ロクサーヌ(2)
今回も文字数が多いです。
というか、2章は全体的に各エピソードの文量が多いです。1章と比べると、1.5~2倍くらいあるかも?!
分けた方がいいのかな……。
(まさかの“オードリック”回に「いいね」ありがとうございます!ビックリ;笑)
今日、マティアス様は公務の関係で離宮に来られない。そのスキに、わたくしは重大ミッションに取り組む予定だ。
「え……本当に3人で?」
ヒューゴ様が頬を引きつらせた。
わたくしは、力いっぱい頷く。
「ご迷惑とは思いますが、よろしくお願いします」
「いや……でも、なんも参考にならんかと……」
「いいえ。黙っていても通じる関係が目指すべき最終形態なのですが、現在、わたくしは何気ない日常会話も学ばねばならないのです」
「日常会話を学ぶって何それ……」
「なんといってもヒューゴ様とノエミ様は普段の会話もスムーズですもの。大丈夫です、物陰から邪魔にならないよう付いて行きますから!」
「…………」
ヒューゴ様は眉を寄せながら傍らのノエミ様に視線を移す。ノエミ様は軽く肩をすくめた。
するとヒューゴ様は、はぁっ……と溜め息をついてわたくしとノエミ様をエスコートするように前へと促した。
「分かった。まあ、とりあえず一緒に行こう、ロクサーヌ嬢。僕らの後ろをこそこそ付いて回ってたら、変質者扱いされるよ。だから、離れないで」
「はい、ありがとうございます!」
きゃあ、すごいわ。
どんな心の会話があったのか見当もつかないけど、今の一瞬でヒューゴ様とノエミ様はお互いの意を汲み取ったのね?素敵~。
「で、どこへ行く?」
ヒューゴ様がノエミ様に尋ねる。
───わたくしの今日のミッションは、このお二人のデートに付いていって、会話の勉強をするというものだ。
ノエミ様にお願いしたとき、かなり渋られたのだけど、代わりに次はわたくしとマティアス様がデートして、それにノエミ様が付いてくるということで了承を得た。……わたくし達のデートなんて、ちゃんとデートになるか心配ですけど。
ちなみに、リゼットにも同じお願いをしたものの、
「わたしとジュール様は庶民的なデートをしますからね~。全然、参考になりません!大体ですね、この国の王太子様ですよ?庶民の真似なんかどう考えてもダメでしょう。ここはヒューゴ様を参考にされる方が絶対にいいですよ!」
と力いっぱいに勧められてしまった。
……ノエミ様がわたくしを振り返る。
「あ、ロクサーヌ様が行きたい場所へ行きます?」
「それは駄目です。お二人の普段のデートを見学したいのですもの」
というより、そもそもデートでどこへ行けばいいか分からないので、聞かれても困るのだ。
前世なら、遊園地とか夜景の綺麗な公園とか行きそうだけど、この世界のデートはどうなの?
「ん~、ヒュー、どうする?」
「どうせ、ノエミが行きたい場所は決まってるだろ」
「んっふふ~、じゃ、行きますか!」
「はいはい」
ああ、なんていい感じに力の抜けた会話!本当に、お二人は素晴らしいわ。
向かった先は、なんと古物商。
古い魔道具がたくさん置いてある。わたくしはこういう店は初めてなので、ちょっとドキドキ。店主さんは小さなお爺さんで、なんだか気難しそうだし。
店内をゆっくり回りながら……ノエミ様は眼鏡越しでも分かるくらいキラキラの瞳でヒューゴ様を可愛く見上げた。いつの間にか、手がヒューゴ様の腕に置かれている。
「ね、ね、ヒュー。ロクサーヌ様の参考になるように、ここは私にプレゼントを買ってあげる!って展開じゃない?」
「は?何を言うんだ」
ヒューゴ様は露骨に眉をしかめた。
「お前の欲しいものを買おうとしたら、僕の今月の小遣い全部でも足りない。あとで、昼飯くらいは奢ってやる」
「やぁだ、奢ってやるなんて上から目線!……ランチは私が出すから、プレゼント買ってぇ」
「イヤ」
「ヒューから貰ったら、もう、すっごく大事にするし、宝物になるんだけどな~」
「イヤ」
わたくしは、周囲の魔道具の値段を見てみた。
…………あらら。確かに、かなり高いかも。宝石が幾つか買えそうなお値段のものから、小さい家が買えそうなお値段まで!古魔道具って、こんなに高いものなのね。
「稼いでいるくせにぃ。ケチ」
「前に200年前の魔時計を買ってやったじゃないか。あれ、普通は学生で買うような値段じゃないぞ」
「うんうん、あれ、すっごく大事に大事に飾ってる。毎日、磨いてもいるし。ヒューの愛を感じるわぁ。ありがと~。だからね、今日もヒューの愛の証が欲しいの」
「何が愛だ。ノエミの方に愛が無い!あるのは打算ばっかりじゃないか!」
「いやん。ロクサーヌ様ぁ、ヒューが冷たぁい!」
え?え?
