ロクサーヌ(15)
ちょうど良い切れ目がなかったので、文章量多めです。
ふ~、この量を一気書きはキツイ……。
冬休みの間、またリゼットと一緒にバイトする生活が始まった。
リゼットとたわいない話で過ごす時間は楽しい。だけれど夏のときほど、無邪気に楽しめなくなっている自分に気付く。まるで小さな刺が刺さっているような。
わたくし、やはり悪役令嬢なんだわ。マティアス様とリゼットが幸せになる未来を素直に祝福できないなんて。
王宮で、マティアス様とは2度、お茶をした。
お互いに楽器演奏もする約束だったけれど、わたくしとマティアス様がお茶をするという珍しい事態に興味を示された王妃様が乱入され、そのままお流れに。結局、ほぼ王妃さまの“王妃の心得”の話を拝聴する時間になってしまった。どちらにせよ侍女や侍従が多くて、マティアス様とは形式的な会話に終始した感じだった。
ただ、1度目のときに卒業パーティーのドレスを贈ると仰っていただいたのは嬉しかった。たとえ婚約者としての義務で贈ろうと思われたとしても。
年末年始は1年ぶりに公爵家に帰った。父は相変わらずわたくしと目を合わせないし、祖父は前にも増して不機嫌な空気。
こんなに身内から嫌われている人間が王妃だなんて……普通に考えて有り得ないわよね……。
長い冬休みが明けた。
2週間ほどしたら最終試験が始まる。それが終わり、成績に問題なければ卒業だ。
だけど、その前にわたくしの運命が決まる卒業パーティーがある。前はそれがとても怖かったけれど、最近は断罪されてさっさと処刑されてしまう方が楽かしら?なんて暗いことを考えて、愕然とする。
いけない、いけない。
今は最終試験に取り組まなければ。
編入してきたリゼットは、成績がギリギリだ。かなり努力しているけれど、急にこんな高等教育を受けることになったのだ。努力だけでカバーできるものではない。
なので落第にならないよう、わたくしがポイントを絞った対策を立て、一緒に試験勉強をしている。
「明日は、気分転換に温室で勉強しませんか?」
ある日、リゼットがそんなことを言い出した。
自習室は殺気立っている。その中でずっと詰め込み勉強をするのも息が詰まるだろう。わたくしは頷いた。
───翌日。
せっかく自習室ではなく温室で勉強するので、こっそり軽食やお菓子を用意する。休憩のときに食べるのだ。
「はあ、最近は夢の中で数式に追いかけられてサイアクです……」
目の下にクマが出来ているリゼットと2人、温室へ向かいかけたが……
「やあ、ロクサーヌ嬢。どこへ行くんだい?」
「ヒューゴ様」
「あ、わたし達、温室で試験勉強をするんです」
「へえ。……僕らも混ぜてもらってもいいかな?」
まさかのヒューゴ様とマティアス様が付いてきてしまった……。
「なるほど、分かりやすいですヒューゴ様」
「この範囲は出る確率が低いから捨てて、こっちを覚えた方がいい。8割覚えれば、なんとかなるよ」
「はい!」
……あまり面倒見が良い人ではないだろうと思っていたヒューゴ様が、熱心にリゼットへ教えている。そのせいで、わたくしはマティアス様と隣り合って勉強だ。落ち着かない。
しかもマティアス様はときどき、わたくしが数学の計算などで手間取っていたら言葉少なに教えてくださる。リゼットの邪魔をしないよう、声を抑えてわたくしの耳元で話されるので、心臓がバクバクだ。顔が赤くなっていないと良いのだけど。
しばらくして、わたくしは休憩を提案した。リゼットが煮詰まっているようだったし、わたくしも心臓が限界近かったからだ。
「お茶を用意してきますわ」
断って、温室の奥へ行く。
カミーユ先生の手伝いをしていたので、温室の片隅に小さな炊事場が隠されているのを知っているのだ。勝手に使っても良いと許可はもらっている。
ポットに水を入れ、魔法で沸かす。
紅茶やカップを棚から取り出す。
「手伝おう」
「マティアス様!」
ビックリした。
「これを持っていけばいいか?」
「あ、待ってください。カップは温めなくては」
お盆に並べていたカップを持っていこうとするので慌てて止める。
