ヒューゴ&ノエミ
今回も長いです!
しかも、全然甘くない……
甘いの書きたくて始めたんなら、甘い話を書けよ私……。
「はあ。マティアス殿下、カッコ良かったわぁ」
僕の前でノエミがわざとらしく両手を組んで盛大な溜め息をもらす。
僕は馬鹿馬鹿しくて鼻を鳴らした。
「あんな公衆の面前での愛の告白なんて、どんな羞恥プレイだよ。可哀想に、ロクサーヌ嬢は今にも倒れそうになってたじゃないか」
「まあ!あれは感動で真っ赤になっていただけでしょ。あれだけ皆の前ではっきり宣言されて、喜ばない女がいると思う?もう、ヒューってやっぱり女心が分からないのね~。はぁぁ、こぉんな朴念仁には、愛を説いてもムダかぁ!」
この可愛げのない女は、僕の婚約者であるノエミ・ルナール侯爵令嬢である。
物心つく頃には婚約者に決まっていて、ずっと一緒に育ってきた。だからお互いに遠慮はない。ついでに、異性としての愛もない。
「は、女心!ノエミに女心を言われるとはねぇ。ロクサーヌ嬢みたいな可愛らしい女性が言うなら分かるけど、ノエミじゃ……」
「そぉんなの、分かってるわよ。私は全然、可愛くないもの。でも、ああいうロマンス溢れる場面は大好きぃ!んふふ、いいもの、見ちゃったなぁ」
「いや、別に可愛くないとは言ってない……」
確かに、ノエミの容姿はロクサーヌ嬢に及ばない。
小柄だし、凹凸も乏しい。
だが、ノエミは大きなクリクリとした可愛い瞳をしている。綺麗な明るい空色の瞳。なのに何故か黒縁の眼鏡で隠しているのだ。変な魔法を眼鏡に掛けているようで、普段は灰色の小さな瞳にしか見えない。勿体ない。
「ま、ヒューは真似しちゃダメよ。あれはマティアス殿下みたいに男らしくて格好いい人だから許されるの。ヒューみたいに生っ白くて軽薄な男が愛を語っても胡散臭さしかないも~ん」
「はいはい。言われなくても分かってるさ。……ほら、着いたぞ。その変な眼鏡は外せ。カロリーヌ様の前で偽る訳にいかない」
「んもぅ。変な眼鏡って言うの、止めて。私の一大発明なんだから」
ブツブツ言いつつも、ノエミは眼鏡を外した。
途端にそれまでの野暮ったく冴えない雰囲気が消えて、小悪魔的な可愛い少女が現れる。何度見ても、騙されている心地だ。
───さて、僕達は王宮の東端にある離宮に来ていた。
王太后カロリーヌ様の夜想宮だ。
学院卒業後、ロクサーヌ嬢がゴティエ家へ帰らなくてもいいように、マティアスが打った手がこれだった。
結婚を見据え、カロリーヌ様の元で社交界や王宮生活に慣れさせる。いわゆる王妃教育の一環、というワケだ。
王妃様の元じゃないというのもミソである。人の話を聞かない我が儘な王妃様のそばでは振り回されるばかりで、大人しいロクサーヌ嬢の心は休まらないはずだからだ。しかし芸術と音楽を愛する穏やかなカロリーヌ様なら、ロクサーヌ嬢と合うことだろう。
マティアスとしては、よく考えたものである。
ちなみに、ロクサーヌ嬢の王妃教育はほぼ終わっている。だが、今年の夏に社交界デビューが控えているので、社交慣れしなければならないのも本当のことだ。
で。
今日は、ノエミをロクサーヌ嬢に紹介するために僕達は夜想宮に来ている。
マティアスや僕は、秋には王都を離れ、しばらく帰って来ることが出来ない。親しい者があまりいないロクサーヌ嬢が困らないよう、なるべく近い年代の友人を増やしておこうという、これまたマティアスの案である。
あいつがここまで気を使えるヤツとは思ってもみなかった。
……ノエミは、僕より1つ年下だ。
