなんだろ」
「兄、照れてるだけだよ」
ぷぷっと笑って、ルイーズちゃんはわたしを見上げた。
「ノエミちゃん、カワイイもん。すごく気になってるみたい。いつも、チラチラ見てるのを知ってる。父と仲がいいことも、くやしがってるんだよ」
「本当?!わたし、嫌われてるのかなぁって思ってた」
「ううん。兄はねー、エラそうなクセに、小心者なんだよねー。ノエミちゃんと上手に話す自信がないから、こそこそしてるの」
ヒューゴさまは、そんなことない……と思う。
でも、嫌われていないのが本当なら、うれしい。やっぱり、婚約者だもんね。ラブラブな関係は難しくても、それなりに仲はよくなりたい。
今度、がんばって話しかけてみようかな。
そのとき、だった。グルル……と妙な音がした。
ハッとわたしとルイーズちゃんの足がとまる。
すこし離れた木陰に……黄色く光る目が見えた。犬よりも大きな、四つ足の獣!
「ノエミ……ちゃん……」
「そのまま、後ろにさがって、ルイーズちゃん。大丈夫、むこうも警戒してる。すぐに襲ってこないよ!」
そんな確証はないけれど、わたしはルイーズちゃんを背後にかばって、ドキドキしながらゆっくりと後ろに下がる。
どうしよう。どうしよう……!わたし、攻撃魔法なんか使えないよ。
そ、そうだ。あの魔道具が使えるかも。
グルル……とさらに大きなうなり声を出しながら、獣はわたしたちに近づいてきた。
そして。
「グォォォッ!」
「いや、来ないで!!」
バッと飛びかかってきた瞬間、ぎゅっと目を瞑って、胸元のペンダントの横の突起を押さえながら空中にかざす。
その途端、まばゆい光があたりを照らした。
「ギャウン!」
光で目のくらんだ獣が地面にころがる。
よ、良かった、効いた……。
「ルイーズちゃん、走るよ!」
わたしは振りかえって、ルイーズちゃんの手を引いた。
だけど、ルイーズちゃんは空いている手で目をおおっていた。
「ま、待って、な、なんにも見えない……!」
あ、しまった。
ルイーズちゃんに何も言わなかったから、ルイーズちゃんも目がくらんでる!
わたしのバカ……。
「グルルゥ」
獣が立ちあがった。
目は見えていないようだけど、鼻をひくつかせている。
やばい。わたし、もう何もない……!
ガサリと音を立てて、獣がこちらに一歩近づいた。
「ウゥー……」
「伏せろ!」
獣が走りだそうとした絶体絶命の瞬間。
するどい声が聞こえて、わたしはとっさにルイーズちゃんを抱えて伏せた。
――ドォーン!
大きな爆発音と、煙。
「大丈夫か、ノエミ」
「あ……」
ヒューゴ、さま。
わたしの前には、息を切らしたヒューゴさまが立っていた……。
「この、バカ、ルイーズ!森の方は危ないから行くなって言われていただろう!」
「うわぁぁぁん、こわかったよぉ、おにぃちゃーーーん!」
ぽっかり空いた穴のそばで、ヒューゴさまがルイーズちゃんを叱る。
ルイーズちゃんは、ヒューゴさまの怒鳴り声を聞くなり、ヒューゴさまにしがみついた。
「バカお兄ぃ、もっと早く、迎えに来てよぅ!」
「お前、ウロウロしすぎなんだよ。迷子になったら、一か所でじっとしておけって教えなかったか?その腕輪じゃ、細かい座標まで分からないんだから、動くなっての!」
ごつん!とすごい音でヒューゴさまがルイーズちゃんの頭をたたく。
わたしはびっくりして、目を丸くしてしまった。
「だって……だって、ノエミちゃんがこわがったらいけないって……」
「さっき守ってもらってたの、お前の方じゃないか。何を言ってるんだ。だいたい、もう風の魔法くらい使えるだろ、あんなの吹っ飛ばせ」
「ムリ……ムリぃ。お兄ちゃんみたいに魔力バカじゃないもんー!」
はあ、と息をはいて、ヒューゴさまはわたしを見た。
まだ、足に力が入らなくて地面に座ったままのわたしに、手を差しだしてくれる。
「助けにくるのが遅くなってごめん。ケガはないか?」
「う、うん」
起こしてもらって、ヒューゴさまの顔が近づく。
にこっと笑って、ヒューゴさまは目を細めた。
「そっか、良かった。……さっき光ったのは、ノエミの魔法?」
「ううん。この、魔道具。お父さまが、人さらい対策でわたしてくれたの」
「そっか。今度、それだけじゃなく、相手がしびれて動けなくなるような魔法も組みこもう」
「そんなこと、できるの?」
「簡単だよ」
……やだ。
ヒューゴさま……すごく、カッコいい。
どうしよう、ドキドキする。
ヒューゴさまは、ルイーズちゃんの手を引いて、歩きはじめた。
「さ、帰ろう」
「はい」
いいなぁ、ルイーズちゃん。
わたしも、手を引いてほしいな。
すると、ヒューゴさまはそんなわたしの心の声が聞こえたみたいに、こちらを振りかえった。
「ノエミ。一応、片手をあけておかないと、魔法が使えないから。ルイーズは首輪でもつけておかないと本当にどこへ行くか分からないし……だからその……ノエミは、ルイーズと……」
「わたし、イヌじゃないよ!兄と手をつなぐなんて、こっちこそ、イヤ!」
「あ、おい、ルイーズ!」
「手は、ノエミちゃんとつなぐ!」
「あーもう……」
ヒューゴさまの手を振りはらい、ルイーズちゃんはわたしにしがみついてきた。
そして、べー!っと舌を出す。
ヒューゴさまはがしがしと頭をかいて、あきらめたようにわたしに手を出した。
「じゃ、ノエミ。僕と繋ごう。二人とも、また僕と離れたら困るから」
「う、うん」
わたしの手をとってさっさと歩きだしたヒューゴさま。いつも通り素っ気ない態度だけど、耳が赤くなっているのが見えた。
あ。
ヒューゴさま、もしかして照れてる……?
わたしはちょっとうれしくなって、小さくお礼の言葉を押しだした。
「あの……ヒューゴさま、ありがとう……」
「ん」
「さっき、カッコよかった、です」
「……あれくらい、たいしたことない。それと!」
急にとまって、ヒューゴさまはわたしを見た。
怒ったような口調で、言う。
「様はいらない。ヒューゴでいい。婚約者なんだから」
「……!」
えへへ。
やばい。
わたし、ヒューゴのこと、好きになっちゃったかも。
カッコよくて、照れ屋で……でも、やさしい。
婚約して一年も経ってからようやく……わたしは、ヒューゴと婚約できてよかったなぁと……心の底から思った―――。
ノエミが妙なメガネを掛けるようになるエピソードも書きたかったんですが、そこまで書けなかった~。
ちなみに、ここに出てくるヒューゴの妹、ルイーズは……電子書籍版書き下ろしにて、マティアスが女子寮に忍び込んだときの裏側を明かしてくれます。この話の登場人物たちの中で、一番の変わり者です……。





