ロクサーヌ(16)
王宮へ。
マティアス様の馬に一緒に乗せてもらい、暗くなった王都を駆け抜ける。
すでに汚れていた服が一層乱れてしまったけれど、着替える暇はない。
辿り着いた王宮の裏口からは、わたくしの知らない通路を歩いた。背後に付いてくるのはシャルル・ベルトラン公爵とご子息のヒューゴ様2人のみ。
ノエミ様とシモン、お父様は、シャルル様の手の者によってゴティエ家のタウンハウスへ送り届けられている(拘束されたお祖父様も一緒だ)。
しばらく行くと、地味な見た目の侍女が待っていた。
「青薔薇の間にいらっしゃいます」
「分かった」
マティアス様は小さく返して、迷いのない足取りで枝分かれする通路を進んだ。
やがて目立たない扉をくぐり、わたくしも見知っている王宮の廊下に出た。目の前には、青薔薇の間。
マティアス様は一度、深く息を吐いてからその扉に手を掛けた。
「まあ!こんな時間に突然、何です。いくら親子とはいえ、無礼にも程がありますよ。……ロクサーヌも?あなた、今日は体調が悪いと聞いていたのだけど?」
青薔薇の間で、王妃様は若い男性2人に給仕させながら酒を楽しんでいたようだ。
ノックもせずに入室したわたくし達を見て、不快感を隠さずに問う。マティアス様は落ち着いた様子で王妃様に近寄った。
「母上。……今から北の白霧の塔へ向かってもらいます」
「戯れ言を」
白霧の塔は、王族専用の───幽閉するための塔だ。
王妃様の顔色が変わり、侍る男性2人に下がるよう手で指示して、立ち上がった。マティアス様が冗談を言うような性格ではないことが分かっているからだろう。
「一体、なんのつもり」
「母上は少し羽目を外し過ぎました。……オードリックのお茶がどんなものか、まさか知らなかったとは言いませんよね?」
王妃様の目が大きく見開かれて、唇がワナワナと震えた。
───ああ。マティアス様は断定しておられたけれど、本当に王妃様は知っておられたのか。まさかと思っていたのに。
知っていて、何故……こんな愚かな道に進んだのかしら。
「……し、知らないわ。領の特産品だとしか」
「嘘です」
「私がどんなお茶か知っているなら、ロクサーヌの方こそ、もっと詳しく知っているはずでしょう。その子が私の元に持ってきたのよ?!」
途中から金切声で叫ぶように言われ、わたくしは息を飲んだ。王妃様の視線が痛い。
しかし、ぐっと腹に力を入れて王妃様を見返す。
「祖父は以前より精神を病んでいたようで、正常な判断を下すことが出来なくなっておりました。わたくしも今日、それを知ったばかりです。そのような次第で……祖父は療養することになりました」
「なんですって?あ、貴女……祖父を見捨てるつもりなの?!」
「見捨てるも何も……」
わたくしは唇を何度も湿らせて言葉を紡ぐ。
「祖父はわたくしを便利な道具としか、見ておりません。血の繋がりなど、あって無いようなものです」
「だとしても!お前がそんな娘だとは思わなかったわ!!」
「わたくしもです、王妃様。王妃様が、このようなことをなさる方だとは……」
王妃様がぐっと詰まる。
わたくしは深々と頭を下げた。
「祖父は爵位をすべて返上し、今は療養所へ向かっております。王妃様も……どうぞ、王族に相応しい振る舞いを」
「私は……私はこの国の王妃なのよ……何故……」
泣き出しそうな呟きに、マティアス様が深い溜め息を洩らした。
「……これは母上の身を守るためでもあります。オードリックはサッハラー王国の者と繋がっておました。叔父上も勘付いています。まだ確たる証拠がないから動いていないだけで、叔父上が動けば……母上の処刑は免れないでしょう」
だから、誰も手出しの出来ない白霧の塔へ。
これはある意味、恩情でもあるのだ。
王妃様は呆然とマティアス様を見返した。
「オードリックはあれを……サッハラーから手に入れていたの……」
「このことはご存知なかったのですね」
「知っていたら……」
小さく呻き、王妃様は首を振った。
今さら、そんな仮定に意味はないと思ったのかも知れない。
───それまで、扉の近くでじっと控えていたシャルル様が、ゆっくりと王妃様に近付く。
「王妃陛下。参りましょう」
王妃様はわたくしとマティアス様を順に見つめ……そのまま項垂れるようにシャルル様と部屋を出て行った。
「これで……良かったのでしょうか。わたくしもやはり、罪に問われるべきでは……」
王妃様を見送ったあと、わたくしは傍らのマティアス様を見上げた。
マティアス様はまだ王妃様の去っていった方を見つめたまま、苦い口調で呟く。
「先ほども言っただろう?ロキシ―に罪はない。何も知らなかったロキシーに罪があるというなら、俺の方が問われるべきだ。母上は以前から問題のある行動をとっていた。俺はそれをよく知っている。だけど、俺はそれを正すことが出来なかったのだから」
「それは……」
あの王妃様相手に難しい話ではないだろうか。
何と言えばいいか考え込んでいたら、まだ残っていたヒューゴ様がこちらに来てポンとマティアス様の肩を叩いた。
「あのな?王妃様もオードリック様も自身の行いがその身に返っただけだ。自業自得だろ。もし、それを周りの人間がなんとか出来なかったことも罪になるというなら、それはこれから償えばいい。彼らと同じ間違いはせず、国のために尽くす。それでいいじゃないか?」
「ヒューゴ……」
「大体、お前も分かってるだろ。王弟殿下達が動けば国を割れる争いになった。そして、それを避けるために公にはせず片付けると決めたのは、諸侯だ。全員が、ひとしく罪は負っている」
ヒューゴ様が眉間に皺を寄せながら早口で言うのを聞いて、マティアス様は小さく笑った。
ぐっと大きく伸びをし……ばしん!と力強くヒューゴ様の背中を叩く。ヒューゴ様は目を丸くしてタタラを踏んだ。
「お前が慰めるなんて慣れない真似はするな。……そんなことは全部、とっくに飲み込んでいるさ。さ、俺たちも行こう。ノエミ嬢のこと、心配だろう、ヒューゴ?」
「いってぇな、マティアス!お前は馬鹿力なんだから加減しろよ、加減を!」
───気付けば、もうすっかり深夜だった。
全部、片付く頃には……夜が明けるかしら?
今日、もう1話上げます。
まだ、全然書けてないんですけど……!





