ロクサーヌ(15)
お父様がわたくしの方を向いた。
「ロクサーヌ。今まで面と向かって話をしたことがなかったね。……酷い父親だと軽蔑しているだろう?」
苦い笑いを浮かべるお父様に、わたくしは戸惑いながら首を振った。
「いいえ。お父様は、お母様を深く愛しておられたので……」
「そうだとしても、ジュリエットが命をかけて産んだお前を邪険にしていい理由にはならない。お前は、ジュリエットと私の宝だというのに。……私はただ、ジュリエットの死から目を背けていた卑怯者だよ。きっとこんな私を、ジュリエットは最低だと叱責するだろうね」
近寄ってきたお父様は、恐る恐るといった様子でわたくしの頬にそっと触れた。
「ああ……ジュリエットに似ているようで、ちっとも似ていない。どちらかといえば、母上に似ているのかな」
「母上?……わたくしのお祖母様ですか?」
「そう。物静かで凜と美しい人だった」
お祖母様の話は聞いたことがなかったので、不思議な気分だ。
んんっ!と咳払いが聞こえた。
「まだ、全部片付いてはおらんので。お話はあとでゆっくりされては如何かな」
「そうですね、シャルル殿。失礼しました」
片付け。
ハッとわたくしはマティアス様を振り返った。
今回の件、お祖父様の病気ということで全てを闇に葬るお積もりだろうか。だとしても。
「わたくしも……祖父の手伝いをしたようなものです。故にわたくしも、罪に問われなければなりません」
「罪はない」
マティアス様はわたくしを抱く肩に力を入れた。
「オードリックは、精神を病んで療養するだけだ。それとは別に、最近、何かの間違いで粗悪な茶が流通していたらしい。その茶で具合の悪くなった者は、トマ伯爵が治療する」
「トマ伯爵」
リゼットの婚約者、ジュール様のお父様だろうか。
「トマ伯爵は、医師の資格も持つ優秀な回復系魔術師なんだ。茶の種類が判れば中和薬が作れるということで、少し前に依頼していた」
リゼットがわたくしに会いに来たとき、お祖父様から紅茶を受け取っていた。あれは、そのために…………。
「あとはオードリックが誰に渡したか把握する必要があったんだが、シモンが協力してノエミにリスト情報を送ってくれた。見られたと知ったオードリックは処分したつもりだろうが……ノエミの魔道具にきちんと残っている。問題はない」
「そう……なのですか」
「……手伝いというのならば。事態を早く進めるために、わざとロキシーを夜想宮から王宮へ移した。辛い思いをしただろう?すまない。ロキシーがしたのは、俺のための、解決のための手伝いだ。罪になるようなことじゃない」
……マティアス様は、随分前からお祖父様のしていることを調べていたのね。そして、少しずつ手を打っていた。
明らかになる事実を前に、わたくしは呆然と立ち尽くしている気分だ。
「このあと、まだ何かあるのですか?」
そっとマティアス様を見上げれば、目を逸らされた。
「……夜想宮へ送る。ゆっくり休むといい」
「教えてください。わたくしがまだマティアス様の婚約者だと言うなら。わたくしだけ蚊帳の外ではなく、きちんと全容を知る必要があります」
「ロキシーは……知らなくていいことだ」
「駄目です」
マティアス様の頬に手を伸ばし、逸らした視線をわたくしの方へ戻す。
いつもは自信に満ちて明るい翠石色の瞳に、深い翳りが宿っている。
「学院の卒業式のときも、わたくしには内緒でジャクリーン様のことを調べていましたね?マティアス様がわたくしの為を思ってのこととは、分かっております。でも」
そっと、マティアスの頬を撫でる。男らしい、精悍なライン。わたくしの、愛する人の……。
「王太子妃───ひいては王妃となる身なれば、何も知らずに守られてばかりでは務まらないのです。そもそも、わたくしの身内が引き起こした事態ではありませんか。どうぞ、一緒にマティアス様の重荷を背負わせてくださいませ。わたくしは、どんなときでもマティアス様の隣に立っていたいのです」
「ロキシー……」
「大丈夫です。マティアス様がわたくしの手を握ってくださる限り、わたくし、そんな簡単にはヘコたれませんから!」
その証拠にニッコリ笑ってみせれば。
マティアス様は顔を歪め、ふいにぎゅっとわたくしを抱き締めた。
「君が……俺の婚約者で良かった……!」
……それはわたくしの台詞だわ。
マティアス様のおかげで、わたくしはちっとも愛せない自分のことを、何一つ自信のなかった自分のことを、前向きに捉えられるようになったのだもの。
あと、もうちょっと続きます…