ロクサーヌ(4)
わたくしが俯いて歩いていたら、強引に顎をくいっとして前を向かされた。乙女が憧れる顎クイ。でも、この顎クイは絶対に違う。間違っている……。
「ひ、ひどいですわ、こんな辱しめ……」
思わず涙ぐんで隣のマティアス様を睨む。
マティアス様は心底意外そうな顔をされた。
「お前は化粧などしなくても問題ないだろう」
……化粧したところで大したことないって言いたいわけですわね。そんなの、わたくしだって分かってるわ。どんなにがんばっても、リゼットのような愛らしい顔にはならないもの。
でも、こんな心ない仕打ちをするくらい嫌いなら、さっさと婚約解消してくれたらいいのに。
いたたまれなくてマティアス様から顔を逸らしたら、露店の一画に目が止まった。タオルやハンカチが売っている。
……ハンカチ。
さっき、マティアス様、わたくしの顔を拭くのにハンカチを使われたのではなくって?イヤだ、きっとビショビショになってるわ。それに、わたくしの顔を拭いたハンカチなんて持っていて欲しくない。
わたくしは急いで露店へ行き、ハンカチを買った。
「おい、勝手に一人で……」
「はい、交換してくださいな」
「……何を?」
「先ほど、マティアス様のハンカチを汚してしまいましたでしょう?こちらと換えてください」
「…………イヤだ」
「ええ?!」
イヤ?
どうして?
ま、まさか何か思い入れのある大事なハンカチなのかしら。そんなハンカチを汚してしまって、どうしましょう。
ハンカチを差し出したまま思い悩むわたくしを上から見下ろしながら、マティアス様は面白くもなさそうな声で言われた。
「せめて何か刺繍をしろ」
「刺繍……ですか?」
さっきのハンカチも確かに何か刺繍はあった気がする……。つまり、誰かからいただいた大切なハンカチってことね?そんなハンカチの弁償に、わたくし程度の拙い刺繍ではダメなのでは……。
それでもマティアス様が腕を組んで受け取り拒否をされるので、仕方なく「分かりました。では、刺繍いたします」とハンカチを引っ込めた。というか……使ったハンカチをこちらに渡して欲しいのに……。
わたくしの願い空しく、マティアス様はさっさと歩きだす。
「お、あれは旨そうだな」
そして、少し先の屋台で肉の串焼きを買った。
「ん」
2本買って、そのうちの1本をわたくしに手渡す。
……ここでかぶりついて食べろと?
ためらっていたら、マティアス様は首をかしげた。
「食べ方が分からないのか?」
「えーと……」
「そのままかぶりつけばいいんだ」
分かります、それくらい。
こんな人目のあるところで公爵令嬢がはしたないから食べたくないだけなのに……だけど、しぶしぶ わたくしは串にかぶりつく。
美味しい。
わたくしがもそもそ食べていたら、マティアス様は再び笑顔になった。……わたくしを晒し者にして、そんなにうれしいのかしら?スッピンで串にかぶりつく公爵令嬢……。いいですけどね、元々、わたくしの評判なんて良くないですし。
「甘いものも食べるか?ああ、飲み物もいるな。向こうへ行こう」
なんだかひどく上機嫌になったマティアス様に引っ張られ、わたくしはその後もあれこれ立ち食いをさせられた……。
うう、おなかいっぱい。
マティアス様に引っ張り回され、わたくしは当初の計画を何一つ実行できないまま初デートを終えた。今日はほぼ食べ歩きをしただけ。
そのあとは、大道芸かしら?
広場の真ん中でジャグリングをしている人を2人でずっと見てしまった。
お店でアクセサリーとか、ねだろうと思っていたのにぃ。





