ロクサーヌ(14)
「オードリック・ゴティエ。己の罪は理解しているな?」
「ベルトラン……!」
お祖父様とシャルル様が睨み合う。
その隙に、サッハラー人を縛り上げたマティアス様がわたくしのそばに来てくれていた。
「ロキシー、遅くなってすまない」
するりと頬が撫でられる。
「殴られたのか……!」
ああ、お祖父様に叩かれた痕がまだ残っているのね。もう随分、前のように思えるのだけど。ここまで、急な展開が続いていたせいで感情が高ぶっているのかも知れない。マティアス様の気遣う優しい眼差しと声で、わたくしはポロリと涙をこぼした。
だけど……わたくしにはもう、マティアス様に甘える資格なんて無いのに。犯罪者の孫だ。
「ノエミ!大丈夫か?!」
「ヒュー……気持、ち……わる……」
わたくしの後ろでは、ノエミ様の横にヒューゴ様が膝をついていた。
ノエミ様は移動中、顔色が悪かったけど……どうやら馬車に酔っていたらしい。
ヒューゴ様はノエミ様の拘束を外し、抱え上げた。
「父上!ノエミの気分が優れないようなので、外へ出ます」
「今はそれより先に…………いや、分かった」
わたくしの拘束も、マティアス様が解いてくれた。
隅で存在の薄くなっていたシモンも解かれる。
「…………儂を罪に問えば。マティアス殿下もただでは済みませんぞ」
マティアス様の動きをじっと追っていたお祖父様が低く言う。
シャルル様がふんっと鼻で笑った。
「この状況で殿下を脅すか」
「この件には、ロクサーヌも王妃様も関わっている。いくらマティアス殿下が知らなかったと言っても、諸侯は納得しないはずだ」
「だから見逃せと?」
「儂と手を組みましょう、殿下。この方法なら、逆らう面倒な輩も簡単に従わせられますぞ。くだらない正義感ではなく、大局を見つめてはどうかな」
「馬鹿馬鹿しい」
わたくしを支えて立ち上がりながら、マティアス様は吐いて捨てるように言った。
「そんなものに頼らねばならん為政者など、能無しだ。俺はきちんと正攻法で御す。───残念だよ、オードリック。ロクサーヌの祖父として大事にしたかったが病の進行が思ったより酷そうだな。すぐに療養所へ向かえるよう手配しよう」
「は?な、何を言っている?儂が病だと?」
マティアス様が薄く笑った。
こんな冷たい笑みを浮かべられる方だとは、思ってもみなかった。
「オードリック・ゴティエ前公爵。貴方は数年前から精神の病に冒されている。とうとう錯乱が手に負えなくなってきたようなので、すべての爵位を返還のうえ、地方の療養所で余生をゆっくり過ごされると良かろう」
「……なっ!」
お祖父様の頬に朱が上った。目が怖いくらいに吊り上がる。
「こんな……正式な審問もせずに爵位返還や地方送りなど───認められんだろう!そもそも儂がおらねば、ゴティエ公爵家は成り立たん!」
「ああ、父上、落ち着いてください」
突然、おっとりとした声が間に割って入った。
破壊された扉から、痩身の背の高い男性が現れる。
あの、人は。
「エルネスト…………?」
「もう随分前にゴティエ公爵位は私に譲っておいでですよ。病が進み過ぎてそれもお忘れですか?……マティアス殿下。やはり父上はすべての公務を退いて、療養に専念した方が良さそうですね」
「お前……儂を裏切るつもりか……!」
数年ぶりに聞いたお父様の声は、川のせせらぎのように優しく穏やかだった。
「裏切る?心外です、父上。貴方が私の精神を慮ってそっとしておいてくれたように、私も父上の乱れたお心を心配しているのですよ。どうぞ、あとは任せてのんびりなさってください。長い間、家のために奔走されて、さぞお疲れでしょう。腑甲斐無い息子で心痛の種だったと思いますが、シモンもおります。何も問題はありません」
ヒラリとお父様は1枚の紙を懐から取り出した。
王家の紋が見える。
「ここに。父上の診断書があります。きちんと手順を踏んで、爵位返上をいたしましょう。誰も、何も……異は挟みませんよ」
「お前……お前っ!」
ブルブルと震え、お祖父様は真っ赤な顔でお父様に掴み掛かろうとした。
その腕がお父様へ届く前に、すっとシャルル様の手が伸びて、お祖父様の額に触れた。その途端、お祖父様は意識を失って倒れ込んだ…………。





