ロクサーヌ(10)
バルビエ公爵の、お祖父様によって“国が内側から壊れる”という言葉が気になって仕方がない。
バルビエ公爵は公明正大、徳が篤くて有名な方だ。そんな公爵が確たる証拠もなく人を貶めるようなことは言わないだろう。
わたくしは、祖父が何をしているのか───確かめなければ。
そしてもしも、祖父が罪を犯しているようなら。
そんな予想はしたくないけれど。でも。
罪があるならば。
わたくしは……すぐにでもマティアス様の婚約者という立場から降りなければならない。
マティアス様の優しい笑顔と温かい手を思い出して、胸がぎゅっと痛んだ。
王妃様は今日もお茶会だ。
体調が悪いと嘘をついて休む。侍女には、寝ていれば治るから夕方まで起こしに来ないよう言い付けた。
そして急いで地味な服に着替え、マティアス様とのデートでもらったピアスをつける。
明るい水色の髪はなんだか目立ちそうだ。無駄かも知れないけれど、三つ編みにしておく。
そっと部屋を抜け出し、王宮の門の方へ。
出るときに所属と名前を聞かれたけれど、部屋付きの侍女の名を借りたら疑われることなく外へ出られた。中から外へ行く者より、外から中へ入る者の方がチェックは厳しいようである。
……帰りが少々、心配だ。
ゴティエ公爵家の王都のタウンハウスは、王宮から歩けば20分ほどのところ。ちなみに、公爵領の方は馬車で5日ほど掛かる。
お祖父様はよく王宮へ来るので、領ではなくタウンハウスの方にいると思う。
そのタウンハウスへ行き、お祖父様に会って……さて、わたくしはどうすればいいだろう?
居ても立ってもいられず王宮を出たけれど、何一つ知らないまま、ただ突撃して得られるものはあるのか?
考え込みながら歩いていたら、もう、タウンハウスに着いてしまった。
はー、王宮を出た以上、今さらあれこれ考えても仕方がないわよね……。まずは直球でお祖父様に聞くのよ!
髪色を戻し、覚悟を決めてタウンハウスに入ったら───家令からお祖父様は商談で出ていると言われた。
何も策がなかったので、会わずに済んで少しホッとする。何しに来たのだろう?という家令の目を知らぬ顔でやり過ごしつつ、とりあえずわたくしは、お祖父様の執務室を覗くことにした。
分かりやすく悪事の証拠なんて置いてるはずはないでしょうけれど。
ところが部屋に入ってみたら、先客がいた。
「シモン」
「ロクサーヌ?何故、君がここに……」
義弟のシモンが、焦った様子で散らばった書類を片付ける。
「……何をしているの?」
「君には関係ないことだ」
「関係ない?そんなことはないでしょう。いずれ王太子殿下に嫁ぐとはいえ、今はまだゴティエ家の一員。貴方があやしいことをしていたら、咎めるのは当然だわ」
眼鏡の奥の紫の瞳が、気まずそうに逸らされる。
わたくしはシモンに近寄り、彼が見ていた書類に目を落とした。
……紅茶の売買記録?
我が公爵領は紅茶が名産のはずなのに、国外から仕入れているの?それも、あまり国交のない東のサッハラー王国だ。
どういうこと?
わたくしが首を捻りながら書類をめくっていたら……突然、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「ここで勝手に何をしている、シモン!ロクサーヌ!」
お祖父様の凄まじい怒声。
わたくしは飛び上がり、手にしていた書類を落とした。
そこから何が起きたのか、自分の目で見ていたはずなのによく分からない。
お祖父様にかなりの力で頬を叩かれ、倒れた気がする。シモンも殴られたようだ。その間、ずっと聞くに耐えない罵声が続いていた。
訳が分からぬまま、腕を無理矢理に引っ張られて執務室の隣の物置き部屋へ放り込まれる。続いてシモンも入れられ……扉が閉まった。
───どれくらい茫然自失の時間を過ごしたのだろう?
ふと気付くと、シモンがわたくしの頬にそっと触れていた。
「大丈夫か?」
「……ええ。シモンの方こそ。目の周りが腫れているわ。何か冷やすものがあればいいのだけれど」
言ってから、ようやく周りを見渡す余裕が出来た。
ここは……昔、何度か閉じ込められた部屋だ。もっとも、領の物置き部屋よりは回数が少ない。少ないながらも、非常に見覚えがある。古い書類が置いてあるだけの部屋で、以前と変わったところはなかった。高い位置に小さな窓が一つだけある。
……この年になって、またこの部屋に閉じ込められるなんて。
ふう……と溜め息をついてから、わたくしはシモンに目を合わせた。
「シモン」
ああ、彼とちゃんと目を合わせたことなんて、初めての挨拶以来ではないかしら。
こちらを見返す驚くほど綺麗に澄んだ瞳に戸惑いながら、わたくしは先ほどの書類を見て確信したことを口にした。
「お祖父様……何か、とても悪いことをしているのね?」
いくら癇癪持ちの祖父といえども、書類を見ていただけであの激昂ぶり。ただごとではない。
明らかに、見られては困る秘密があるってことだ。
今週中に完結するよう、がんばります!





