ヒューゴ
ちょっと文章量多めです
他人の惚気話を延々と聞かされるのは恐ろしく苦行だ。
これがその辺の級友だったなら「いい加減、黙れ」と教科書でも口に突っ込んでやる。
だが。
幼馴染みで親友といえども、我が国の王太子となれば、さすがにそれは出来ない。
ということで、僕はひきつる口元を意志の力で抑えて、ここ数日、大人しく聞き役に徹していた。まあ、マティアスの遅い初恋だしな。極度の女嫌いのまま結婚して、ちゃんと子供を作れるか心配していたが、これなら大丈夫だろう。しばらくは温かい目で見守ってやらなければなるまい。
僕はヒューゴ・ベルトラン。
ベルトラン公爵家の長男である。父は栄えある王宮筆頭魔術師、おかげで僕も立派な跡継ぎとなるよう幼い頃から厳しい英才教育を受けてきた。正直なところ、魔術師として王宮に勤めるより、辺境で魔獣でも狩りながら義務も責任もなくのびのび暮らしたいところだが、たぶんそれは叶わない望みだろう。
さて、夏休みに入り、マティアスの様子がおかしくなった。婚約者とイイ仲になったと喜ぶマティアスもかなりおかしかったが、今度のはそれと様子が違う。
そして、鬱陶しさが洒落にならない。
「ロクサーヌに避けられている……」
今日も萎れたマティアスが僕にすがりついてきた。はぁ、段々、宥めるのが面倒になってきたなー。
「そりゃお前、女子寮に忍び込むっていう変態なことをするからだろう」
「ロクサーヌだって俺の部屋に来た」
「うん、まあ、あれはビックリだな。しかもネグリジェだったし」
あれは、なかなか官能的な姿だった。眼福。
「けど、別に夜這いに来たワケじゃなかったんだろ?彼女の意図は分からんが、だからといってお前まで部屋に行っていいって話じゃない」
「……部屋へ行ったときは、悪い雰囲気じゃなかったんだ。刺繍したハンカチもくれたし」
「どうだかな~。ちょっとは街で女の子と遊んでおけば良かったんだよ。女の扱いは難しいんだぞ。何か気分を損ねることをしたんだろ」
マティアスはムッとした顔で僕を睨んだ。
「その辺の女とロクサーヌは違う。一緒にするな」
「はいはい。……とりあえず様子は探っておいてやる。もし、他の男と会う用事だったら一大事だからな」
「ヒューゴ!」
「冗談、冗談!」
本気で首を絞めやがった。重症だな、マティアスめ。
ロクサーヌ嬢を調べて、僕は驚いた。
長期休暇のたび、彼女は家に帰らず寮で過ごし教師の手伝いをしているらしい。公爵令嬢にも関わらず、薬草畑を耕したり苗植えまでしているとか。それは学院入学以来、行っていることのようだ。
何故帰らないのか気になって、更に調べてみれば……父と祖父から忌まれている実態が明らかになった。
なるほど。氷像の令嬢となるワケだ。
調べた以上、一応、マティアスにも報告する。
「知らなかった……」
「ま、どこの家でも何か1つは問題があるさ。マティアスんとこだって、決して家庭円満じゃないだろう」
僕の両親も、もう10年以上、別居状態だしな。
「そうだな。……でも、婚約者なら知っておくべきだった」
「今、知ったからいいじゃないか。それより気になるのは……」
報告書の束に目を落とす。
「───リゼットか」
「やたらロクサーヌ嬢に絡んでるな、彼女」
珍しい光属性の魔法を使える平民出身の少女。
国王陛下と神官長から直々に、僕とマティアスはリゼットに目を光らせておくよう命ぜられていた。
うちの学院には他国からの留学生もいる。恋仲になったなどと言われて、貴重な魔法の使い手を連れ帰られては堪らない。
また、平民出身の特別編入生となれば、貴族の多い学院の中では肩身の狭い思いをするだろう。実際、特別扱いが気に食わない者から嫌がらせがあるようだ。
なので、折に触れ僕やマティアスは彼女のフォローに回っていた。
だが、そのトラブルのうち半分以上はロクサーヌ嬢が絡んでいる。それも一見すると、ロクサーヌ嬢がリゼットを虐めていると見える構図が多い。しかし、当事者二人が互いに恐縮しあっているので、どうも様子がおかしい。
「夏休み前、リゼットにはロクサーヌに対して害意はないか確認した。心配だったからな。彼女いわく、ロクサーヌのそばにいると何故かよくトラブルが起こるらしい。決して意図してないという答えだった」
「え、本人に聞いたの?」
「それが一番手っ取り早いだろう」
まあ、確かにそうだけど。
そのリゼットが、この夏休みの間にロクサーヌ嬢と仲良くなっているらしい。
「しかしこうなってくると、やはりロクサーヌに対して何か含みがあるとしか思えないな……」
「なんだけどねぇ……マルタン子爵は今まで中央との関わりが薄かったせいかな。どこの派閥にも属していない。宰相殿がせっせと君の側につくよう、策略を巡らせているよ。リゼットの方も、特にどこかへ取り込まれているフシはないんだよなあ。そもそも、ロクサーヌ嬢へ嫌がらせをする意味が分からない」
「ああ。いくら平民出身だろうと公爵家へ楯突いて、得なことはないと分かっているはずだしな」
僕らは顔を見合わせて溜め息をついた。
「とりあえず、秋学期が始まったら頑張って婚約者殿と仲直りしてくれ。君とロクサーヌ嬢の間に溝があったら、守りきれないぞ。良い恋愛指南書があったら届けるからさ……」
「頼む……」
さて、秋学期が始まった。
マティアスは気合いを入れてロクサーヌ嬢へ会いに行ったようだが───玉砕して帰ってきた。
「ロクサーヌは、俺より友達を取るらしい」
「友達ぃ?まさか、リゼットか?」
「名前を聞く時間もなかったさ……」
ダメだ、こいつ。
落ち込みが酷すぎて使い物にならない。
これはもう、僕が動いた方が早いな。
それにしても、ロクサーヌの言う“友達”がリゼットなら……やはり反王太子派に取り込まれているのか?マティアスをダメにするために。いやいや、手段があまりに下らないから、それは無いか。
でもそうなると……うーん、最初っからロクサーヌ嬢狙い?
ソッチの気がある女とか……?
色々と疑惑のあるリゼット本人にあたるより、まずは先にロクサーヌ嬢に現状確認をしようと接触を試みる。
授業が終わるとさっと姿を消す彼女を捕まえるのは、案外大変だった。
だが、直接ロクサーヌ嬢と話して、僕は思わず頭を抱えたくなった。
マティアス!
婚約解消ってなんだ?!
そもそも、ロクサーヌ嬢はお前のこと、全っ然意識してないぞ!!
どうなってんだよ!
“ぽんこつ”なのは、ロクサーヌだけじゃなくマティアスも…??
(いやいや、一番のぽんこつは作者だな~)
ちなみにヒューゴの初恋は6才、3つ年上の従姉に。
すぐ玉砕したので、誰にもナイショです。