ロクサーヌ(13)
月華祭が始まった。
この国の主祭神である太陽神ローア様の妻は月神ティアルーサ様。
ティアルーサ様は夜毎にこの世界を浄化する歌を歌っている。そのため、御力が弱くなり月は欠けてゆく。
なので、神殿では新月の日に歌や舞を奉納してティアルーサ様へ祈りを届ける。実りの秋の新月の日は、特に感謝の念をこめて盛大な豊穣祭を行い、民もみな歌や舞を奉納するのだ。
我が学院で行う月華祭も、それと同じ。
「ドキドキしますね!」
楽譜を手に、リゼットが落ち着かなげに言う。
今年で3回目のわたくしでも緊張するので、リゼットはそれ以上だろう。もう完璧に覚えているはずなのに、昨日から何度も楽譜を見直している。
わたくし達の出番は、後半だ。夕方近い。
それまでは他の学生の舞台を見たり、校庭で賑わっている屋台を巡って過ごす。
そして昼過ぎに一度寮へ戻った。揃いの衣装に着替えるのだ。
しかし、リゼットは着替えずに青い顔をして わたくしの部屋に現れた。
「どうしたの?」
「ロキシー様……」
泣きそうなリゼットに付いて彼女の部屋へ行くと―――無惨に裂かれた衣装。
スカート部分が2ヶ所も裂かれている。
「……!!」
ひどい。誰がこんなことを……!
「申し訳ありません……ロキシー様だけ、舞台に出てください……」
「そんな。月華祭に出ないと、成績にも影響するわ。……では、制服で出ましょう。別に衣装など、月華祭には関係ありませんもの」
リゼットはぶんぶんと首を振った。
「ダメです、ロキシー様ほどの方が制服で出るなんて!あ、では、わたしは制服で出ます。ロキシー様はあの衣装を着てください」
「それこそ、もっと駄目よ!」
それでは、リゼットがわたくしの引き立て役みたいじゃない。わたくしよりも、ヒロインのリゼットの方が目立つべきなのに。
……だけど、今から他の衣装の用意など出来ない。
わたくしは頭を絞った。
そうだ!午前中に見た、あの子達に頼んでみたら……。
「リゼット。少し、待っていてちょうだい」
わたくしはリゼットの返事も待たず、寮を飛び出した。
中庭を走っていたら、マティアス様に声を掛けられた。
「どうした、ロクサーヌ」
「あ、マティアス様!あの、1年生のエマ・フォーレ様を見掛けませんでしたか?」
すると、マティアス様の横にいたヒューゴ様が校舎を指した。
「教室で、屋台で買ったものを食べていたと思うよ」
「ありがとうございます!」
良かった、出番までに間に合いそうだわ。
───大急ぎで衣装を整え、わたくしとリゼットは会場へ向かった。
ギリギリで舞台に上がる。
トラブルと緊張のダブルパンチのためか、舞台へ上がったときにはリゼットの顔は真っ青だった。
「リゼット。大丈夫?」
小声で話し掛ける。
リゼットは、青い顔のまま、コクコクと頷いた。本当に大丈夫かしら?
心配しながらも、わたくしは用意されていた椅子に座りリュートを構える。どちらにせよ、もう舞台に上がってしまった。始めなければならない。
深呼吸をし、ゆっくりとリュートを奏でる。
前奏が終わり、リゼットが歌い始め……なかった。はくはくと口だけが動き、目が絶望に天を仰ぐ。
(まさか緊張しすぎて、声が出ないの?!)
どうしよう!
わたくしもスーッと血の気が引いてゆく。
これでは、駄目だ。
渇いた唇を舐め、わたくしは恐る恐る歌い始めた。リゼットほど声量はないし、上手くもないけど、歌が苦手なわけではない。
わたくしの歌に、リゼットが驚いた視線を向ける。それへ頷いたら、リゼットは何度かすうっと息を吸って、わたくしに合わせて歌い出した。
……うん。もう、大丈夫。
「ありがとうございました。舞台に上がったら、頭が真っ白になっちゃって」
わたくし達の演目が終わり、舞台を降りるなりリゼットが深々と頭を下げた。
「あんなにバタバタして出たんですもの。当然ですわ。気にしないで」
「ふふ、でも、ロキシー様の歌を聞ける特別な体験ができたから良かったです」
「いやだ!その記憶はすぐに消してちょうだい。会場にいた方も、リゼットの歌だけ覚えていますように~」
咄嗟の行動とはいえ、リゼットと一緒に歌うなんて。差が大きすぎて恥ずかしいにも程がある。
「何を仰られるんですか。ロキシー様の澄んだお声は、体に染み込んでくるみたいでした。こんなことなら、2人で歌いたかったです」
ううう、上手い人に誉められてもお世辞にしか聞こえないわあ。わたくしが真っ赤になって両手で顔を覆っていたら、パタパタと走ってくる足音が聞こえた。
そちらを見ると……エマ・フォーレ様だ。
フォーレ伯爵の三女、だったかしら?わたくしと同じクラスのソレーヌ様(エマ様のお姉様ね)とよく似ていらっしゃるから、とても覚えやすかった方だ。
「あ、あの、ロクサーヌ様。とても素晴らしい演奏と歌でした」
「ありがとう。それと、このベールも。無理を言って申し訳なかったわ」
「いいえ!お役に立てて良かったです!」
エマ様はうっとりと上気した顔で手を握ってきた。ん?
「まさかロクサーヌ様からお声をかけていただけるなんて夢のようで。それに……お歌もステキでした!」
い、いや、だから わたくしの歌は忘れて……!恥ずかしくって顔から火が出そうだわ。
「ええーと、あの……貸していただいたベール、洗ってお返ししますね?」
「ベールなんて、いくらでも差し上げます。いえ、返していただけるなら、洗濯しないでそのまま……」
……エマ様の目が少し怖いんですけど。
ま、まあ、きちんと洗濯して、お礼の品もつけて、後日、改めて伺おう。
───5人で創作舞踊を舞われたエマ様達は、衣装に長いベールを使われていた。ヒラヒラと宙を舞うベールがとても印象的で美しい舞だ。
その、グラデーションのかかった青色の薄い生地の大きなベール。わたくしはそれを借りて、二重に重ねてリゼットのスカートの破れを隠したのだ。もちろん、わたくしも同じようにベールを腰に巻いた。
わたくし達の衣装は淡い藤色。ちょうど色味も合って、急拵えには見えなかっただろう。
なかなか書き進められないんですが、そろそろ完結したいので、今週は一応、毎日更新する予定です。
筋は決まっているのに、書けないときはどうしても上手く書けない~……。
とりあえず、ここで宣言して自分を追い込みます!