ロクサーヌ(9)
……結論として、夏休みの間にわたくしはすっかりリゼットと仲良くなった。
魔法物理学のポール先生にも紹介し、一緒にデータ集計のバイトだってした。
そして分かったことが一つある。
───わたくしは、女友達に飢えていたということを!
平凡な前世といえども、わたくしだってそのときはそれなりに女友達はいた。ところが今世では複雑な家庭環境のせいで氷像令嬢と言われて遠巻きにされ、また公爵家の娘であり王太子の婚約者ということで寄ってくるのは下心のある人ばかり。友達など、まったく望めなかったのだ。
というわけで夏休み期間中、リゼットとは念願のカフェへ行ったり、ウィンドウショッピングをしたり。夜はお互いの部屋で夜通しおしゃべりもした。
いやん、女友達、サイコー!!
3週間ほどの夏休みが終わり、秋学期が始まった。
しかし、わたくしはウキウキだ。
だって、今学期からお昼はリゼットと2人でランチ。ぼっちじゃない!!
そして嬉しいことにリゼットも手作り弁当派なので、互いのおかずを交換する予定なのだ。
初日の今日は午前のみ。
ということで、わたくしは昼から買い物へ行こうと考えていた。
自炊する学生は学院の食堂へ食材をお願いできるのだが、せっかくなのでデザートも作りたい。食堂で扱っていない菓子材料を買いに行きたいのだ。
宿題を提出し、秋学期の予定などの説明が終わるなり、わたくしは急いで教室を出た。
が……「ロクサーヌ!」
教室を出てすぐに腕を掴まれた。
「あ、マティアス様」
「夏休み、何度もお茶に誘ったが、何故、来なかったんだ」
ああ~……。
そういえば、王妃教育へ行くたび先生方に残るよう言われたような。
バイトやリゼットとの約束があるので、全部予定があると帰ってしまっていた。あれって、マティアス様からのお誘いだったの?
「予定がありましたので……」
「このあとは?」
「今日も予定があります」
「……では明日の昼、一緒にランチをしよう」
「申し訳ありません。約束がありまして」
「誰と?!」
まあ、そんな驚いた顔をなさるなんて、失礼だわ。
わたくしは、ドキドキしながら憧れワードを口にした。
「お友達に決まっているではありませんか」
うふ。ぼっちのロクサーヌがこの台詞を言う日が来るなんて!
リゼット、友達になってくれて本当にありがとう!
「友……だち……?」
「はい。ちなみに週末もお友達と買い物へ行く予定ですので、空いておりません。それでは、失礼いたします」
何故か固まったままのマティアス様を置いて、わたくしはるんるんで寮へ帰った───。
秋学期が始まって1週間、案外、平穏な日々が続いている。
そういえば、夏休み以降リゼットとよく共に過ごしているが、不思議なことにそれまでのようなトラブルは起きていない。「不思議ですねぇ~」とリゼットも首を捻っている。
今日のお昼は、温室だ。
足取り軽く温室へ向かっていたら、ヒューゴ様に呼び止められた。
「ロクサーヌ嬢!」
「ヒューゴ様」
「良かった、ようやく捕まえられた。あのさ、最近、どこでお昼食べているの?」
「まあ……あちこちで……」
最初は中庭で食べていたけれど、妙に注目が集まる。氷像の令嬢が編入生とつるんでいるのは皆が気になる件らしい。
なので、気にせずランチできる場所を探し、昨日、ようやく温室に辿り着いた。温室のベラという木の陰が、なかなか良い場所なのだ。
「えーと……君と一緒にお昼を食べたいんだけど」
「え?ヒューゴ様と?!」
「ああ、うん、僕というよりマティアスと」
「……何故、お二人とランチを一緒にせねばならないのでしょう?」
楽しい女子トークが出来ないじゃない。
そう思ってつい声が低くなったら、ヒューゴ様は目を丸くした。
「何故?!え、だって婚約者だろ、君とマティアス。夏からずっと君に避けられているってマティアスがすごく落ち込んでいる。その……余計なお世話とは分かっているけどさ、マティアスは何か気に障ることした?」
「……そもそも今まで、長期休暇の間にマティアス様とお会いしたことも、学院でランチをご一緒したこともございません。今になって突然、誘われる意味が分からないのですが……」
気に障るも何も。
急に変わったマティアス様の方に理由をお聞きすべきだわ。
ところが、ヒューゴ様は額に手を当てて上を向いてしまわれた。
「マジか!」
叫んで、何やらぶつぶつ唱えている。
……もう行っても構わないかしら?リゼットを待たせてしまうわ。
「あー……その、君から誘われてデートしたってマティアスから聞いた覚えがあるんだけど。二人の関係を改善しようとしたワケじゃないの?」
デート?
ああ、そういえば。
「婚約解消したい旨を述べたら駄目だと仰ったので、お試しデートをしたのです。相性を確認してみてはどうかと」
「婚約解消?!そんな話、聞いてない!……い、いや、で、別に相性は悪くなかっただろ?」
「そうですね……かといって良かった訳でもないと思いますけど?───でも、もうそれは良いのです」
「良いって……どうして……」
ヒューゴ様が少し頬をヒクつかせながら、恐る恐る尋ねてくる。
わたくしは、にっこりと微笑んだ。
「新たな解決策が見つかったからですわ。これでもう、いつ婚約解消していただいても大丈夫です!」
「ちょ……意味が分からない!婚約解消って……マティアスは君のことを」
「わたくし、マティアス様の恋を応援いたします。邪魔など、決してしませんから!ほんと、一切、邪魔しませんからね?」
大事なことなので、2回言ってみたわ。
ヒューゴ様なら、きっとマティアス様にきちんと伝えてくださるでしょう。
それでは、失礼しますとわたくしは頭を下げ、急いで温室へと向かった。
あら?
そういえば……リゼットがマティアス様と一緒にランチするイベント、あった気がするわ。
ううーん、そのときは淋しいけれど、ぼっちランチにしなくてはね。
婚約者のわたくしがマティアス様との仲の進展具合を、リゼット本人にあれこれとは聞きにくい。でも、今後のためにそろそろきちんと確認しなければならないわ。