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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

つみねこ小説 きさらぎ駅編

作者: 奈雲




1章 日常ノ終ノ始リ



―人生において、人との別れは突然訪れる。



少なくとも、僕はそうだった。


忘れもしない、小学校6年生の夏休み。その日の朝はサマーキャンプに行くために慌ただしく過ごしていた。



「陽太、忘れ物ない?」


「うん、大丈夫。」



小さな台所で朝食を作ってくれている母にそう声を掛けられる。僕は手元のリュックサックの中身を最終確認していると横から小さな手が僕のリュックサックに飛行機のおもちゃを入れてくる。



「コラ、陽助。」


「う~~~~っ!!」



飛行機のおもちゃを入れてくる小さな手を優しく掴んでたしなめると、その手の持ち主は悔しそうに唸った。小さな手の方向に目をやるとおでこに熱さまシートを貼り瞼が重そうに半分だけ見開いた、僕とそっくりな弟、陽助がいた。途端に陽助は大きな黒目に涙を浮かべて僕の腰に両腕を絡ませて抱き着いてくる。



「ぼくもにいちゃんと、いっしょにいく~~~~~!!」


「ダメだよ、陽助…熱があるんだから、キャンプには行けないってお母さんにも言われただろう?」


「やだやだやだー!!」



この日陽助は運悪く夏風邪に罹ってしまい、一緒に行くはずだったサマーキャンプに行くことが出来なくなっていたんだ。テーブルの上に乗っている時計に目をやれば、針は集合の約束の時刻まであと5分に迫っている。けれど大粒の涙を流して僕に懇願する陽助にどうしたらいいか困っていると僕が困っているとお父さんが陽助を引きはがしてくれた。



「陽助、お兄ちゃんを困らしちゃだめだよ。それに、お兄ちゃんのいう通り寝てなきゃだめだよ。」


「やだー!にいちゃんとあそぶの!」


「陽助、お兄ちゃんが帰ってきたらいっぱい遊んでもらえるわよ。それまでにしっかりお熱下げておきましょうね。」


「うええぇえん!!」


「ほら、陽太、行ってらっしゃい!」


「う、うん…行ってきます、陽助、帰ってきたらいっぱい遊ぼうね!行ってきます!!」



「「行ってらっしゃい。」」


「うええぇえん!!」



陽助の泣きじゃくる声に罪悪感を感じながら僕は玄関を飛び出した。この時僕は知らなかった。これが僕が家族と一緒に過ごす、最後の日になるなんて。この時の僕は、知る由もなかったんだ。












2章 愁腸紫苑ーシュウチョウシオンー



「あ…」


サマーキャンプに向かうバスに乗り込んだ後、僕は自分のリュックの中に弟のおもちゃが入っていたことに気が付いた。機体の部分にお母さんが陽助の名前を描いてくれてある、お気に入りの飛行機のおもちゃ。今日もこのサマーキャンプについてくるときに真っ先に入れてきたくらいのお気に入りのおもちゃを僕が持ってきてしまっていた。


「…ごめんね、陽助。」


僕は小さくそう呟いておもちゃをリュックの中にしまう。明日家に帰ったら陽助と一緒にいっぱい遊んであげよう、そう思っていた。


だけど、僕の思い描いていた平和な日常は、陽助やお父さん、お母さんと一緒に過ごすという当たり前の日常は。


もう二度と訪れることがなくなることを僕は知らなかったんだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



キャンプは滞りなく、ごく普通に終わり日も暮れ家路へとついたその時だった。数台の消防車がものすごい勢いで僕の家の方向へと走り去っていった。



―――ドクンッ。



その瞬間、心臓が強く脈打った。ジワジワと全身に脂汗が浮かんできたのはきっと8月の暑さのせいだと自分に言い聞かせるが、足は家に向かって走り出していた。


嫌な予感がする。


息の仕方も忘れてしまったように、肺に上手く酸素を取り込めなくなる気がした。それでも僕は走り続けた。毎日学校から帰る道を、遊んだ後陽助と一緒に帰る道を、走り続ける。たった15分くらいの通学路がこんなに長かったかと疑問に思うほど、時間が掛かっていたように錯覚してしまう。


