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ロクサーヌ(5)

 ケバケバ女作戦が失敗に終わり、わたくしは次にどうすれば良いか、頭を悩ませていた。

 マティアス様が嫌がることって……他に何があるのかしら。女嫌いしか記憶にないわ……。甘いものはお好きでなかったけど、いきなりわたくしがクッキーやケーキを渡すのも変よね??

 はあ。

 上手に嫌われるのって難しい。

 悩む日々を送っているうちに、マティアス様に言われたハンカチの刺繍は完成してしまった。

 前世では、刺繍なんて学校の家庭科でやったくらいだったけれど、ゲームのない今世では本を読むか刺繍をするくらいしか、わたくしに時間を潰す術はない。おかげで、なかなかの腕前だ。ちなみに、編み物もする。刺繍より編み物の方が無心に取り組めて好きだ。


 放課後、図書室へ行こうと歩いていたときだった。

 中庭の辺りで人声がした。何気なくそちらを見ると……マティアス様とリゼットの姿があった。

 慌てて植え込みの影に隠れる。

 リゼットが何か包みを渡している。

 あれは……

(きっと手作りのお菓子だわ)

 すーっと血の気が引いた。

 リゼットは、確実にマティアス様ルートに進んでいる。

 ああ、どうしよう。このままでは、わたくしは処刑されてしまう……!


 焦ったわたくしは、なんとしてもマティアス様に現段階で婚約解消してもらおうと、究極手段を取ることにした。

 淑女にあるまじき行いだけど……マティアス様に夜這いするのだ。

 さすがにこんな破廉恥な真似をする女は、即、捨てられるに違いない。

 実際、ゲーム上でもマティアス様の部屋に忍び込んだ女子がいた。その子は、側妃か愛妾にでもなれればと馬鹿なことを目論んだのだ。あれでマティアス様はますます女嫌いを加速させるんだっけ。

 その役割りを、わたくしがするというわけ。

 ───夜。

 わたくしはネグリジェの上にコートを羽織り、こそこそと男子寮へ潜り込んだ。

 男子寮裏階段の扉の鍵は、近くの掃除用具入れの下に隠されている。男子寮の生徒がこっそり出掛けるときに代々、使われているのだ。

 騎士団長の息子と仲が進展したとき、リゼットは知るのだけど……それを使わせてもらいましょう。

 マティアス様の部屋は3階。一番端。裏階段に近い。

 そして、部屋の鍵は掛けてないはず。

 何故なら寮監がたまに夜間巡回して、勝手に抜け出していないか、部屋を確認するからだ。

 なお、この学園は全体に強力な魔法が掛けられていて不審者は侵入出来ない。人を害そうという気持ちのある人は、具合も悪くなるらしい。なので、学生同士の殴り合いもほぼ起きないと言う。ただ、剣技を学ぶ鍛錬場はその魔法の圏外だ。

 ……ドキドキする胸を押さえて、マティアス様の部屋に滑り込む。

 静かに窓際のベッドへ近付いた。

 僅かな月明かりに、眠っているマティアス様の整ったお顔がほんのり見える。

 うわぁ……一級の美術品ね、これ……。このまま飾っておきたいかも。

 つい見惚れてしまったけれど、当初の目的を思い出し、意を決してコートを脱ぐ。それをそっとソファに置いて、わたくしは音を立てぬよう、ベッドの上に乗った。

 うう。

 心臓が口から出そう。

 彼氏も出来たことのない女が、夜這いって!キスも知らないのに、この先、どうやればいいの?

 と、とにかく、まずは服を脱がせればいいかしら?

 震える手で恐る恐る、マティアス様の布団をめくる。

 次は……悩んでいたら「ん……」と小さく呻いて、マティアス様が目を開けた。

「…………」

「…………」

 ばっちり目があって、二人して固まる。

 ど、どどどどどうしよう……!!

「……ロクサーヌ?」

「……はい」

「……何故、ここに?」

「…………」

 理由?理由なんか、面と向かって言えまして?夜這いに来ましたなんて!!

 恥ずかしすぎるっ!

 たぶん真っ赤になって、わたくしはそろそろとベッドから下りようとした。

 その、とき。

 廊下でカツカツと靴音。まさか、寮監?!

 ハッとマティアス様も廊下に視線を向けた。

 そして、すごい勢いで起き上がってわたくしを抱え込み、再び布団を被る。わたくしはマティアス様に横抱きにされた形になった。

(ひえええっ?!)

 み、密着してるぅぅぅっ。

 マ、マティアス様の手が、手が、お腹にぃぃぃ!

「マ、マティアス様……」

「静かに!」

 ちょっと離れてくださいと言おうとしたのに、背後から口も塞がれてしまった。予想外に大きな手で、ドキドキが加速する。ダメ、もう死ぬ。助けて。

 コンコンと小さなノックのあと、扉が開いた。

 マティアス様の手に力が入る。

 自分の心臓の音がうるさいくらいどくんどくんしてて、部屋中に聞こえてしまうと焦っていたら、案外あっさりと扉が閉まった。

「…………」

 よ、良かった。見つからなかった。

 ホッと息を吐いたが、その途端、マティアス様がさらにぎゅっとわたくしを抱え込んだ。おかげで、彼の密やかな息がわたくしの首筋に当たる。背中が勝手にぞくぞくしてきた。ヤバい。なんか分からないけど、これ以上はヤバい。

 わたくしは必死にマティアス様の腕の中から逃げ出そうとした。

「んぅ…………!」

「暴れるな。声も出すな。寮監が戻ってきたらどうする」

 耳元で低く囁く声。イケボ。イケボでそれは止めて。

 そしてそのまま……何故か軽く耳を噛まれてしまった。

(○△□っっ?!!!!!)

 もう、ダメ。

 わたくしの意識は、そこで途切れた───


 目覚めると、自分の部屋だった。

(???)

 夢……だったの?

 普通に、ちゃんとベッドにいる。

 でも、夢にしては生々しく……まだ、マティアス様の手の熱を思い出せるくらい。

 思わず顔が真っ赤になってしまった。

 い、いやだわ。

 もし、夢としたら、わたくし、マティアス様とそういうことがしたいって思ってるみたいじゃない。

 ちちちち違う違う!わたくしは、マティアス様と平和に婚約解消したいの!

 決して、ぎゅっとされたいとか、そんなこと考えていませんから!

甘い話を書く…はずなのに、痴女……。

明日はマティアス視線に移ります。マティアスもちょっと暴走するかも知れないです。

甘さは……一体、どこに?!

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