美味しい紅茶を淹れるには、きちんとしなければならないことがあるのだ。
わたくしがカップやティーポットを温めるのをマティアス様は興味深そうに眺める。
「手慣れているな」
「よく自分で淹れておりますから」
「そうか。俺は自分で淹れたことがないな。今度、教えてもらえないか」
「……はい」
温めたカップと紅茶を淹れたティーポットをマティアス様に運んでもらう。
その後にわたくしも続き、脇に置いていた荷物から軽食やお菓子を取り出した。リゼットが目を丸くする。
「それは……」
「お茶のときに口寂しいかもと思って。マティアス様やヒューゴ様のお口に合うかは分かりませんが」
「えっ、もしかしてロクサーヌ嬢が作ったの?!」
ヒューゴ様が身を乗り出した。
「はい」
「すごいな~、美味しそうだ!」
そういえばヒューゴ様は甘い物がお好きな設定だった気がする。
紅茶をカップに注ぎ、それぞれに配って、お菓子や一口大のサンドイッチも配った。しかし……
「マティアス様には、このクッキーは甘すぎるかも知れませんわ」
頭を使って疲れたときは甘い方が……と、たっぷりジャムを載せている。さっそく手を伸ばしかけていたリゼットがマティアス様に視線を向けた。
「え、殿下は甘い物が苦手なんですか?」
「いやいや、食べられるよなぁ、マティアス?……ロクサーヌ嬢、あーんってしてやって」
「え?ええっ?!」
何を言いますの、ヒューゴ様!
思わず顔がひきつる。
ちらっとマティアス様を見ると……え?翠石色の瞳が期待に満ちた眼差しでこちらを見ているよう……な……。
ヒューゴ様からクッキーを渡された。
リゼットがホラホラと言うようにマティアス様を指す。
こ、この2人の前でやりますの?
それ、どんな辱しめ?!
わたくしは真っ赤になりながら、マティアス様の口元へクッキーを差し出した。
マティアス様も赤くなりながら……クッキーをかじる。
「あまいな……」
「で、ですから……そう言いましたでしょう」
「でも、おいしい……」
「…………」
マティアス様はクッキーを持つわたくしの手を取り、残りの半分を口に入れ───そっと指先に口付けを落とした。
「…………っ!!」
悲鳴をあげてしまいそう。
ガタン。
突然、椅子が大きく後ろに引かれる音がした。ヒューゴ様が立ち上がり、行儀悪く立って紅茶を飲み干す。
「……あ~、ずっと座ってて腰が疲れたぁ。ちょっと歩いてこよっかな」
リゼットも同じくすごい勢いで飲み干して、立ち上がる。
「わ、わたしも歩きたいです~。ご一緒していいですか、ヒューゴ様」
「うん、いいよいいよ、行こう」
「じゃ、ロキシー様、このまましばらく休憩ということで!では!!」
「ま、待ってちょうだい……」
い、居たたまれない…………。
去って行った2人の方向を未練がましく見ていたら、マティアス様が低く尋ねてこられた。
「リゼットからロキシーと呼ばれているのか?」
「え?ええ、お友達ですから」
視線をマティアス様へ向けると、先ほどまでの甘い顔とは違い、眉間にしわが寄っている。
あら?どうして急に機嫌が悪くなられたのかしら。
「俺達は婚約者だ」
「はい、そうですね」
「友達より、婚約者の方が近しいだろう」
「…………まあ、普通はそうかも知れません」
でも貴族同士の婚約なんて、政略的な意図の方が大きいから、どちらかといえば友達の方が心は近しいんじゃないかしら?
「では、俺もロキシーと呼んでいいな?」
「え?」
「俺のこともマティかマットと呼んでくれ」
えええっ?!お互いに愛称呼び?!
……う、でもマティアス様にマティもマットも似合わない気がする~。
「でもあの……」
「どうした、ロキシー?」
いやぁっ、手を握ってそんな目で見つめるのは卑怯ですぅぅぅ!!
「……そりゃ僕から煽ったけどさぁ、他人の目の前でアレはやりすぎだろう、マティアス」
「舞台の一幕みたいでしたね!ドキドキしましたぁ!!」
「えええ~、あんな舞台、見たくないぃぃ」
byヒューゴ&リゼット
結構がんばったつもりなんですが、ちゃんと甘く書けてるでしょうか……??