ロクサーヌ(14)
すみません!
昨日、後半部が欠けたまま載せていました。18時15分頃に修正しています。
その部分を読んでいなくても特に問題ないのですが、破けた衣装をどうしたかの説明をしています。
月華祭の最後には、それまで並んでいた屋台が片付けられた校庭で、ダンスパーティーが行われる。学院の先生方が演奏し、学生達が踊るのだ。
宮廷で行われるダンスパーティーほど堅苦しい形式はなく、自由に皆が楽しく踊って、ティアルーサ様へ感謝を捧げる。なのでドレスコードもないし、誰かにエスコートしてもらうなど、そういったものもない。
しかし、わたくしは去年も一昨年も参加しなかった。今年も参加しないつもりだ。気軽に誰とでも踊れるほど、わたくしは社交的な性格ではない。
「え?ダンスパーティーには参加されないのですか?」
リゼットが悲しそうに言う。
わたくしは、眉を下げた。
「ごめんなさい。わたくし、どうしても集団の中に入るのが苦手で……」
貴方は楽しんでねと告げて、寮へ向かう。
……途中、校庭を振り返った。
たくさんのランタン、賑やかな音楽と笑い声、楽しそうに踊る人影……。しばらく、ぼんやりと見つめる。
まるで、別世界の幻のようだ。
ああ……そういえば、ゲームでもリゼットは月華祭で衣装を裂かれていたのではなくて?仕方がないので、そのときの彼女は制服で出るのだ。
そして、ダンスパーティーには出ずに中庭で一人、ダンスの音楽に耳を傾けて過ごす。……そこへマティアス様が現れ、二人っきりの中庭でダンスをするのだ。
あのスチルも幻想的だったなぁ……。
ゲームの流れとは少し違ってしまったけれど、きっとリゼットは今夜、マティアス様とダンスをするだろう。そして、一緒にフィナーレの花火を見る。
その花火は、乙女ゲームらしい、一緒に見た相手と結ばれるという逸話付きの花火だ。
───本来、リゼットの月華祭の衣装を破くのはロクサーヌだった。しかし、わたくしは そんなことはしなかった。なのに衣装は、ゲーム通りに破かれていた。きっとゲームの強制力というやつなんだろう。
では、今日、リゼットとマティアス様がダンスをし、花火を見ることも必然なんだと思う。
わたくしが どんなに足掻いても……結局ゲーム通りに進んでゆく。リゼットとこんなに仲が良くなっても、やはり最後は断罪され処刑されるのだろうか?
もうこれ以上、どうすればいいのか全然分からないわ……。
かなりの時間、ぼうっと校庭の方を眺めていた気がする。
ふと我に返り、わたくしは再び寮へと足を向けた。
今日はいろいろあったから、すぐに眠れそうだわ。ハーブティーでも淹れて、少し休んで……。
一つだけポツンと灯った寮の入口の灯りの下、脇に佇む人影が身を起こしたのが見えた。
「良かった。会えないかと思った」
「……マティアス様?」
何故、ここに。
ゆっくりと近付いてくるマティアス様の顔は、暗くてよく見えない。白を基調とした衣装がスラリとした肢体にとても似合っている。
わたくしの前で立ち止まったマティアス様は、すっと手を差し出した。
「ロクサーヌ。俺と踊ってくれないか」
「え?」
戸惑うわたくしの手を優しく取り、体が寄せられた。ドクンと心臓が跳ねる。
思わぬ事態に硬直していたら、そのまま腰がホールドされた。
「あの……」
「今年の月華祭では、どうしてもロクサーヌと踊りたかったんだ」
リゼットではなく、わたくしと?
そんな、はずは……。
耳を澄ませば、遠くに小さくダンスの音楽が聞こえる。誘われるように、わたくし達は静かに踊り始めた。
「結局、満月の夜の散歩は出来ていないままだが、新月のダンスも良いものだな」
耳元でマティアス様が囁く。その囁きに耳が熱くなった。
満月の夜の散歩……あれは本気で仰っていたの?
わたくしは信じられない思いで見上げた。
満天の星空を背景に、優しく微笑んでいるマティアス様。
どうしよう、目が離せない。胸がぎゅっと掴まれたようで、息が……止まりそう。
いつの間にか足は止まり、2人でただ見詰めあった。
マティアス様のお顔がゆっくりと近付いてくる。
───パアッ!
眩い光が辺り一面を照らした。
───ドォーーーン!
少し遅れて、腹に響く低い音。
月華祭のフィナーレを飾る花火だ。
突然の出来事に思わずビクッと身をすくめたわたくしに、マティアス様はくすっと笑う。そして、握っていた手をほどき、わたくしを抱き寄せた。
マティアス様の胸に顔がくっつく。
……あ、マティアス様の心臓の音も、早鐘みたい。
そのまま、黙って抱き合ったまま花火を眺める。色とりどりの美しい花火を。
ああ、わたくしとマティアス様の鼓動が一つに溶け合いそう。
「……月華祭での歌、聴き惚れた」
花火の音に紛れて、マティアス様が静かに呟く。わたくしは首を振った。
「わたくしより……リゼットの方が良かったでしょう?」
「俺はロクサーヌの声の方が好きだ。また今度、聴かせてくれないか?」
「……マティアス様にお聴かせするほどの歌では」
「聴きたい」
「では……マティアス様のバイオリンも聴かせてくださいますか?月華祭では、バタバタしてて聴くことが出来ませんでした」
マティアス様のバイオリンは、伸びやかで力強い音がする。決して技巧的に優れているわけではないけれど、わたくしは好きな音だ。
今日、聴くことが出来なくて残念に思っていた。
「分かった。では、お互いに演奏しあおう。……冬休みの間、機会を設ける」
「はい……」
気が付けば花火はもう終わっていた。辺りを暗闇と静寂が覆う。
そっと体が剥がされた。
それまでは気付かなかったマティアス様の温もりが消え、ふるると震える。だが、それを寒いと思う前に───額に優しく口付けが落とされた。
「!!」
思わず顔を上げる。頬に血が上ってゆく。
「楽しみにしている」
───真っ暗な寮の部屋へ戻り、わたくしはポロリと涙を落とした。
マティアス様。
どうして、あんなことをなさるの。貴方と距離を開けたいのに……どんどん、心が惹かれてしまうではありませんか。このままでは、わたくしは婚約破棄を素直に受け入れられなくなるわ……。