同じ学院に通っていたが、ロクサーヌ嬢と接点もなかったことから、面識がない。マイペースなノエミとロクサーヌ嬢が果たして上手く付き合えるか、やや不安を感じるが……まあ、裏表のないノエミだから大丈夫のはず……。
───夜想宮の主人は、サンルームで優雅に読書中だった。
「お久しぶりです、カロリーヌ様」
「ああ、ヒューゴ、ノエミ。貴方たちとも久しぶりに会えるなんて、嬉しいわね」
幼い頃はマティアスと共に何度かこの宮には遊びに来たことがある。
「マティアスとロクサーヌ嬢は……」
「お茶を楽しんでいるわ。お邪魔虫はいない方がいいだろうと思って、私は本を読んでいるの」
カロリーヌ様が庭園を指すので、そちらを見る。
花に囲まれたガゼボにマティアスとロクサーヌ嬢がいた。庭園でティータイムを楽しんでいるらしい。
カロリーヌ様に断って、ノエミを連れてそちらへ向かう。
2人に近付き、声を掛けようとしたら……ロクサーヌ嬢が差し出したクッキーをマティアスが食べるところだった。
「何やってんだよ」
「ふゅーご……」
「ヒュ、ヒューゴ様!」
間抜けな面のマティアスと、真っ赤になったロクサーヌ嬢が振り返る。
これは、マティアスが無理矢理“あ~ん”を要求したな。前にやってもらって以来、調子に乗ってるに違いない。
「ここ、カロリーヌ様から丸見えだぞ。場所を考えろ、場所を!」
「別に見られて困るようなものじゃない」
「お前、ちょっとは恥ずかしいという感情を覚えろよ」
まったく、今まで女と付き合ったことがなかったくせに、なんでこんなに堂々と恥ずかしいことが出来るんだ。理解できない。
なお、僕の横ではノエミが爛々と目を輝かせている。コイツはコイツで、こういう臆面もない恋愛劇が大好きだからなぁ。あとで興奮してうるさそうだ。
「来るのが少し早くないか?」
「時間通りだよ。色ボケたお前の時間感覚が狂っているだけだ。……さて、ロクサーヌ嬢。僕の婚約者を紹介したい」
無駄な時間を浪費するつもりはない。マティアスは放っておいて、ロクサーヌ嬢に向き直る。
ロクサーヌ嬢はすぐに立ち上がって、ノエミに向かって微笑んだ。
……うん、彼女は笑うと本当に魅力的だな。
「初めまして、ロクサーヌ様。ノエミ・ルナールと申します。月華祭でのリュートと歌、とても素晴らしゅうございました。私、あれからすっかりロクサーヌ様の虜です」
「初めまして、ノエミ様。……月華祭では歌う予定ではなくて……あの、とても拙い歌ですので……どうぞ、忘れてくださいませ」
「ムリですよぅ!あれでロクサーヌ様のファンになった子、いっぱいいるんです。ぜひまた、聴かせてくださぁい!」
さすがノエミ。グイグイ行くなぁ。
ロクサーヌ嬢は戸惑っているようだが、まあ、嫌がってなさそうだし……なんとかなるかな?
「俺もロキシーの歌は聴きたい。今から歌わないか?」
「そ、それは、ちょっと……!こ、心の準備をさせてくださいませ」
「では、明日」
「明日ですか?!ええ~……」
「秋以降、しばらく会えなくなる。毎日でも聴きたいくらいだ」
───ああ~、ここにもグイグイ行くヤツがいた……。
* * *
私はノエミ・ルナール。
ヒューゴ・ベルトランの幼馴染で婚約者。
今日は、我が国の王太子マティアス様の婚約者ロクサーヌ・ゴティエ様と初の顔合わせ予定だ。ワクワクする。
だって、卒業パーティーでの断罪劇からの愛の告白!まるでお芝居のようだったんだもの~。あんなのがナマで見られるなんて……しかも主役はこの国切っての美男美女よ?これが盛り上がらずにいられますかって。
私はベタ甘の恋愛劇が大好き。そしてお二人の愛は……作り物の話を上回る甘さだった。
ああっ、最高だわっ!
