マティアス(6)
すみません、17時までに投稿できませんでした~…。
冬休みに入り、俺は王宮へ戻った。
学院では基本的に自分のことは自分でしなくてはならない。王宮では、何も言わずとも周りが勝手に動いてくれるので楽といえば楽だが……常に誰かの目があり息が詰まる。慣れると学院の自由な生活も悪いものじゃないとしみじみ思う。
さて、ロクサーヌは約束通り茶会に応じてくれた。だが、そこへ思いもよらぬ邪魔が入った。母だ。
「まあ!あなた達がお茶会なんて、どういった風の吹き回し?」
爛々とした目で乱入してきやがっ……いや、乱入してきた。母はくだらない噂話や醜聞が大好きだ。きっと何か面白いネタがあるのではと思ったのだろう。
おかげでロクサーヌとはろくに話せないし、歌を聴かせてもらうことも出来なかった。延々と母の自慢話やエラそうな説教で終わり。最悪だ……。
2度目は母に気付かれぬよう、あれこれ手を回したのだが。
それもしっかり勘付かれた。恐ろしい嗅覚である。
「あっはっは、マティアスは呪われてんじゃない?」
ヒューゴに冬休みの顛末を話したら、大笑いされた。
……俺も最近はそう思う。ロクサーヌと上手くいかぬよう、何かしらの力が働いているとしか思えない。「お前が動くと全部、裏目だな。可哀想だから、今度ちょっと協力してやるよ」
「すまん」
俺があれこれ計画するより、たぶん、ヒューゴの方が上手くいくだろう。
「母が出て来なければ、年始にゴティエ家へ訪問していいか尋ねるつもりだったんだがな……」
溜め息とともに呟けば、ヒューゴに横目で睨まれた。
「お前、そんなこと考えてたの?」
「ロクサーヌは家と折り合いが悪いんだろう?俺が行けば、少しくらい助けになるかと」
「今まで何もしてなかったんだから急にそんなことするなって」
「しかしな……」
あの細い小さな肩を思い出すだけで、何故、もっと早くに彼女の辛い状況を慮ってやれなかったのかと悔やんでならない。
せめて、公爵に釘を刺すくらいはしたい。
「……明らかな虐待の証拠は上がっていないんだ。仮にも公爵。下手なことはするな。余計に辛い目に遭うかも知れないだろ」
「分かった」
自分の不甲斐なさを見せつけられる気分だ。
「ま、せめて早めに家を出られるよう、手配してやりなよ」
「ああ、そちらの方は卒業後にすぐ家を出れるよう、少し手を打っている」
「え?もう結婚するの?!」
目を丸くするヒューゴに、俺は肩をすくめた。
「そんなわけないだろう。3年はあちこち回るのに」
学院卒業後、俺は王国内を回らなければならない。王都から遠く離れた3つの王家直轄地で、領地運営等の実地研修みたいなことをさせられるのだ。これは1人で行くことが定められている。
「そうだったっけ。3年って長いなー」
「お前だって、1年は辺境に行かされるんだろう?」
「そう。一番下っ端でこき使われるんだってさ。ゾッとするね」
ヒューゴは親の方針で、国境警備隊で修行させられるらしい。魔獣退治などもこなす部隊なので、割りとハードな職場だそうだ。
俺にしてもヒューゴにしても、人から羨ましがられる立場だが、これでなかなか大変なのだ。9才のときには、1年も他国留学をさせられたしな……。
学院の最終試験が迫ってきた。
ヒューゴが珍しく「一緒に試験勉強をしよう」と言い出した。要領のいいヒューゴがこんな直前に俺と試験勉強なんか必要あるのかと不思議に思っていたら───ロクサーヌとリゼットに会った。
なるほど、会えるよう計画してくれていたんだな。口は悪いが、細かい心遣いをするやつだ……。
ロクサーヌとは隣り合って試験勉強をする。
余計なお世話かもと思いつつ、ときどき、解くのに手間取っているところをアドバイスする。ロクサーヌは素直に頷き、懸命に問題に向かう。そして解けるとパッと顔が明るくなる。……うん、やっぱり可愛い。勉強時間がこんなに楽しいのは初めてだ。
しばらくして、休憩することになった。
ロクサーヌが手ずから紅茶を淹れてくれるそうだ。さらに、手作りのクッキーやサンドイッチを出してきた。
手作り!
信じられない僥倖に一瞬、叫んでしまいそうになる。
そこへ甘いもの好きなヒューゴが身を乗り出してきたので、つい、「お前は食うな」と言いそうになり唇を噛んだ。さすがにそれは大人気ない。
「すごいな~、美味しそうだ!」
うう、すぐにそうやって褒められる口の軽いヒューゴが羨ましい。お前のせいで俺は言う機会を逃したぞ。
「マティアス様には、このクッキーは甘すぎるかも知れませんわ」
いや、そんなことはない。たとえ激甘でも全部食べる。なんなら焦げて失敗した分でも美味しく食べられる。
「え、殿下は甘い物が苦手なんですか?」
「いやいや、食べられるよなぁマティアス?……ロクサーヌ嬢、あーんってしてやって」
「え?ええっ?!」
前言撤回。ヒューゴの軽い口に感謝だ。
ドキドキしながら、ロクサーヌに視線を向けた。
ロクサーヌは戸惑うように俺やヒューゴ、リゼットを順番に見やり───真っ赤になってクッキーを俺の口元に差し出してきた。ぜひ、「あ~ん」と言って欲しいが、そこまで求めるのは酷か。
俺は幸せを噛み締めながらクッキーを食べた。ああ、今まで食べたどのクッキーよりも美味しい。そして、蕩けそうな甘さだ。は~、このままこの甘さに溶けたい。
「あまいな……」
「で、ですから……そう言いましたでしょう」
「でも、おいしい……」
「…………」
もっと褒めるべきなんだろうが、言語中枢が上手く働かないのか、言葉が出てこない。
言葉が出ないので、俺はロクサーヌの手を取って残り半分を食べて、彼女の指先に口付けをした。
途端にガタンと音がしてヒューゴが立ち上がり、何やら言って場を離れる。リゼットも後に続いた。
俺はロクサーヌにしか意識を向けていなかったので、2人が何を言ったのか分からなかったが……一言だけ、聞き捨てならない単語を聞き取った。
「……リゼットからロキシーと呼ばれているのか?」
「え?ええ、お友達ですから」
何故、夏以降の付き合いでそんなに親しくなっているんだ……!なんだか納得がいかない。
「俺達は婚約者だ」
「はい、そうですね」
「友達より、婚約者の方が近しいだろう」
「…………まあ、普通はそうかも知れません」
返答までの微妙な間に、ヘコみそうになる。
しかし、俺は腹に力を入れた。ここで引き下がっていたら前へは進めない。
「では、俺もロキシーと呼んでいいな?」
「え?」
「俺のこともマティかマットと呼んでくれ」
強引なのは重々承知だ。だけど、ロクサーヌからはたぶん、嫌われていない。頑張って距離を縮めていかなければ。
「でもあの……」
「どうした、ロキシー?」
手を取り、笑いかける。ロクサーヌはまた赤くなって俯いた。
よし。拒絶はされなかった。一歩前進だ!





