ロクサーヌ(17)
……断罪イベント?!
そんな、何故?!
完全に安心しきっていた わたくしは、全身から血が音を立てて引いていく感覚を味わっていた。恐怖で崩れ落ちそうになる膝を堪えながら、隣に立つマティアス様を見上げる。
マティアス様は一切の表情を消して、前方を見つめていた。わたくし達の前にいる、ご令嬢方とリゼットを。
……ああ、嘘でしょうリゼット。親友だと思っていたのは、わたくしだけだったの?
「王太子殿下から離れてください、ロクサーヌ様。貴方ほど狡猾で醜悪な方が将来の王妃だなんて、間違っています」
冷ややかな視線が突き刺さる。
―――ジャクリーン・フォンテーヌ様。彼女とは、ほとんど言葉を交わしたことがないのに……。
「……何をもって、ロクサーヌが私の婚約者に相応しくないと言う?」
マティアス様の落ち着いた声音の質問に、今度はオレリー・モラン様が前に出た。
「ロクサーヌ様は、我が国の宝ともいえる光魔法の使い手、リゼット・マルタン嬢を卑劣な手段で虐めておりました」
「まさか。ロクサーヌとリゼットは親友だと聞いている」
「そう取り繕われておられましたが、あくまで表向きです。ロクサーヌ様はリゼット嬢の教科書や衣装を破いたり、文房具を壊したり、授業で彼女が失敗するよう様々な妨害をしていましたよ。それは、多くの生徒が目撃しております」
周囲で数人が頷くのが見えた。
秋学期以降、あまりトラブルは起きなくなっていたのだけど……そうよね、やはり周りからはそういう目で見られていたでしょうね……。
どんどんと足元の感覚がなくなってくる。
「それに……殿下という婚約者がおられるのに、違う殿方とデートもしていました」
「そんな!マティアス様以外に、そんな方はいません!」
思わず声を上げた。
その冤罪だけは、絶対に受け入れられない。わたくしがマティアス様以外に心を動かされるなど。
「証拠もありますわ」
「でも、本当にわたくしはマティアス様だけですもの」
「白々しい!」
オレリー様が鼻で笑い、その手に持っていた球を掲げた。
空中に映像が映し出される。
街のカフェで向かい合う男女。わたくしと……え、あれは───!?
映像の中のわたくしが差し出されたパンケーキを食べ、相手がわたくしの唇を指で拭う。そしてその指を───
「キャァァァ~~!!!」
わたくしは顔を覆ってうずくまった。
あれ!
あれはマティアス様よっ!!
みんなの前であのシーンを映し出すなんて……ヒドイ!
別の意味の公開処刑よ、これは!!
恥ずかしくて死ぬぅぅぅ……。
うううと唸っていたら、頭上で小さく笑う声がした。
「端から見ると恥ずかしいものだな。まさか撮られているとは思わなかった。……オレリー嬢。それは私だ。髪の色を変えて、ロクサーヌとデートしたときのものだ」
「えっ?!」
「それと、リゼット嬢への嫌がらせの件についてだが」
楽しげなマティアス様に続いて、誰かがわたくし達の横に立った。
「妙なトラブルが続くのが気になってね。いろいろ調べさせてもらった」
この声は……ヒューゴ様?
「リゼット嬢は稀な光魔法の使い手だからか、妖精から好かれている。その妖精達がどうもイタズラをしていたみたいでね」
???
妖精のイタズラ?
わたくしは思わず顔を上げて、ヒューゴ様を見た。
「リゼット嬢はマティアス殿下に憧れる気持ちがあった。まあ、それは多くのご令嬢方がそうなるから別に変なことじゃない。ただ、妖精達がそれを少し誤解してしまったんだね。大好きなリゼット嬢のために殿下と親しくなれるようイタズラをして回った。ロクサーヌ嬢はそれに巻き込まれてしまっただけだよ。これは神官長に視てもらったから、間違いない」
「そ、そんな……」
「とはいえ、妖精達も教科書を破いたり、衣装を裂いたりなんて酷いことはしていないそうだ」
そこでヒューゴ様は言葉を切り、ごそごそと懐を探る。そして、オレリー嬢と同じ球を取り出した。
「撮れたのは、衣装の件だけだけど……充分だよね?」
言葉と共にふわっと空中に浮かび上がったのは……ジャクリーン様とオレリー様がリゼットの月華祭衣装を裂くシーンだった───。
叫び声を上げて連れて行かれるジャクリーン様とオレリー様を呆然と見ていたら、目の前に手が差し出された。
「大丈夫か、ロキシー」
「マティアス様……」
その力強い手に掴まって、ふらふらと立ち上がる。
「あの……一体なにが…………」
「以前からフォンテーヌ公爵家は俺とロキシーの婚約を公然と非難していた。そこへ、ロキシーがよくリゼットとトラブルを起こすことから、この良からぬ計画を立てたようだ」
「はあ……」
…………もしかして、ゲームでリゼットがマティアス様以外を選んでもロクサーヌが死ぬのは、ジャクリーン様が裏であれこれ企んでいたからだったのかしら。
信じられない思いで、もう一度、彼女達が出ていった扉の方を見つめる。そこへリゼットがやって来た。
「ロキシー様。不安にさせてしまってごめんなさい。ヒューゴ様から、とにかくジャクリーン様に従えと指示されていまして……」
するとヒューゴ様が肩をすくめた。
「今日ここで、言い逃れ出来ないよう確実に捕まえたかったからね。ご苦労様、リゼット。ちなみに、リゼットに協力してもらって映像球を私室に設置させてもらったんだよ」
「出来たら、衣装は破かれないようにして欲しかったですけどねー」
「仕方ないだろう。まさか大事な衣装にまで手を出すとは想像してなかったんだから。せいぜい、教科書をまた破くくらいだと踏んでたんだ」
知らなかった。
リゼットってば、ヒューゴ様と裏で繋がっていたのね。
マティアス様から優しく手を撫でられた。
「ロキシーには何も伝えずにいて、すまなかった。あまり不安にさせたくなかったんだ」
「いいえ、そんな……そもそも わたくしがマティアス様に相応しくないからです。ジャクリーン様の行動は当然かも知れませんわ」
わたくしがもっと社交的で、人付き合いが良くて、自信に溢れていれば……こんなことにならなかったのでは。
今からでも遅くない。やはり、マティアス様にはわたくし以外の方と───
ぐいっと体の向きをマティアス様に向けられた。
「ロクサーヌ。俺は君以外には心を動かされない。周りが何を言おうと、これからを共に歩くのは君だけだ。…………愛している」
真剣な翠石色の瞳が真っ直ぐにわたくしを見ている。
心が、震える。わたくしで……いいの、マティアス様?
そっと顎を上げられた。ゆっくりと唇が重なり―――
「きゃーーーーーーっ!!!」
講堂に学友達の盛大な悲鳴が響いた。
あ。
わたくし、今度こそ死んだかも。
* * *
卒業してから、まさかの校長室での説教。
でも、それも含めて、わたくしには幸せな想い出になった。
まだまだ自信の持てないことが多いけれど、隣にマティアス様がいてくれるのなら、これからは胸を張って前へ進んで行けると思う。
マティアス様。
恥ずかしくてまだ面と向かって言えませんが…………わたくしも、貴方を心から愛しております。
書き切りました……!
今週、ほぼ勢いだけで書き進めたので、誤字脱字、おかしなところがあるかも知れません。
あとでちゃんと確認しなければ。
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