ロクサーヌ(1)
2話目です。
文章量、多め……。
わたくしは、ロクサーヌ・ゴティエ。
ゴティエ公爵家の一人娘であり、この国の王太子、マティアス殿下の婚約者だ。
つい先日、王立魔法学院を卒業したばかりである。
そして学院卒業後は公爵家へ戻るものと思っていたのに、どういう経緯があったのか……現在、わたくしは王太后カロリーヌ様の離宮で暮らしている。
予想外の成行きに、初めはとても緊張した。
しかし、カロリーヌ様とは意外と話が合い、おかげで離宮はとても居心地がいい。3日もすると、実はここがわたくしの実家なのでは?と思うくらいに馴染んでしまっていた。
ちなみに本来の実家へ荷物を取りに行った際(といってもほとんど無い)、お祖父様は上機嫌だった。マティアス様と事前にいろいろと話をしたらしく、わたくしの王妃の座が目前に見えてきて安心したようだ。
わたくしとマティアスの仲があまり良くない、もしかすると婚約解消があるのでは?という噂が密かに広まっていたらしい。そんな噂があったとは知らなかった。
……まあ、実際、ゲーム通りならそうなっていたのだけど。
「今日はどのドレスになさいますか」
側付き侍女くらいは公爵家から出さねば格好がつかん!とお祖父様が仰り、実家からポーラがわたくしの専属侍女として付いてきている。
いつも無表情で冷たい感じの彼女は少し苦手。でもお祖父様のお計らいですもの、我が儘を言っては駄目よね。
「今日はカロリーヌ様と孤児院を回るので、そのグレイのドレスを」
「こちらはあまりにも地味すぎます。あちらのドレスになさったら如何ですか」
「……その色は鮮やかすぎるわ。そうね、春だからあまり暗い色も良くないかしら。では、そちらの淡いベージュのドレスで。その上に薄桃色のショールを羽織るわ」
「……承知いたしました」
あら、不服そうに返されたわ。
ポーラは全てがこんな感じ。わたくしの判断がどれも気に食わないみたい。
そのせいか、ときどき学院生活が恋しくなって仕方がない。
ああ、何も考えずに着られる制服ってなんて楽だったの!……だけど将来、王妃なったら、もっと衣装には気を使わねばならないのでしょうね。王室には専属コーディネーターがいて、わたくしは一切考えないで済むなら嬉しいのだけど……。
カロリーヌ様の夜想宮で生活を始めて2週間あまり。
マティアス様はほぼ日参してお茶をされる。お忙しいはずなのに、よく時間を作れるものだ。
もっとも、一杯だけ飲んですぐに帰られることも多いのだけど。
さて、このお茶の時間、わたくしとマティアス様には1つの難しい課題がカロリーヌ様から課せられていた。
お互いに自分のことを何か話す───というものだ。
これには理由がある。
学院に通い始めるまで、わたくし達は月に1回はお茶会をしていた。その時にマティアス様と会話したことがほとんどないとカロリーヌ様に言ったことがきっかけだ。
「え?会話をしたことがない?」
「はい。ですから、わたくしはてっきりマティアス様から嫌われていると思っておりました」
カロリーヌ様はじっとりとした視線をマティアス様に送った。
「ち、違う!それは違う。嫌ってなどいない。俺はただ、無言の空間が居心地良くて……」
「まあ!そうだったのですか?わたくしとは話をしたくないという訳ではなくて?」
「ああ。静かな時間に癒されていた」
良かった~と安心したら、カロリーヌ様はガチャン!と大きな音を立ててカップをソーサーに戻した。カロリーヌ様らしくない荒い仕草だ。
「……な、何が静かな時間ですか!何のためのお茶会だと思っていたのです。結婚するまでにお互いのことをきちんと知るためでしょう。黙っていて、一体、何が分かるのです!」
───怒られてしまった。こんなにカロリーヌ様から怒られたのは初めてだ。
ともかくも、そんな次第でわたくし達には課題が課せられたのだけども。
“自分のことを話す”、最初は簡単だと思ったのに……好きな食べ物、嫌いな食べ物の話。次に好きな音楽、本の話。好きな花の話。
で。
たった3日で、わたくしのネタは尽きてしまった。
えっ……わたくし、中身無さ過ぎ?!ショック……!
ううう、世の恋人たちって一体、何を話しているの?教えて……!
そもそもわたくし、前世の記憶だって持っているのに、恋愛経験値ゼロでまったく役に立たないし。これがゲームなら選択肢を選ぶだけでストーリーは進むけど、現実はそうはいかないし。
やだ、どうしましょう。
はぁぁぁ、どうかお願い、わたくしに選択肢プリーズ。それが駄目なら……どこかに恋愛マニュアルとか、落ちてないかしら?