この坂を登れば家だ、ぜいぜいと息を切らしながら坂を駆け上がり、僕は目を開いた。



「あ…あ…あぁあぁあぁああぁああっ!!!!」



僕の目の前に広がる景色は毎日当たり前のように存在していた優しくて、温かくて、幸せな家ではなく、燃え広がる炎の赤、赤、赤。



僕は絶叫にも似た声を上げ、今なお燃え続けている自宅へと走る。


「危ない!!」


燃え上がる自宅に飛び込もうとする僕の体は消防員の男性に抑えられ、それを阻まれる。僕は必死で男性に訴えかけた。


「お願い!!離して!!中に弟が、お母さんたちがいるかもしれないんだ!!」


僕がそう叫んだその時だった。燃え上がる自宅から陽助の泣き声が聞こえた。


「ぎゃああああああああんっ!!熱い!!熱いよおおぉおおぉお!!」

「!!陽助!!陽助!!!!」

「たすけて!!にいちゃん!!にいちゃん!!」

「あ、ああ…!!」



窓から見えた陽助の顔は、炎によって皮膚が焼け爛れていて、僕の知っている弟の姿ではなくなっていた。


「うわあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


僕の悲鳴だけが、虚しく夏の夕焼けに消えていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――炎が掻き消されたのは、すっかり日が沈んだ頃だった。


「…………………」


僕の目の前に横たわる、三つの炭のようなものは昨日まで僕に話しかけて、笑いかけてくれて、当たり前のように過ごしていた家族だった人たち。後日警察の調べでわかったことだが、家に火をつけたのは連続強盗放火殺人犯だった。両親は強盗犯に先に殺され、弟は二階でお昼寝をしていたため、気付かれないまま家に火をつけられ、生きたまま焼かれたんだ。



何で、どうして…?


どうして、僕の家族がこんなことになったんだ…?


どうして、僕だけ生き残ったんだ…?


どうして…僕よりも小さな弟が、死ななくちゃならなかったんだ…?



「陽ちゃん!!」


お父さんの妹である、僕にとっては叔母のほのかさんが知らせを聞いて僕の所へ飛んできてくれた。けど、この時の僕は抜け殻のようになっていて何も反応することが出来なくなっていた。


「…………陽ちゃん…!!」


叔母さんの腕に抱きしめられ、僕は茫然としたまま、一言こう言ったらしい。


「…叔母さん…………どうして、僕だけ生きてるの…?」




これだけ言って、僕は意識を失った。













3章 焔ノ宿命①ーホムラノシュクメイー








強盗殺人犯の放った炎により、たった一日で両親と弟を失ってしまった僕は父親の妹であるほのか叔母さんに引き取られることになった。叔母さん夫婦は僕にとても良くしてくれて、何不自由ない生活を保障してくれた。仮初であったとしても僕の本当の両親の代わりにと傷を癒してくれるよう愛情をたくさん注いでくれた。


そんな叔母夫婦に迷惑を掛けてはいけないと、僕も一生懸命“良い子”になれるように頑張った。だけど、静かに心の傷を癒したいと思っている僕の気持ちとは裏腹に世間は僕を放っておいてはくれなかった。


「不知火陽太君ですね、家族を失ってしまった今の心中は!?」

「犯人に対してどうお考えですか!?」

「事件の日はどう過ごされていたんですか!?」


病院に入院していた僕に毎日のようにメディアの人たちが訪問してくる。叔母さんや叔父さん、看護婦さんたちが何度も止めてくれたけど、それをも搔い潜って僕に心ない質問をぶつけてくる。僕はベッドの布団に包まって両耳を塞ぎながら叫ぶしか出来なかった。


「もうやめてよ!!」



世間から見れば僕のことなんてすぐに忘れられるだろうけど、彼らはホットニュースになるネタであれば何だっていいんだ。やられた側の人間の心の傷は癒えることもなければどんどん深い傷になって行くのに。