ここで急にわたくしに意見を求められても困るんだけど。
デートって、こんな風に男性にプレゼントをねだるものなの?だとしても、さすがにこの金額は……。
「ノエミ。ロクサーヌ嬢を巻き込むな」
がしっとノエミ様の頭を掴んでわたくしから引き離し、ヒューゴ様はそのまま外へ向かった。
「来年の学院卒業記念には何か買ってやるから。今日はジャンク品だけで我慢しろ」
「はぁい」
ペロッと舌を出したノエミ様は、わたくしにこっそりガッツポーズをする。
もしかして、来年、卒業記念にものすごく高いものを買ってもらうつもりでしょうか……。
その後、店先の壊れて安い魔道具を数点ほどヒューゴ様に買ってもらい、ノエミ様はホクホクと古物商を後にした。壊れた魔道具でこれほど喜ぶなんてノエミ様って変わってる。
「な?参考にならないだろう?」
ヒューゴ様がそっとわたくしに囁いた。う、ううーん、頷いたら失礼かしら……。
昼食は下町の食堂のようなところに入った。
こういう場所も初めてなので、緊張する。何を頼めばいいかも分からない。
とりあえず、無難そうな日替わり定食を頼んだ。
ノエミ様が注文したのは、大皿いっぱいの肉料理だ。山と積まれた肉を、元気にモリモリ食べている。小柄で細身なのに、すごい!どんどん山が小さくなり、まるで手品でも見ている気分だ。
その横で、ヒューゴ様はわたくしと同じ日替わり定食を頼み、上品に口に運んでいた。わたくしはお二人の様子を窺いながら首を傾げる。
「……やはり“あ~ん”はされないんですよね?」
「んぐっ」
ヒューゴ様がむせた。
「そんなことするワケ……」
「ううん~、わたしたちも昔はしてたのっ。昔は!付き合い始めて日が浅いうちは、“あ~ん”は必ずしなければならないイベントなんです、ロクサーヌ様!」
「いや、必ずて」
「普通のあ~んが出来たら、次は殿下の膝の上で“あ~ん”ですから!」
「待て、ノエ」
「ぜひ、殿下と次のデートでしてくださいね!!」
何か言いかけたヒューゴ様の脇腹を肘で突き、ノエミ様は満面の笑顔でわたくしの手を握った。
……で、ででで殿下の膝の上!??笑顔のノエミ様を見詰めたまま、わたくしは硬直する。
「え?そ、そそそれは、こ、こういう食堂で、ですか?」
「どこでも大丈夫!」
「んなワケあ」
「恥ずかしいって最初は感じるかも知れないですけど、これを乗り越えないと、熟練夫婦にはなれないんです!」
「そ、そうなのですね」
な、なんというハードミッション。わたくしの心臓が持つかしら……。
いえ、最初っから駄目だと決めつけてはいけないわロクサーヌ。今日から、入浴のときに潜って心肺機能を鍛えおくのよ!
「と、とりあえず、ノエミ様。見本を見せていただけますか?」
「はぃい?!」
食堂中の視線を集める音量でノエミ様が叫んだ。
ヒューゴ様がさっとその口を塞ぐ。
「ロクサーヌ嬢……悪いが、ベルトラン家では人前での男女の過剰接触は控えるべしという家訓があって、それは出来ないんだ」
「そうですか……残念です……」
「うん。……ただ見本はなくても、マティアスにねだれば、あいつがなんとかしてくれる。任せればいいよ」
その後は、何故かフラスコやビーカーを売ってる道具屋だの、変わったところをあちこち回って、ノエミ様とヒューゴ様のデートは終わった。
「ノエミは普通の令嬢とは趣味が違うから。マティアスと行くならば、植物園とか劇を見るとか、そういうところがいいんじゃないかな」
疲れた顔のヒューゴ様がアドバイスをくれる。
なるほど。確かに、そういう場所は初心者向けという気がする。
「ありがとうございます」
「まあその。あまり難しく考えずに楽しめばいいから」
「はい」
ヒューゴ様って……お口は悪いけど細かい気遣いをされるホント素敵な方よねぇ。
思わずわたくしは微笑んで、ヒューゴ様を見上げた。
「わたくし、必ず、お二人のような関係になれるよう頑張りますね」
「いや、僕らの間にロクサーヌ嬢が思うような愛はないから!」
もう。ヒューゴ様は絶対、あれだわ。ツンデレ。
ほら、目元がうっすら赤くなっている。
「うふふ。ヒューゴ様は、好き勝手に歩くノエミ様から絶対に目を離さないですし、人混みでは必ず盾になられていますし。好みも完全に把握されてて、完璧だと思います」
「な、何を言って……」
「ノエミ様も、ヒューゴ様以外は眼中になく、完全に信頼なさって甘えていらっしゃいますもんね……今日はとても良い時間を過ごせました」
ヒューゴ様の目元の赤みが増したけど、それに気付かぬ振りをして、わたくしは深々と頭を下げた。
うん、今日は本当に有意義な1日だったわ!マティアス様とのデート、なんとかなりそうかも!
ヒューゴ:(ノエミの妨害が入ったせいもあるけど。……でも、一応“あ~ん”を完全否定するのは止めておいたからな。感謝しろよ、マティアス)
とはいえ、ロクサーヌの無邪気な称賛に結構ダメージを食らってしまったヒューゴ。





