ロクサーヌ(16)
今回も文章量、多いですよ~。
しかも、今日中にもう1話載せます。昨日から書き過ぎで手が攣る……。頭も疲れた……。
無事に最終試験を終え、わたくしもリゼットもあとは卒業を待つばかりという身になった。
リゼットは完全に燃え尽きてしまって、いまだにヘロヘロだ。
「もうすぐ卒業パーティーがありますのよ。大丈夫?」
「ダンスとか……ムリな気がしますぅ」
カミーユ先生への最後のお手伝いで畑を新たに耕しながら、わたくしは横で力なく鍬をふるうリゼットを見やる。
目の下の濃いクマがまだ取れていない。卒業パーティーまでに、元の可愛いリゼットへ戻せるかしら??
ふと、リゼットが誰とパーティーへ行くか聞いてなかったことを思い出した。
ゲームでは、最終的に結ばれる攻略対象にエスコートされる。マティアス様ルートの場合、もちろんマティアス様だ。そして、そのときのロクサーヌは、誰にもエスコートされず1人で会場へ向かう。
しかし現在、わたくしはマティアス様と一緒に卒業パーティーへ行くと約束している。誘われることを想定していなかったので、あの時は本当に驚いた。でもマティアス様は責任感の強い方なので、一度約束した以上、それが反故されることはないと思うのだけれど……。
リゼットがわたくしを振り返った。
「そういえば!ロキシー様は殿下から贈られたドレスを着てパーティーへ出席されるんですよね?どんなドレスですか?」
「……素敵なドレスですわ」
ドレスは、昨日届いた。
生地は、色合いの違う幾つもの緑を重ねており、あちこちに金糸の刺繍が施されている。非常に豪華な仕上がりのドレスだ。だけど、マティアス様の色が全面に出ていて、ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。
「リゼットは何色のドレスですの?」
詳細に説明するのが恥ずかしくて、話を逸らしてしまった。
誰と行くかは聞きにくいので、姑息に色を聞いてみる。ゲームでは、攻略対象者から贈られたドレスを着る。
「あ、無難に淡い黄色にしました。着回しができるよう肩部分のレースを取り外したり、リボンの位置を変えたりできるんですよ!」
…………んん?
淡い黄色なんてドレス、ゲームであったかしら?しかもこの言い方、なんだか贈られたのではなく、自分で用意したみたい?
ということは、誰のルートにも進まなかったということ?
そもそも、あんなにマティアス様と2人で会っていたのにマティアス様に選ばれていないというのが不可解だ。とはいえ、現実にパーティーのエスコート相手はわたくしだし……。
いやだ、混乱してきたわ。
「ちなみに、エスコートはトマ伯爵令息にお願いしました。ジュール・トマ様です」
………………誰?
初めて聞くお名前だわ。
わたくしの本気の戸惑いに、リゼットは頬を赤くさせながら指をもじもじさせた。
「ジュール様は、お母さまが平民で……8才まで下町で暮らしておられた方なんです。わたしが学院でうまく溶けこめないのを、自分も似たような感じだからよく解るよと仰ってくださって……」
………………。
さすがヒロイン。
攻略対象者が駄目だった場合でも、ちゃんと別の人をゲットできるのね。
しかも、わたくしと四六時中 一緒にいたのに一体、いつ、そんな暇が?
思わずあんぐりしてしまったが、リゼットはそんな わたくしには気付かず、バシバシと背中を叩いた。
「まだ、3回お茶をしただけなんですけど、ジュール様がわたしのこと好きだったらウレシイな~なんて!」
えっ、3回も行ってるの?!
わたくしがマティアス様と2人だけのお茶をした回数より多いじゃない。
ヒロイン、恐るべし!
もし、リゼットが本気でマティアス様に狙いを定めていたら、敵わなかったかも……。
リゼットがゲームにはなかったトマ伯爵令息とのエンディングを選択したというなら───つまり、わたくしは処刑されることはなく、マティアス様と結ばれるってことなのよね?
本当に?