これからは、近くでそれを拝めるかも知れないのよ。ワクワクして当然よね。
初顔合わせは、さっそく甘い現場だった。
ムフフ。
ヒューはげんなりしてるけど、これよ、これ。愛する二人はこれくらい甘くないと。
「僕はあ~んとかしないし、されたくないからな」
とヒューは言う。
イヤね、私も別にヒューとそんなことしたいなんて思ってませ~ん。てゆーか、されたくない。ヒューが甘い言葉を囁いたら、吐くわよ。全然、似合わないんだから。
そもそも、こういうのは端で見るから楽しいのよね。
ロクサーヌ様が照れて真っ赤になるところもイイのよぉ。もう、カッワイ~イ!私が同じ立場だったら、シラ~ッと流しちゃうだろうから、全然、面白くないってば。
さて、この日から私はちょこちょこロクサーヌ様と会うようになった。
2つ年上の姉オフェリーもロクサーヌ様に引き合わせる。姉は社交界デビューしているので、ロクサーヌ様がデビューしたときにお側でお手伝いできるように。といっても姉は少々おっとりしているため、曲者揃いの社交界でどれだけロクサーヌ様の助けになるか謎だけど。
はあ~、私も早く社交界デビューしてロクサーヌ様の役に立ちたいものだ。
―――ある日。
ロクサーヌ様は会うなり真剣な顔で私の手を握り締めた。
「ノエミ様。お願いがあるのです」
「なんでしょう、ロクサーヌ様。……あの、様は付けずにノエミでいいですよ~」
様付け不要って何回も言ってるのに、まだ呼んでもらえないのよね~。
「わたくしを、ぜひ、ノエミ様とヒューゴ様のデートに連れて行ってください」
「はいぃ?!」
なんか、とんでもない話が来たような?
「私とヒューのデートなんて、見てどうするんです?」
「ノエミ様とヒューゴ様は何をなさるにしても見事な阿吽の呼吸、まさに手本とすべきお二人だと思いました。わたくし、マティアス様のお側にいると緊張してしまって駄目なんです。どうか、お二人の近くで勉強させてください」
……勉強?!私とヒューのデートを?!
役に立ちたいとは思ってたけど、これ、違う……。
「いや……恋愛って人それぞれの形があると思うんですよねぇ。ロクサーヌ様と私は全然違うと思いますぅ」
「いいえ。わたくし、“あれ取って”で“あれ”が何かすぐ分かるようになりたいのです。ノエミ様とヒューゴ様のように!」
「いやいやいや、今は恋人の甘い時間を味わってください!アレで何か分かるのは熟年夫婦です。ロクサーヌ様にはまだ早い!」
「えええ?!わたくし、お二人みたいな関係に憧れますのにぃ」
……どうして?!どうして、ヒロインがおバカなの?!
マティアス様のあの甘々攻撃、全然通じてないわけ?!
「私はロクサーヌ様とマティアス様のような関係に憧れますよぉ?マティアス様、カッコ良くてとっても甘いじゃないですか」
「……あ~んとか、膝枕ですか?あれ、幼い時に母親に甘えられなかったせいではないですか……?」
!!!
マティアス様がただのマザコンに成り下がってるぅぅぅ。
これは。
私がきっちり、恋人の正しい甘~い関係を教えてあげなきゃダメだわ!
え?これで終わり?みたいなオマケ話になっちゃってすみません。
でも思ったよりこの話を読んでいただけたので、ロクサーヌの実家が痛い目をみる第2章を書いてみようと考えています。
ただ、新作を2編、書きかけているため、その後に。1か月か2か月後くらいかな??
こんなロクサーヌで大丈夫か!と不安になりますが、甘い展開は根性でたっぷり入れてみたいと思います(ただし予定は未定……)。
2章が始まれば、どうぞ、よろしくお願いします。
なお、新作の方は今週末にはUPします。よければちらっと読んでみてください!
(すぐに自信を失くして書くのを止めたくなっちゃうので、皆さまに読んでいただけることが励みになってます♪)