ヒューゴ(出会い編)
自分で言うのも何だが、僕はわりと天才肌だ。勉強も魔法も、教えられたことは一度ですぐに覚えた。
しかも父親が筆頭王宮魔術師で、公爵家の長男でもある。
当たり前だが、物心ついた頃から僕の周りは僕を誉める者ばかりだった。なので、小さい頃の僕はかなり鼻持ちならない奴だったと思う。……ま、今もそうだと言う者がいるかも知れないけれどね。
さて、そんな挫折知らずで生意気な僕が、この国の王太子マティアスと初めて会ったのは、5才のときだった。
「これから、終生にわたってお前が誠心込めて仕える方だよ」
王宮の広間で、父からそう言われたとき。
僕はムッとした。
目の前に立つ王太子は、僕と同じ年だが僕よりやや背は高く、幼いながら鍛えた体つきをしている。柔らかな金色の髪、鮮やかな翠の瞳。その瞳が、子供らしい純粋さでキラキラと僕を見ていて、ただそれだけのことなのにイラッとしたのだ。
それまで僕の周りにいた称賛する大人達とは違う、面白い玩具でも見つけたような、その視線。
「マティアスだ。よろしくな、ヒューゴ」
だからだろう。
伸ばされた手を、僕は邪険に振り払った。
父は動じなかったが、周囲にいた侍従達の顔色が変わる。しかし、マティアスは振り払われた己の手を見て、にやっと笑った。
「シャルルから、お前とは良い友だちになれると言われていたんだ。本当に友だちになれるかな?楽しみだ」
「友だち?なるわけ、ないだろ」
王太子のくせに。
明らかに僕より上の者の、余裕に満ちた発言は腹が立った。
僕はなんでも出来るのに、だけど何一つ自由がない。待っているのは、こいつに頭を下げて従うだけの未来。馬鹿馬鹿しい、と思った。
許しもなく僕の名を呼び捨てにし、僕が自身の配下になることを疑いもしない王太子。
では、それだけの力があるのか、見せてみろ。
急にそんな思いが僕の心を占めた。
その途端。
───僕は風の魔法を思いっきり眼前のマティアスに向けて放っていた。
王宮は騒然としたが、吹っ飛ばされたマティアスは案外ケロリとしていて、国王陛下も「さすがシャルルの息子だ」なんて言うものだから、驚いたことにお咎めなしで開放された。
縛り首だ!とマティアスから言われたら、肝の小さいヤツだと笑ってやろうと思っていたのに。
その代わり、家に帰ったら侍従長や家庭教師、侍女長などに目一杯怒られた。
「何故、王太子殿下にそんな不敬を働いたのです!お坊っちゃまがそんな非常識なことをなさる方だとは思いませんでした!」
……父から何も言われていないのに、何故、他からこんなにも怒られなければいけないんだ。
僕は憮然として、お門違いではあるがますますマティアスへの反感を募らせた。
それから数日後。
再び、王宮に呼ばれた。今度は広間ではなく、近衛騎士の訓練所だ。
そこには、剣を持ったマティアスがいた。
……ふうん。やっぱりやられたのを根にもって、やり返そうって魂胆か。
「俺はまだ魔法の制御がうまくないんだ。媒体がないと、どこへ飛んでいくか分からない。だから、この剣を使うけど、これで斬りつけるつもりはないから安心してくれ」
「なるほど。……で?」
「お互い、思いっきりやり合わないか?ヒューゴもこの間は少し加減しただろう?ここなら、遠慮はいらない」
面白いじゃないか。
負ける気のないその自信満々な顔、すぐに泣きっ面に変えてやる。
───始め!の合図があるなり、マティアスの周囲に爆炎を起こし、土煙を巻き上げる。同時に僕は宙に浮いた。そして、氷の槍を複数出現させる。
5才で、ぼくは多重魔法を操れる腕を持っているのだ。
端で観戦している近衛騎士達からどよめきが起こる。
やり過ぎかな?とは思わないでもない。だけど、マティアスに実力の差を見せつけてやるとしか、僕は考えていなかった。
思いっきり土煙の中心に氷の槍を叩き込む。
だが。
ゴウ!と凄まじい音がして、土煙が渦を巻いた。土煙も氷の槍も、すべてが天高く飛ばされる。
驚いて硬直した瞬間、目の前にはマティアスがいた。
「じゃ、こっちも遠慮なく行くぞ!」
満面の笑顔でヤツは言い───圧倒的な重力で僕を訓練所の壁にめり込ませた……。
防御の魔法具を着けてなかったら、死んでるんじゃないかという攻撃を受けて、僕は情けなくも失神した。
目が覚めたときは、王宮の一室だった。
ベッドの横にいたマティアスが、ホッとしたように身を乗り出して、僕の頭を撫でる。
「なかなか目覚めないから、心配した。気分はどうだ?」
「……最悪にきまってるだろ」
「はっはっは、シャルル殿。将来がなかなか楽しみなご子息ではないですか」
マティアスの後ろで、近衛騎士団長が豪快に笑っている。
どこが。
僕はマティアスにあっという間に瞬殺された。全然、勝負になってない。
「いやいや。愚息では、殿下の相手は務まりませんでしたな。まだまだ鍛え足りないようです」
マティアスのせいで見えないが、父もこの場にいるらしい。
はあ。明日からの訓練が憂鬱だ。
「そんなことはないぞ、シャルル。俺もギリギリだった」
マティアスが真面目な顔で父に言う。
「いいえ、殿下の圧勝ですよ。……なあ、ヒューゴ?」
悔しいので僕は下唇を噛んで横を向く。
本気を出したのに、あっさり負けたなんて───僕のプライドはズタズタだ。
「まあ、とにかくすごく楽しかった。またやろうな、ヒューゴ!」
「はあ?!あんな規格外な魔法をぶつけてくるヤツと再戦なんてゴメンだ。騎士団のヤツらとやれよ」
「騎士団は俺に遠慮して本気で相手してくれない。だけど、お前はそんなことないだろう?」
目の端で満足そうに頷く父と騎士団長が見えた。
そうか。最初っから、僕をこの魔力バカの相手にさせるつもりだったな。冗談じゃない!
───しかし、結局僕はその後、何度もマティアスとやり合うことになった。
負けっぱなしが我慢できなかったのだから仕方がない。
ただ残念ながら一度も勝つことは出来ず、上には上がいるということを身をもって知ることとなった。おかげでそれまでの慢心はかなり直せたと思う。
なお、僕より驕り高ぶっていてもおかしくはないマティアスは、自己主張の激しい王妃様や姉王女らのせいで日々プライドを折られまくっており、僕よりも遥かに謙虚な人間だった。僕は王家に生まれなくて良かったと心から思ったものだ。
ま、せめて僕くらいは、お前のために惜しまず働いてやるよ。でないと、可哀そうだしな。
こちらの話が面白い!と思ってくださった方、最新作『キミナカ ~わたしが君になったら~』も読んでいただけると嬉しいです。
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全2万字ほどのドタバタコメディー。能天気な一人の少女が同級生の男子に憑依(?)して、いろいろとやっちゃうお話です。