思いがけない展開に、頭が付いていかない。
でも、そうなら……素直に嬉しい。わたくしは、もう、何も心配しなくていいんだわ。
卒業パーティーの準備は大変だ。ドレスなんて1人では着られない。学生同士で助け合って必死に着付ける。
侍女に世話を焼かれるのが当たり前な貴族の子女にとって、この学院で自分の手でこなした数々の雑事は良い経験になるだろう。
「きゃ~、眉がゆがんだ~!」
「ちょっとぉ、誰か背中の紐をもっと締めてぇ!!」
「私の髪飾りがないんだけど!どこ?!」
寮のあちこちから悲鳴と怒号が飛び交う。この様子は、絶対に男子には見せられない。
わたくしも、他のご令嬢方の準備を手伝いつつ、自分の仕度に必死になっていた。さすがにこの日ばかりは人付き合いが苦手だの何だの言ってられない。
「ありがとうございます、ロクサーヌ様。こんなに綺麗に髪を結っていただいて、感謝しかありません!」
「いいえ。お役に立てて良かったわ」
「ロクサーヌ様、わたくしもお願いして良いかしら」
「ええ、もちろん。さあ、お座りになって」
ああ、もう目が回りそう。自分の化粧は終わっているけど、ドレスがまだ着れていないのに。
「ロキシー様!まだドレスを着てないんですか?!先にドレスを着てください、時間がなくなっちゃいます!」
着替えたリゼットが部屋に飛び込んできた。
わたくしの手から櫛を取り上げ、ほらほらと追い立てる。
「ソレーヌ様、わたしも髪を結うのは得意ですから、任せてください!さ、ロキシー様は着替えを」
「あ、では、私がロクサーヌ様を手伝いますわ」
……はあ。卒業の日を迎えて、今さらだけど、わたくしはもっと学友と交わるべきだったわね。みなさん、とてもお優しいし、自然に接してくださるのに……どうして、あんなに人と付き合うことを怖れていたのかしら。
寮までマティアス様が迎えに来てくれた。
下級生も含めて、多くの寮生があちこちから覗いている。
マティアス様の衣装は黒を基調とし、随所に青い装飾が入ったものだ。わたくしが贈った青いタイもつけてくれていた。
「綺麗だ、ロキシー」
蕩けそうな笑みを浮かべて、マティアス様が手を伸ばす。
背後でキャーという悲鳴とバタバタ倒れる音がした。
わたくしも倒れそうになりながら、マティアス様の手を取る。
「では、行こうか」
「はい」
会場の講堂はきらびやかに飾られていた。
「ロキシー」
「はい、マティアス様」
わたくしは恥ずかしくて、まだマティ様ともマット様とも呼べていない。
「今日は……俺以外とは踊らないで欲しい」
耳元でそっと囁かれて、わたくしは頬に血を上らせた。
マティアス様って、意外と独占欲が強い方でしたのね。
「ロキシー?」
「え、ええ、他の方とは踊りませんわ」
ぎゅっと抱き寄せて確認されるので、わたくしはますます赤くなりながら頷く。マティアス様、ちょっと密着しすぎですぅ~。
───卒業パーティーが始まるまで、お世話になった先生方に挨拶をして回る。多くの同級生とも喋った。
わたくし、学院でこんなに喋ったこと、なかったんじゃないかしら。しかも慣れない笑顔を維持しているものだから顔が痙攣しそうだわ。
だけど、ずっとマティアス様が横にいてくれるので心強い。ときどき見上げては目が合って、優しく微笑まれ……照れて俯くの繰り返し。幸せ、だなぁ……。
ふいに、講堂内に流れていた音楽が止まった。隅で下級生達が生演奏していたのだ。
壇上に校長先生が上がり、卒業パーティーの開始が告げられる。
───先生方のお祝いの言葉が続いたあとはダンスの時間だ。講堂の隅では、音を合わせる楽器の音色が鳴り始める。
「マティアス様とダンスするのは、初めてですね。おみ足を踏まないよう、頑張りますわ」
「ロキシーは軽いからな。好きなだけ踏んでも構わないぞ」
「そんなに下手じゃありません!」
学院でも王妃教育の一環でもダンスは習っている。わたくしは運動神経があまり良くないので、上手にはとても踊れないけれど、下手すぎることも……ない。たぶん。
ちなみに学院の授業では、騎士を目指している伯爵家のご令息とペアになり、その方のリードが良くて高評価をいただけた。わたくしと同レベルの運動神経の方が相手だったら……もしかすると悲惨だったかも知れない。
さあ、そろそろダンスが始まる───という瞬間。
「ロクサーヌ・ゴティエ様。貴方は、マティアス王太子殿下の婚約者に相応しくありませんわ!」
突然、厳しい糾弾の声が講堂に大きく響いた。
まさかの断罪イベント開催!