中学校に入学してもに僕の名字を聞くだけで周りの人たちは僕と関わろうとしなかった。ある者は哀れみの眼差しで僕を見つめ腫れ物に触れるような接し方を、またある者はメディアの人間たちと同じように僕の過去を根掘り葉掘り調べて、それをネタにストレスのはけ口にするような人間が。中学校の3年間ずっとずっとそんな奇異の目に晒され続ける日々を過ごした。



「どうして僕、生きてるんだろう。」



中学校の屋上に行っては何度も上下を眺めたことがある。


―陽助、母さん、父さん。


此処から飛び降りれば、空に居る皆に会えるのかな。


そんなことを考えるけど僕は臆病だ。いざ飛び降りてみようかと思ったら足がすくんで動けなくなる。死ぬのは怖い、弱虫な僕。飛び降りていなくなってしまえば楽になれるのに、という気持ちを屋上に置いて、僕は家路へとつく。


「よぉ、陽太くぅん?」

「ちょっと金足りねぇんだわ、俺らに援助してくんね?」


家路へとつく僕の目の前に立ち塞がったのは僕をいじめてくる不良たち。しかも今日はすこぶる機嫌が悪そうだ。僕はカバンを胸元に抱きしめ、震えながらも言葉を吐き出す。


「ぼ、僕…僕も、お金、ないから…」

「あぁん?なら俺らのサンドバッグになれよ!!」


怯えて動けなくなった僕を近くの河原で殴る蹴るの暴行を繰り返す不良たち。頬を殴られ、口の中が切れたらしく僕は口から血を吐き出した。


「げほっ!!」


もう嫌だな。どうして僕ばっかり。髪を掴まれ、体を引きずられそう思った瞬間だった。


僕の目の前が激しい閃光を放ち、地面から強烈な熱風を感じ取った。



『俺の目の前でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー五月蠅ェぞ、クソニンゲンどもが。』



ビリビリと低い声が響き渡り、次の瞬間に物凄い炎が不良たちの方へ向かい不良たちはすぐに逃げ出し、僕一人になってしまった。そして不良たちを追い払ってくれた低い声の主は光の中から徐々にその姿を現した。


『テメェが俺を呼び出したニンゲンか?』

「ひっ…ひぃいっ…!!」


僕の目の前に現れたのは耳の先端には真っ赤な炎を灯しており、黒くて少し癖のある毛並みと金色に輝くドラゴンのような両翼、ドラゴンに酷似した緋色の鱗を持つ尻尾に、炎のように赤く染まった鋭い瞳を持った猫のような不思議な生き物だった。


その猫のような生き物は人語を喋り、僕に向かって自分を呼び出したのは自分かと尋ねてきた。さっきの不良たちとは違う、異質な存在に全身の細胞という細胞が警告を鳴らした気がした。


