マティアス(7)
ロキシーに卒業パーティーのドレスを贈ったが、かなり独占欲の強い色合いになってしまった。
だが、俺とロキシーの不仲説が一部では囁かれている。このパーティーでその噂を完全に払拭したいと思ったら、これくらいは当然だろう。
ロキシーからは、青いタイとハンカチを貰った。タイには王家の紋章が、ハンカチには俺の名前が刺繍されていた。
嬉しい。
俺から何も言ってないのに、こんな物を用意してくれるなんて……ロキシーの好意を信じてもいいよな?それともまだ、婚約を解消したいと思っているんだろうか。
不安はあるが、それでも卒業パーティーの日に、彼女には気持ちをはっきりと言葉にして伝えなければ。
卒業パーティー当日。
女子寮までロキシーを迎えに行った。
現れたロキシーは……言葉を失うほど美しかった。
「綺麗だ、ロキシー」
素直に称賛したら、可愛らしく頬を赤く染める。
手を伸ばして誘えば、小さく微笑んで手を取ってくれた。思わぬ笑みに、一瞬、倒れそうになってしまった……。
会場に着くと、周囲の視線が集まるのを感じた。特にロキシーへの集中がすごい。
まあ、無理もないと思う。元々、美人だが……今日は薄く化粧をしたうえに着飾っている。会場の誰よりも綺麗で可愛いのだ。これで目立たない方がおかしい。
しかし。
男共の熱を帯びた視線は駄目だ。あれは危ない。
「ロキシー」
「はい、マティアス様」
「今日は……俺以外とは踊らないで欲しい」
そもそも他の男に触られるのも、近寄られるのも耐え難い。ロキシーは危機感が薄いから、先にしっかり言い含めておかなくては。
「ロキシー?」
返事がないので、ぎゅっと抱き寄せて再度問えば、
「え、ええ、他の方とは踊りませんわ」
と小さな答えが返った。また、真っ赤になっている。
……こんな可愛い顔を、皆には見せたくないなぁ。
その後、教師や学友達に挨拶をして回る。その間ずっと、俺はロキシーの腰に手を添えていた。
ときどき、ロキシーがちらっとこちらを見上げてくる。微笑んでみせると、すぐに目元が赤くなって俯く。
ああ、可愛い。
さらに何度か繰り返すうちに、ロキシーからはにかんだ笑顔が返るようになった。いかん。俺の顔がにやけっぱなしになりそうだ。
そして、楽しみにしていたダンスがそろそろ始まるというときだった。
「ロクサーヌ・ゴティエ様。貴方は、マティアス王太子殿下の婚約者に相応しくありませんわ!」
甲高い声が講堂に大きく響いた。
ちっ。
ロキシーとダンスを踊りたかったのに……!
「王太子殿下から離れてください、ロクサーヌ様。貴方ほど狡猾で醜悪な方が将来の王妃だなんて、間違っています」
芝居がかった調子で滔々と述べているのは、ジャクリーン・フォンテーヌ公爵令嬢だ。
ギラギラと派手に着飾っていて、趣味が悪い。声もキンキンと響いていらっとする。
「何をもって、ロクサーヌが私の婚約者に相応しくないと言う?」
俺の問い掛けに、今度はオレリー・モラン侯爵令嬢が前に出てきた。
「ロクサーヌ様は、我が国の宝ともいえる光魔法の使い手、リゼット・マルタン嬢を卑劣な手段で虐めておりました」
「まさか。ロクサーヌとリゼットは親友だと聞いている」
「そう取り繕われておられましたが、あくまで表向きです。ロクサーヌ様はリゼット嬢の教科書や衣装を破いたり、文房具を壊したり、授業で彼女が失敗するよう様々な妨害をしていましたよ。それは、多くの生徒が目撃しております」
2人の令嬢の後に身を縮めて立つリゼットが泣きそうな顔になっていた。
まったく。
フォンテーヌ公爵や、ジャクリーン嬢の俺への執着は分かっていたことだが、まさか衆目の中でここまでやるほど愚かだとはな。ヒューゴから事前にこういう事態の可能性を聞いてはいたが、呆れて物も言えん。
リゼットも巻き込まれて可哀想に。
「それに……殿下という婚約者がおられるのに、違う殿方とデートもしていました」
「そんな!マティアス様以外に、そんな方はいません!」
ん?俺以外の男とデート?!
