ロクサーヌ(4)
今日はカロリーヌ様と孤児院へ。
カロリーヌ様は、定期的に孤児院や教会で子供達に文字や計算を教えている。また、施療院を回って病に苦しむ人々を励ましたり慰めたりもしている。
どれも、カロリーヌ様がこの国に嫁いできてから自主的になさっていることだ。誰に誇るでもなく、淡々と自然にそういうことをされるカロリーヌ様は、本当に尊敬する。夜想宮で暮らすようになってから、わたくしはいつもカロリーヌ様の奉仕活動にご一緒させてもらっているが、もっと早くから手伝えば良かったと何度思ったか分からない。
「ロクサーヌさま!お歌、うたってぇ!」
孤児院に着くなり、子供達に囲まれた。
初めて来たときは散々からかわれたものだが、近頃は懐いてくれる子も増えてきた。わたくしの歌は特に人気だ。ちょっと嬉しい。
「あら」
わたくしの前を行くカロリーヌ様が小さな声を上げた。
顔を上げてそちらを見ると、前方には鮮やかな赤いドレスの金髪女性。
「ブリジット様。このような場所でお会いするなんて、珍しいですわね」
「ご無沙汰しておりますわ、カロリーヌ様。うふふ、孤児院に私がいることが意外ですか?私も、慈善活動はしますのよ?」
……ブリジット様は、王妃様の弟君コランタン・ペリュシュ侯爵の娘。マティアス様の従妹だ。
わたくしより1才年下だが、年下とは思えない貫禄というか、余裕にあふれた方で少し苦手でもある。
「ロクサーヌ様もお久しぶりです。相変わらず、陰気な顔をなさっていますのね」
「ブリジット様?」
「あら、失礼しました。でもカロリーヌ様。優しい笑顔の一つも浮かべられないようでは、未来の王妃に相応しいとは言えませんでしょう?」
……その通りでしょうね。わたくしだって、そのことは自覚している。
何も言えず、わたくしは俯いた。
ブリジット様はゆっくりと歩を進め、わたくしとすれ違いざまに小さく囁いた。
「あなたがマティアスお兄様の婚約者だなんて。本当に、分不相応ね」
なるほど。きっとそれを言いたくて、わざわざ孤児院に来たのね、ブリジット様は。
ブリジット様との短い遭遇のあと。
子供達と触れ合ったおかげで気持ちも浮上したけれど、夜想宮に戻れば再び重い気分になる人物が待っていた。
「オードリック様!まあ、一体、夜想宮にどのようなご用かしら」
「孫に会いに来てはおかしいですか、カロリーヌ様」
……お祖父様だ。
その横にシモンもいる。シモンは、親戚筋からゴティエ家に養子に入った、わたくしの義弟である。義弟といっても、二月ほどわたくしより遅く生まれただけなので、同じ年といってもいいだろう。わたくしがマティアス様の婚約者に決まったことから、跡継ぎとして迎えられた。
最初の頃は少し会話した覚えもあるが、すぐに挨拶もしなくなったので、彼がどんな人間か、わたくしはよく知らない。銀色の髪に明るい紫の瞳。ゴティエ家らしい色合いの持ち主だ。細縁の眼鏡をかけている。
わたくしと目が合い、シモンは小さく頭を下げた。
わたくしは深く息を吸い、2人に向かって丁寧にカーテシーをする。
「お祖父様、シモン、お久しぶりでございます」
お祖父様は鷹揚に頷き、カロリーヌ様を見た。
「孫と少し、話をしてよろしいかな。……もっとも、ロクサーヌはまだゴティエ家の人間。わざわざ貴方の許可をいただく必要もないこととは思いますが」
「…………ええ。そうですね」
カロリーヌ様は静かに溜め息をついて、わたくしを振り返った。
目線で問われ、わたくしは頷く。
「客間をお借りします。カロリーヌ様は、もう、お休みなさってくださいませ」
「少しは将来の王太子妃に相応しい貫禄でもついたかと期待していたが、全く成長しておらんな」
勧める前にどっかりとソファーへ腰を下ろし、祖父は冷ややかに言い放った。
わたくしは、それにただ頭を下げる。
「そんなオドオドした態度では、周りの者に舐められるだけだぞ。もっと堂々と胸を張れ!……シモンもそう思うだろう?」
「……そうですね。そもそも、ロクサーヌに王太子妃は荷が重いのだと思いますが」
「フッ、確かにそうだがな。まあ、それでも役立たずの娘が唯一、公爵家の役に立てる機会だ。きちんと役目は果たしてもらわねば」
温かみの欠片もない声を聞くうちに、指先が冷たくなって感覚がなくなっていく。
夜想宮で過ごすようになって、優しく温かい人達に囲まれて、わたくしは少し自惚れていたみたい。わたくしは、全然、価値のない人間なのに。
「ロクサーヌ。お前は将来の王妃だろう。こんな隅の夜想宮に篭っていてどうする。王宮の方で王妃様からきちんと教育を受けろ」
「ですが……これはマティアス様の計らいで……」
「殿下にきちんと意見も言えんのか?情けない」
「…………」
「カロリーヌ様は、もう、この国では大した力もない方だ。ちゃんと、王妃様の庇護下に入っておきなさい」
お祖父様はなんて無礼なことを仰るのか。
しかし、わたくしに反論はできない。拳を握り締めて、ただ、俯く。
「返事は?ロクサーヌ」
「…………」
「返事は、と聞いている。その耳は飾りものか?」
「…………はい」
お祖父様は満足そうに頷いて立ち上がった。
「では、来週中には王宮へ移るようにな。さ、帰るぞ、シモン」
ああ……わたくしのために心を砕いてくれるカロリーヌ様やマティアス様に対して、わたくしはなんて最低なの……。
お祖父様はすでに王妃様と話をつけていたらしい。
翌日には、王宮からわたくしの荷物の量を確認しに数人の使用人がやってきた。
わたくしが悶々と悩んで何も話してなかったばかりに、カロリーヌ様はひどく驚き、マティアス様を呼び出す事態になった。
急いで駆け付けたマティアス様も、顔を険しくしている。そのそばでわたくしは……ただ、オロオロするだけだ。祖父がカロリーヌ様やマティアス様を軽んじていることを、どう話せというのか。
わたくしが上手く説明できなかったため、マティアス様は夜想宮に来た使用人から話を聞かれた。そして厳しい顔付きで考え込む。
「……そうだな。ロキシーもいずれは王宮で暮らさねばならない。まだ予定より少し早いが…………」
翠石の瞳が、うっすらと翳ったようだった。
「王宮へ移るか……」
苦々しげな口調。
ああ、ごめんなさい、マティアス様。きっとわたくしのこと、情けなく思われましたよね………。
すみません~、やはり今週は隔日の月水金12時更新で。
しかも前3話と違い、暗いパートに入っちゃったのに隔日…。