わたくしは一晩中、話題に悩んでいたけれど、マティアス様はまだ手持ち札があるようだ。
いつもと変わらぬ落ち着いた様子でお茶会に来られた。
だけど、いざ向かい合って座ると、カップを持ったまま何度か逡巡し、視線を彷徨わせる。どうしたのかしら?
「あー……その……」
「はい」
「ロキシーと初めて会ったときのことなんだが」
「はい」
8才のときのことですね。あのときは、わたくしの他に数人のご令嬢がおられましたっけ。
「実は……えー……あのとき、ロキシーに一目惚れしたんだ」
「は?」
それ……嘘ですよね?
あのときのわたくし、名乗ったあとはずっと俯いていましたよ?マティアス様と目をあわせた記憶もない。そんなわたくしの、一体どこに惚れる要素が?帰ってからお祖父様に「あんな態度では存在すら認識されんわ!」と怒られたくらい。
「あのお茶会のあと、ロキシーと婚約したいとすぐ母上に言いに行った。あのときは正直、よく自覚していなかったんだが、ヒューゴにそれは一目惚れだと言われた。……確かに、そうだと思う」
「…………」
マティアス様はカップを置き、わたくしの手を取った。
「母上も姉上も、侍女達も……王宮の女達は煩すぎて、あの頃はずっとうんざりしていたんだ。……だから、静かなロキシーを選んだと思っていた。だが、そうじゃない。佇まいとか、話し方とか……俯いた顔も。他の令嬢のことは全く記憶に残らなかったのに、ロキシーだけは今でも鮮明に思い出せる」
わたくしの頬に血が上ってきた。
だって。
何一つ自信がなくて俯いていただけのわたくしを、マティアス様がそんな風に見ていたなんて。
「わたくし……わたくしなんて、全然、魅力なんかありません。きっと、珍しいから印象に残っただけですわ」
「もし、そうだったとしても」
マティアス様の鮮やかな翠石の瞳が、力強くわたくしを捉えた。
「その後、何度もロキシーとお茶会をしたが、お茶を溢す粗相をした侍女を叱るのではなく真っ先に火傷の心配をして手当てしたり、老齢の執事にそっと懐炉を渡したりする君を見て、好ましいと思ったのは事実だ。大体、見た目が好みでも好きになるとは限らないだろう?俺は、ロキシーの控えめな優しさに惹かれたんだ」
マティアス様はわたくしに無関心だと思っていたのに。本当は、ずっと、わたくしのことをちゃんと見ておられたのね。
ちょっと涙が出そうになってきた。お父様からはいないものとして扱われ、お祖父様からは憎まれ。誰もわたくしのことなんか見てくれないと諦めていたのに。
……ああ。
今日、マティアス様に話さなければならないことが分かったわ。
「わたくし……実は、自分のことが嫌いなのです」
わたくしの表に出したくなかった、マイナス部分のこと。
「この陰気な色合いの髪も瞳も……何より引っ込み思案な性格も」
「俺はそのすべてが好きだ」
マティアス様は間髪いれずに言われた。そして真っ直ぐにわたくしを見つめる。
「……君が背負ってきた苦しみや悲しみも、今の君を構成する一部だろう?俺はそれを全部、受け入れたい」
つ……と涙がわたくしの頬を伝った。
マティアス様が慌てて指でそれを拭う。
「すまない。泣かせるつもりでは……」
「いいえ。これは……たぶん、嬉し涙です。わたくしのコンプレックスを肯定してくださったから……」
「ロキシー……」
恥ずかしい。涙が止まらない。
だけど。
「そうですね。わたくし、これからは自分の悪いところを悲観するのではなく、これもわたくしだ!って前向きに受け入れてみないといけませんね」
でないと、こんなわたくしでもいいと言ってくれるマティアス様に失礼だもの。
すると、マティアス様は光輝くような笑顔になられた。
「ああ。ロキシーは可愛い。優しい。だからもっと胸を張ってくれ。自信を持っていいんだ。そして、恥じらう顔も可愛いが、憂いのない笑顔を見せてくれると俺は嬉しい」
っ!!
い、いやだ、マティアス様が甘過ぎるっっ。わたくし、溶けてしまうじゃないの!!
明日、明後日も昼の12時に更新します。
日曜はお休みして、月曜から更新再開予定。
1章よりは短い話になると思うのですが、まだ半分も書けてないのでどうなるか分かりません~。なるべく毎日更新したいのですが、隔日更新になるかも?