「…よ、呼び出した…?僕が…?」


恐る恐る僕がそう聞き返せば、その生き物はあからさまに舌打ちをし地面を指さした。


『それだ。テメェの血だ。』


彼が指さした地面に目をやれば先ほど不良たちに殴られたときに流れ出た血が引き摺られたときに円を描いていた。


『それは魔法陣だ。テメェの血で俺を呼び出した。俺はサタン、憤怒の悪魔だ。』

「嘘でしょ!?そんな奇跡的な魔法陣存在するの!?」


僕が驚いてそう叫ぶとサタンと名乗った悪魔は不機嫌を隠すこともなく再び舌打ちをする。


『ちっ……こんな弱虫のウサギが俺を呼び出すとは……』


彼はそう話を続けようとしたがその時、彼の背後で真っ黒な煙が上がっていることに僕は気が付いた。


「あれは……!!」

『あっ、おい!!』


考えるよりも早く、僕はその場から走り出した。


嫌な予感がする。


―これは、あの時と同じだ。


黒煙の立ち上る方角へと真っ直ぐ突き進んだ僕は目を見開いた。目の前に広がる光景。忘れたくても忘れられない、あの時と同じだ。


「いやぁあぁ!!ミキちゃん!!ミキちゃん!!」

「ママあぁぁ!!助けて!!げほっ、ごほっ!!」


僕の隣で悲鳴を上げている若い女性と、炎に包まれる家の中に取り残されている小さな女の子。


―――ドクンッ。


女の子の姿が、あの時の陽助と重なって見えた。炎は、怖い…でも…


拳を固く握りしめ、僕は炎の燃え上がる家へと飛び込んだ。火災時に一番気を付けなくてはならないことは一酸化炭素などの有毒ガスだということを知っている僕は煙を吸わないよう気を付け、女の子の居るであろう二階を探す。二階の突き当りの部屋に行くと女の子の咳込む声が聞こえてきた。



「げほっ、ごほっ…!!」

「ミキちゃん!!もう大丈夫だよ!!」


女の子は可哀想に涙を流し怯えた瞳で僕を見上げていた。僕は女の子を安心させるように抱きしめ、笑顔を見せる。


「すぐにここから出よう、煙を吸わないように気を付けて…」


僕はポケットから自分の持っていたハンカチを彼女に渡して煙を吸わないよう注意していると僕の背後でパキリ、と嫌な音が聞こえた。次の瞬間、炎で屋内の柱が倒壊してきた。


「しまった!!」


僕は女の子を守るように自らの体の内側にギュッと抱きしめ、瞼を閉じた。しかし柱が倒れてくることはなく、僕の頭上に何か重みを感じ取った。恐る恐る目を開くとあの低い声が聞こえた。


『ふん、ウサギのくせになかなか根性座ってるじゃねぇか。』

「サタン…?」


僕の頭の上に乗っていたのは先ほど僕が呼び出してしまったという、サタンだった。











4章 焔ノ宿命②ーホムラノシュクメイー



僕の背後でパキリ、と嫌な音が聞こえた次の瞬間、炎で屋内の柱が倒壊してきた。女の子を守るように自らの体の内側にギュッと抱きしめ、瞼を閉じたが柱が倒れてくることはなく、頭上に何か重みを感じ取り、恐る恐る目を開くと…


『ふん、ウサギのくせになかなか根性座ってるじゃねぇか。』

「サタン…?」


僕の頭の上に乗っていたのは先ほど僕が呼び出してしまったという、憤怒の悪魔、サタンだった。彼は小さな右手を挙げているが目を瞑っていたあの一瞬で一体何があったのか、そう思い柱のあった方向を見れば柱一本分であろう灰が床一面に広がっている。


「え…?これ…さっきの柱…?」

『ほう。そのくらいは理解できるか。…詳しくは後だ。目ぇかっ開げて見てやがれ!!』


――消炎煉獄!!


彼はそう言うと右手をギュッと握りその手が輝いた次の瞬間、信じられない光景が僕の目に飛び込んできた。そう、彼が右手を握った瞬間辺り一面炎の渦に囲まれていたのにも関わらず、その全てが掻き消されてしまった。


「え、えぇえっ!!?」


僕が驚愕の声を挙げていると消防車のサイレンの音が聞こえ、水が家全体に掛けられる音がした。僕と女の子の居る部屋の炎は一瞬で搔き消えたものの、一階部分はまだ炎が収まりきっていないため消火活動が開始されたんだ。


『オイ、ウサギ。』

「えっ!?あっ、ウサギって僕!?」


サタンは僕の事をウサギと呼び、ギロリと睨みつけてきた。僕は咄嗟のことでビクつきながら返事をする。


『炎は弱めてやった。じきに消防隊のニンゲンが突入してくるだろう。その時テメェは“奇跡的にまだ燃え広がってなかった”と答えておけ、いいな。』

「あ…う、うん…!」


僕がそう返事をするや否や、彼は一度姿を消してしまった。…本当に、彼は人間世界の生き物じゃないんだろうということを僕は理解する。数分もしない内に一階の炎の勢いは徐々に弱まったため、女の子の口は渡したハンカチで塞いでおいてもらい、僕自身も自分の服の袖で煙を吸わないよう気を付けながら彼女を抱え、外へと逃げ出した。


