ロクサーヌ(3)
わたくし主催で、お茶会を開くことになった。
ご招待するのは、ノエミ様、ノエミ様のお姉様のオフェリー様、そしてロシニョール侯爵令嬢のマノン様、ゲラン侯爵令嬢のヴァレリー様の4人だ。
ノエミ様を除けば、皆さんわたくしより一つ、二つ年上の方である。ノエミ様いわく、全員カロリーヌ様とも親しく、穏やかな方たちらしい。
そうは言われても、マティアス様以外とお茶会はしたこともなく、その上、わたくしが主催。もう緊張しすぎて、招待状を送るときから手が震えて仕方がなかった。
ううう、逃げ出したい。お茶会までに胃に穴があきそう。
でも、ここで逃げてはマティアス様の隣にいることは出来ない。覚悟を決めて、頑張らなければ。
オフェリー様とは一度、カロリーヌ様のお茶会でお会いしている。ノエミ様とあまり似ていない物静かな清楚系美女だ。
マノン・ロシニョール様は、ややぽっちゃりしているが明るくて、よく笑う方だった。ノエミ様とは観劇仲間らしい。一番好きなのは、ノエミ様と同じで恋愛劇だとか。
ヴァレリー・ゲラン様は、背が高く男性っぽい口調でテキパキと話される方だった。歯に衣着せぬ物言いをするため親しい令嬢が少ないんだと、あっけらかんと言う。裏表が無さそうな人なので、わたくし的には好ましく感じた。
「それにしても。ロクサーヌ様と同学年でなくて残念でしたわあ。卒業パーティーでは、マティアス殿下から激アツなプロポーズを頂いたんでしょう?ああ、直接、この目で見たかったぁ!ね、ね、詳しいお話、聞かせていただけない?」
挨拶をしてすぐに、マノン様から熱い眼差しで見詰められた。
「い、いえ、わたくし、あのときは混乱しておりまして、あまり覚えていないというか……」
「そんな!もったいない。プロポーズなんて、普通は一生に一回の貴重な瞬間じゃないですか。家同士で話し合った婚約では、プロポーズ無しというのも多いのに。ノエミ様、これはもう、早急に舞台化せねばなりませんね」
ノエミ様が横で何度も頷いた。
「ええ、マノン様。今、あのとき現場にいた者達の証言を集めて回ってるんです。だいぶ集まりましたので、近日中には高名な劇作家のティボー様に脚本をお願いしてみますわ!」
………………なんの話?
「舞台化……?」
「もちろん、マティアス殿下とロクサーヌ様のお話を劇にするのです!近年、稀にみる素晴らしいラブストーリーが出来上がると思いますわ。全国民、必見の舞台ですわね」
「えええええっ?!?!」
公開処刑なんて、あの一度で充分!
そんな恐ろしい計画はすぐに止めてぇ!!
激しい動揺で始まったお茶会だったが、わたくしが用意した茶葉やお菓子は好評で、そういう話で盛り上がるうちに落ち着いてきた。
マノン様を中心に、テンポ良くいろいろな話になって楽しい。それに、社交界に疎いわたくしにとってマノン様が教えてくれるご令嬢方の相関関係は非常に分かりやすく有り難い。
やがて、オフェリー様がおっとりと発言された。
「あのね。ロクサーヌ様って、今のうちに社交界のおば様方の対処に慣れておいた方がいいと思うの」
「おば様方の対処ですか?」
「ええ。ロクサーヌ様は、氷像の令嬢と言われておられるけど、マティアス殿下のことになると、すぐに動揺して真っ赤になるでしょう?それ、絶対に餌食になると思いますの」
ヴァレリー様が「確かに」と呟いた。
「動揺は、見せない方がいいな」
「でしょう?何を言われても知らん顔でやり過ごす方がいいと思いますの」
ふむふむと頷いていたノエミ様が、「では……」と人差し指を上げた。
「練習しましょう!……ロクサーヌ様。今から、私たちが社交界の手練れ夫人の真似をします。何を言われても、動揺せずに落ち着いて返事を返してください」
マノン様がわたくしを真っ直ぐに見据えた。
「では、まずはストレートにお聞きしますわ。……ロクサーヌ様、マティアス殿下のどこがお好き?」
「……え?あ、あの……えーと……お優しくて、勤勉でいらして、それであの」
「そんなに吃っていてはダメです。それに、当たり障りのない中身すぎます」
そんなこと言われても……改めて問われると難しい質問なんだもの~。
「あの逞しい二の腕が素敵とか、鍛えられた大胸筋が美しいとか」
「マノン様。それはちょっと偏りすぎと思いますの」
すると、ヴァレリー様がずいっと前に出られた。
「では、殿下とのファーストキスはどんな感じだったか教えてもらおうかな?」
「は?はいぃ?!」
「おや、なんて可愛らしい初な反応だ。でも、そこはそんな動揺せずに、なんてことをお聞きになるのかしら?と返さなければ」
「あらぁ、そんな返し方ではなく、甘くてウットリしました~の方が良くありませんの?」
「いや、あの」
「うーん、そうだな、確かにこれは正直な感想の方がいいかな?で、どうだった?」
「ど、どうって……その……」
何これ。
社交界では、こんなこと聞かれるの?こ、怖い……!
わたくしが真っ赤になって硬直していたら、今度はノエミ様がヴァレリー様を押しのけた。
「ロクサーヌ様、ちらっと聞いた話なんですけど。マティアス殿下が女子寮に忍び込まれたって本当ですかぁ?」
ぐほっ!
今度こそ、わたくしは完全にノックアウトされた。
わたくしの恥ずべき夜這いの件に伴うあれこれ、もしかしてバレてるの?!
「何?!やるな、殿下」
「まああ、その話、詳しく聞きたいですわぁ!」
わたくし、やっぱりマティアス様との婚約は解消いたしますぅぅぅ!もう、どこか遠くの修道院に籠らせてください……!
その後、皆さまから「ふざけすきました、ごめんなさい」と謝られた。いくらなんでも、ここまで露骨にあれこれ聞かれることはないらしい。
……ひどいわ、わたくしをオモチャにするなんて!