ロクサーヌ(17)
本日2つめです。
陽花祭が始まる。
王都のあちこちにヒマワリが飾られ、王宮にはたくさんのランタンが吊るされた。3日間は、夜空を背景に幻想的な王宮が浮かんでいることだろう。
この陽花祭は、太陽神ローア様に捧げる夏の始まりを祝う祭りだ。そして───わたくしのデビュタントの日でもある。
「綺麗だ、ロキシー」
父が贈ってくれた真っ白なドレスと真っ白な手袋で身を包むわたくしに、マティアス様が蕩けそうな眼差しで賛辞をくれる。
この視線には……いまだ慣れることが出来ない。真っ直ぐ見つめ返せず、つい、赤くなって俯いてしまう。
マティアス様は小さく含み笑いをして、わたくしの手を取った。
───お祖父様と王妃様がともに“病気療養”として王都から姿を消し、もう10日ほど。
突然の事態に驚いた貴族もいただろうが、宮廷では特に騒ぎも起こらなかったそうである。ただしその裏で、粛々と王妃様やお祖父様の派閥にいた者達の処分は進んでいるらしい。
ちなみに一度、王弟殿下のお一人と王宮ですれ違った。ほんの一瞬、殺意のこもった視線を向けられたので、たぶん、裏の詳しい事情はご存知なのだろうと思う。
王位を手に入れる機会を失って、腹を立てているのか。
王様なんて……そんなになりたいものなのかしらね?
マティアス様の日々の努力や苦悩する姿をそばで見ていると、背負うのが大変な重みの方をひしひしと感じるのだけど。
ま、王弟殿下には悪いけれど、とても王位に相応しい方とは思えないので、今後もずっと臍を噛んでいて欲しいものだ。
「ロキシー様!さすが、お似合いですね」
「リゼットの方が可愛くて素敵だわ」
会場で、ジュール様と仲良く寄り添うリゼットと会った。
リゼットとジュール様には、あの事件から数日後に会い、お礼とその後の報告をしている。
ジュール様はリゼットと同じく裏表のないニコニコとした笑顔で「お役に立てて良かった!」と心から喜んでくれた。
本当に、この二人はお似合いだ。
ヒューゴ様とノエミ様も素晴らしいけど、リゼットとジュール様ペアも素晴らしいと思う。
うーん、やはりいつかデートに同行させてもらえないかしら?
───その後はオフェリー様、マノン様、ヴァレリー様とも挨拶した。
思えば……学院でのぼっち生活が嘘のように、今のわたくしの世界は広がっているわね。これからももっともっと、広がっていくのでしょう。
正直、不安な面も多いけれど……うん、きっと乗り越えていけるわ。
楽団の演奏が始まった。
マティアス様は明るい翠石色の瞳をわたくしに向けて、すっと手を伸ばした。
「踊っていただけますか」
「もちろん、喜んで」
マティアス様とのダンスなんて……初めてだ。緊張で少し手が震える。
すると、マティアス様がそっと耳元で囁いた。
「大丈夫、好きなだけ足を踏んでくれて構わない。周りには気付かれないよう、踊り続けるから」
「なっ……そ、そんなに下手ではありません!」
思わずムッとして言い返したら、声を上げて笑われてしまった。
もう!確かにわたくしは運動音痴ですけどね。ダンスは貴族の必須項目。ちゃんと踊れるに決まっているじゃないの。
……なんて腹立ちもすぐに消え去るくらい。
マティアス様との初めてのダンスは、目眩がしそうなほど楽しいものだった。一晩中でも踊り明かしたいくらいに!
マティアス様以外の人と踊る気はないので、ダンスが終わればそのままマティアス様とテラスへ出た。
柔らかなランタンの光が庭園をほんのりと照らしている。
地上が明るいせいだろうか、夜空の星はあまり見えない。
「ロキシー」
マティアス様が耳元で囁いた。
「もう少しすれば、俺は王都を離れないといけない。……その前に、デートへ行こう」
そっか……。しばらく、マティアス様とは離れ離れになってしまうのね。
淋しいし、心細いけれど。
わたくしは隣を見上げて、頷いた。
「はい、マティ様。ぜひ」
その途端、マティアス様の目が大きく見開かれた。
やだ。
ずっと言う機会を窺っていたのだけど、やっぱりマティアス様って言った方が良かったかしら。
狼狽えたものの、言い直す隙はなかった。
突然、マティアス様に唇を塞がれたからだ。
「ん……っ!」
ビックリして、思わずマティアス様の胸を押してしまう。
マティアス様はすぐに唇を離し、間近でわたくしを見つめたまま、するりと頬を撫でた。
「もっと……その名で呼んで欲しい」
その視線が溶けそうなほど熱い。
「……マティ……様……」
「愛してる、ロキシー」
わたくしの小さな呼び掛けに、ふわりと微笑んで……今度はさっきよりも深い、深い口付けが落とされた───。
1章と比べると、糖度は薄いしコメディー要素もすっかり薄くなってしまいました。なのに、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
本当はもっとサラリとオードリックをざまぁするハズだったんですが、ビックリするくらいオードリックの自己主張が激しく。甘々なシーンもほぼ書けず、こんな展開になってしまって残念です……。
なお、本編内に入れられなかったので、おまけ話としてノエミが横で観察しているマティアスとロクサーヌのデート編を書きます。
ちょこっと頭を切り替えないと難しそうなので、少しだけ日を置きますが、よろしければそちらも読んでいただけると幸いです。