「っ!中に人影が!!」

「オイみんな!!中から男の子が!!女の子も無事だぞ!!」


外へ出た僕たちは消防隊員さんたちに無事に保護され、女の子のお母さんらしき女性が駆け寄ってきてくれた。女の子も女性の方に手を伸ばし、僕は彼女をそっと地面へ下ろす。


「ミキちゃん!!あぁ、ミキちゃん…!!無事で良かった…!本当に良かった…!」

「ママ、あのお兄ちゃんが助けてくれたんだよ!」


女性は僕に向かって瞳から涙をこぼしながら何度もお礼を言ってくれる。


「本当に、娘を助けていただきありがとうございます!!…なんとお礼を言えばいいのか…!!」

「い、いえいえ!!僕も、気付いたら勝手に飛び込んでただけで…!」


僕がそう言いかけると消防隊員の若い男性が僕に向かって物凄い剣幕で怒鳴ってくる。


「勝手に飛び込んだだと!?なんて危ない真似をしたんだ!!」

「ひっ!?」


僕がびくりと体を震わせて目を閉じると彼は深いため息をついてからこう言葉を続けた。


「君もあの子も無事だったから良かったものの、本来なら絶対にやっちゃいけないことだ!火災のプロでもない人間が飛び込むなんて無謀以外の何物でもない!」


「…すみませんでした。…それでも……到着までにあの子を放っておけなかったんです…」


「………命を大切にしろ。」


僕がそう答えるとしばらくの間があり、消防隊員の男性はそう言ってくれた。



―――陽太が炎に包まれる家屋から脱出中の同刻、姿を消したはずのサタンはとある裏路地へと移動していた。



「火ヒヒ…」


不気味な笑い方をし人気のない住宅でガソリンを巻き、火をつけようとしている不審人物の男が居た。

そう、この男こそが先ほど陽太の助けに入った家を燃やした現在逃走中の連続放火魔の男であった。男がライターに火をつけようとしたその瞬間だった。


ライターを持っている男の右腕が一瞬にして灰になった。


「うっ、うわぁあぁ!!?」

『クソニンゲンが……!ニンゲン風情の下等動物がよくも炎を弄ぼうとしたな…』


男は恐怖に言葉も発することが出来なくなった。…そう、そこに居るのは一見可愛らしい黒猫のような姿をした不思議な生き物。しかしその生き物は男を恐怖のどん底へと叩き落すには十分な殺気を放っていた。

一般の人間であれば…いや、犯罪者や修羅場を掻い潜ってきたであろう人間であろうともハッキリと目の前に存在するこの生き物に自分は成すすべもなく殺されるであろうという明確な恐怖を細胞という細胞が感じ取ったのだ。


『俺の炎で右腕を失った程度で悲鳴を上げる、炎に敬意を払えぬ貴様のような下等動物に炎を扱う資格はない。』

「頼む!!命だけは…命だけは!!」


男はサタンに対し命乞いをする。するとサタンは男を一瞥し、こう答えた。


『はっ。コイツはお笑い種だな!自分の欲求を満たすためにそれで何人のニンゲンを無慈悲に殺してきた?そいつらは当たり前に来る明日を信じて生きていたはずだが、それを奪ってきたお前にそれを言う権利があるとでも?』

「そっ、それは…!!」

『くくっ…ぶはは!