予想していなかった展開だったため、さすがに愕然とした。ロキシーはすぐに否定したが───
「証拠もありますわ」
そんな、まさか……。
オレリー嬢が自信満々に空中へ映像を映し出す。
カフェで向かい合うロキシーと、黒髪の男。
あれは。
「キャァァァ~~!!!」
途端に、ロキシーが盛大な悲鳴をあげて蹲った。
………………うん、これは……恥ずかしい。
俺はあんな間抜けな顔をしてロキシーの前に座っていたのか。
だが。
後でこの映像球を貰わねば。ロキシーが照れながらモグモグ食べる様がずっと見られる。
いや、今はそれどころじゃない。
俺は思わず笑ってしまった口元を引き締め、映像の男は俺だと説明した。そして、いつの間にか近くに来ていたヒューゴにバトンを渡す。
ヒューゴは、嬉々としてジャクリーン嬢とオレリー嬢を追い詰め始めた───。
こうしてジャクリーン嬢の稚拙な企みは、あっさりと終了した。
何故、あんな計画で俺とロキシーの婚約を解消出来ると思ったのか、本当に不思議である。いや、黒髪の男が俺ではなかったら、分からないか……?
もっとも、ロキシーはそんな軽薄な女じゃないしな。
呆然としているロキシーの手を取る。
「ロキシーには何も伝えずにいて、すまなかった。あまり不安にさせたくなかったんだ」
「いいえ、そんな……」
ロキシーの目が潤んでいる。唇が震え、細い声が苦しげに紡がれた。
「そもそも わたくしがマティアス様に相応しくないからです。ジャクリーン様の行動は当然かも知れませんわ」
違う。
ジャクリーン嬢にあんな行動を取らせたのは、俺が今までロキシーと向き合わなかったためだ。俺が君を邪険に扱っていたから、付け入る隙を与えた。
悪いのは俺だろう。
俺は、真っ直ぐロキシーと目を合わせた。
「ロクサーヌ。俺は君以外には心を動かされない。周りが何を言おうと、これからを共に歩くのは君だけだ」
もっと早くに。
この言葉を言わなければいけなかった。
「愛している」
美しい薄青の瞳が大きく見開かれた。
ああ、ロキシー。本当に君は綺麗だな。
俺はそっと彼女の顎をつまみ、口付けを落とした…………。
「み、みなの前で!あ、あんなことは、なさらないでください!!」
結局、卒業パーティーはあれでお開きになり、楽しみにしていたダンスは出来ないまま校長室で説教を食らった。
散々だ。
しかし、それを終えて2人になったら、ロキシーは以前より打ち解けた雰囲気になっていた。ペシペシと俺を叩き、真っ赤になって抗議してくる。
可愛い。
「そうか。では、人の目がなければいいか?」
「は?……え??」
ぎゅっと抱き寄せて額に口付けすれば……絶句して俺の胸に顔を埋めてしまう。
ふふ、今後はもっともっと甘やかして……俺の隣にいるのが当たり前になって貰わなくては。
愛しているよ、ロキシー。
本来なら本編に組み込むべきだったマティアス編【おまけ】終了です。
お楽しみいだたけたでしょうか?
ふ~~~……マティアスが甘さ全開なので、書き進めるのに時間掛かりました……。
そして少しお時間をいただきますが、その後の2人の様子も書く予定をしています。
これはたぶん、1話で終わる…はず?





