ロクサーヌ(12)
物置き部屋に閉じ込められて、どれくらいの時間が経ったのだろう?高い位置の小窓から外の様子が少し見えるので、まだ夕方でないことは分かる。
お祖父様は一体、どうするつもりなのか。
このままわたくしを閉じ込めていたら、王宮の方で騒ぎになる可能性があるのに。
シモンは、まだわたくしと共に国外逃亡する案を捨ててはいないようだ。ポツリ、ポツリと思い出したように考え直すよう言ってくる。
───ふいに、隣の部屋で物音がした。
そして、物置き部屋の扉がゆっくりと開く。ゆらりと現れたお祖父様は、室内が薄暗いせいもあって、幽鬼のようだった。目がギラギラと血走っていて、怖い。
手に、液体の入った瓶を持っている。
「まったく。こんなことになるなら、もっと早くにお前達にこれを飲ませておくべきだったな」
「……オードリック様。それは……何ですか……?」
シモンがわたくしを庇うように前に立つ。
お祖父様の後ろには、覆面をした黒尽くめの男が2人、付き従っている。わたくしとシモンが力を合わせても、押し退けて逃げるのは難しそうだ。
お祖父様は、くくくと低く笑った。
「これは……おとなしく言うことを聞くようになる飲み物さ」
まさか。
あの、紅茶?
わたくしとシモンの様子から、お祖父様は何を想像したか分かったのだろう。唇の弧が深くなる。
「今、王宮に流している茶は、さほど強い効力はない。依存性ができ、思考力がやや落ちる程度のものだ。それでも、長く飲めば飲むほど、依存性は高まってゆく。……これはな。それを、濃く煮出たものだ。すぐにお前達は虜になるよ」
ひえっ。
それ、もうお茶じゃないぃぃぃ!
完全に危ないヤクじゃない。止めて、廃人になるぅぅぅ。
黒尽くめの男が迫ってくる。
シモンが体当たりをかました。
「ロクサーヌ、逃げ……うっ!」
男に腹を殴られ、シモンは蹲った。
無理よ、シモン。あなたの細腕じゃ、敵うはずないじゃない。
かといって、わたくしも抵抗せずにはいられない。滅茶苦茶に手を振り回して、必死に活路を作ろうとするものの……あっという間に男に羽交い締めにされた。
「お祖父様!これは、犯罪です!こんな……こんなことして、ゴティエ家を潰すおつもりですか!」
「そんな愚は犯さん。お前達がおとなしく儂に従えばいいだけの話だ。ロクサーヌ、お前もいずれは儂に感謝するぞ?王宮で思う存分、贅沢できるんだからな」
「わたくしは別に贅沢なんてしたくありません。王族も貴族も、民の血税のうえに生活が成り立っているんですよ?!」
迫ってくる祖父に脅えつつ、わたくしは懸命に声を張り上げる。
「馬鹿馬鹿しい。民は儂らのためにある。何故、民のことを考えねばならん」
ひええ、なんて傲慢思考!
今までまともにお祖父様と話したことがなかったけれど、こんなに自分本位の最悪な人だったのね。こ、これがわたくしの祖父だなんて……血が繋がってることが悲しくなってくるわ。
ショックで呆然としたら、お祖父様に顎を掴まれた。
茶色い液体の入った瓶が迫ってくる。最後の抵抗で、わたくしはきつく口を結んだ。
「口を開け、ロクサーヌ」
「んんんっ!ん!!」
イヤイヤと首を振る。
顎を掴む手の力が増した。ぎしっと骨の鳴る音がしそうだ。痛い。
うっすらと涙で目の前が滲んでくる。
ううう、こんな最低な人の前で泣きたくなんかない。
奥歯を噛み締めすぎて、頭がガンガンし出したとき───バタン!と激しい音がして、隣の執務室の扉が開いた。
そして、お祖父様の後ろに小柄な人影が見える。
「そ、そこまで!オードリック様、ロクサーヌ様から手を離してください!あなたは重罪を犯しています、すぐに捕縛されますからね!!」
早口で叫んだのは───
「ノエミ様?!」
「何っ?!……ルナールの娘?!ベルトランの小倅が絡んでいるのか!」
あ、しまった。名前、呼んじゃいけなかったかも!
今週中に完結するつもりだったんですが……オードリックが予想外に粘るのでムリっぽい感じです。
たぶん、完結は週明けに……。