 安心しろ。貴様を殺しはしない。


 しかし……貴様のような炎を舐めてやがるカス野郎にはそれ相応の罰を与えてやる。』

「なっ…!?ぎゃああああああああああっ!!?」


サタンはそう言い、とある炎の魔法を放った。その炎は男の体全身に火傷を作り上げる。


『その炎は貴様の体を蝕み続けその炎により生涯体を焼かれ続ける。


 魔力を持っていない人間が見た程度では貴様の体に張り付いた炎を視認することすら出来ないが自然治癒により治ったかと思えばすぐにまた新しく出来上がる火傷痕を誰にも治してもらうことも出来ない。過去火傷した者は思い込みによって何もないところで火傷することもあるが、俺の魔法の場合はまた別の呼ばれ方をする…人間界ではこれを“怪異現象”と呼ぶようだな。』

「ぐああああああああっ!!!やめてくれぇ…!!やめてくれぇえ…!!いっそ殺して…!!」


男が悲鳴を上げ続けていてもサタンは何も動じることなく、話を続ける。


『仮に精神が先にダメになって命を絶って死んだとしても今度は地獄で焼かれ続けるんだ。


 今生では一生、死したとしても今度は永遠に地獄の業火により魂を焼かれ続ける、救いのない呪いだ。


 命乞いなんて無様な真似をしなければまだ楽に死ねただろうが……

 

 諦めるんだな。


 これが貴様の選んだ運命だ。』



そう告げるサタンの姿は猫のような姿をしているが人間を地獄に叩き落し、その魂を弄び嘲笑う悪魔そのものであった……









5章 きさらぎ駅~焔ノ宿命③ーホムラノシュクメイー~



消防隊員の男性に怒られた後一応煙を吸っていないかなどの簡易的な検査をしてもらった。診断結果も特段異常がなかったためすぐに解放され、家路へつこうとした僕の目の前にまた彼が現れた。


『どうやら無事切り抜けられたようだな、ウサギ。』「わぁ!?さ、サタン……!?何でまた僕の前に……」『ちっ……その辺は頭が回らねぇのか。仮にも俺を呼び出したニンゲンはテメェだ。仮契約の段階であったとしても契約者になりうるニンゲンの近くに現れるのは当然のことだ。


 ……さて。今回炎の中からテメェを救い出してやった“代償”を頂こうか。』「代償!?」『当たり前だ。悪魔がタダで力を貸すわけねぇだろうが。』


そんなの、聞いてない!!僕は心の中でそう叫んだ。サタンは確かに僕と女の子を助けてくれた。けれど“代償”が必要だなんて聞いてない!僕の眼前に居る黒猫のような姿をした生き物の正体は悪魔。まさか……考えたくないけど…、でも、ひょっとして……僕の魂を奪うつもりなんじゃ……!そう思った瞬間全身から血の気が引いていくのが分かった。


しかし、そんな僕の思いとは裏腹に彼の口から飛び出した言葉は意外なものだった。


『今回の力の“代償”は“俺の契約者になり、食事と住処と娯楽を約束しろ”だ。』「…………へ?」


僕の口から漏れだしたのは、何とも間の抜けた声だった。


『聞こえなかったのか?』「え、あ、いや……聞こえたけど……え?食事と住処と……娯楽……?」


僕がポカンとしていると彼は続けて先ほどの言葉の意味を説明をしてくれる。


『俺たちはもとは大悪魔だがな……過去天使たち“エデンの住人”との戦で敗戦した。その際に神によってこの“封印の首輪”を付けられ猫へと姿を変えられた。契約の条件も大幅に見直され、悪魔たちもニンゲンの魂を奪い取ることが不可能になったんだ。』「そ、そうなんだ……」『だから俺の契約者となり、食事と住処、それから娯楽を常に用意しろ。その程度ならテメェくらいのガキでも用意できるだろ。』


体の一部を奪われるわけでも魂を奪われるわけでもなく、彼の提示した条件は思ったよりもずっと簡単なもので全身のこわばりが一気に解け、僕は地面に座り込んでしまった。


「は、はは……良かった……でも……母さん(叔母さん)たちに何て言おう……」


こうして僕は半ば強制的に憤怒の大悪魔、サタンと契約することになってしまった。


――炎に恐怖心を持っているはずの僕が、何故か炎を操る大悪魔と契約する。


神様って奴は、僕と炎との縁を無理矢理繋ぎたいのだろうか?だとすればちょっとだけ恨んでやる。神様が存在するかどうかもわからないけれど、僕は茜色に染まった空を少しだけ睨みつけた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――憤怒の大悪魔、サタン。


僕自身も彼の口からはまだすべて語られているわけではないが、彼はつみねこ七大罪、全ての悪魔たちの統率者であることは教わった。


七大罪とはキリスト教における“人間が堕落していく七つの感情”のことを言うそうだ。そしてその七つの感情にはそれぞれ対応する悪魔が存在する。


ー傲慢の大罪を統べるのは、ルシファー。ー嫉妬の大罪を統べるのは、リヴァイアサン。ー強欲の大罪を統べるのは、マモン。ー暴食の大罪を統べるのは、ベルゼブブ。ー怠惰の大罪を統べるのは、ベルフェゴール。ー色欲の大罪を統べるのは、アスモデウス。そして、ー憤怒の大罪を統べるのは、サタン。


サタンと生活をしているうちに僕は他の6匹の大悪魔である、つみねこたちと出会うことになった。彼らとの出会いはここでは割愛させてもらうが、彼ら自身もそれぞれ個性的であり、また特技も違うようだ。


中でも色欲の大罪のアスモデウスは占星術、天文学や数学、幾何学などに長けており特に中でも占いを得意としているらしく彼の占いは百発百中らしい。


この先の事件について語る前に、アスモデウスの占いで僕の未来が予言がされていたとは当時の僕はまだ知りもしなかった。












6章 きさらぎ駅編~乗車ージョウシャー~




サタンたち悪魔であるつみねこたちが住んでいた場所“アンダーエデン”。過去彼らと戦い、勝利した天使たちである“かみねこ”たちの住処となっている、“エデン”。


かみねことつみねこ、エデンとアンダーエデン。所謂天国と地獄のような関係に近いらしいが、人間たちが一般的に想像しているような場所…というわけでもないらしい。わかりやすく説明すると天界と魔界のような場所なんだそうだ。


エデンには監獄所も存在し、そこには過去悪魔軍を唆し戦争を巻き起こした黒幕や人間を好き勝手弄ぶなどと言った大罪を犯した邪神や魔物たちが収容されている。エデンの住人は奴らを捕らえ、人間たちを守るために動いているのであった。しかし、如何にエデンの住人たちが血眼になって邪神たちを探していても、彼らの包囲網をいとも容易く掻い潜る者が存在した。


『ふふ、今日はあの子で遊ぼうかな。』


電線の上に立つ、一人の男が居た。男が身に纏っていたマントを翻すと顔が全くの別人へと変化している。


『うーん…今回はこの顔でいいか。』


男が見つめる視線の先に、英語の教科書を開いて電車を待っている不知火陽太が姿があった。



――――――同刻。



――5月の始め。初夏が近づいているせいか日中は少し汗ばむもののまだまだ日が暮れれば昼との寒暖差があり、日暮れは肌寒い。今日はアルバイトもないし、まっすぐ家に帰ろうと定期券を使って駅の改札口をくぐる。家に帰るための電車が来るまでの間、僕はカバンから英語の教科書を取り出す。中旬にある中間テストに向けて目を通す。

電車が来るまであと2分くらいかな。電光掲示板に目を通し、黄色い点字ブロックの前で立ち止まりながら教科書に目を通していると僕の後ろに人が並ぶ。特段何も気にすることなく教科書を読み続けていると後ろの人が僕の耳元で囁いてくる。その声は今まで聞いたこともない、体内の内臓を蛇に這われるような、不気味な声だった。


『夢は何だと思う?』


金縛りにあったように、僕の体が動かなくなる。その次の瞬間、僕の体は後ろの人に押され、ホームへと投げ出される。


「えっ!?」


―――パアァアッ!!


眼前に迫ってくるのは、僕がいつも帰宅するために乗る急行電車。え、待って待って待って。


































7章 きさらぎ駅編~回想列車ーカイソウレッシャー~


「はっ!!?」


目の前に電車が迫ってきて確実に自らの死を実感した直後、僕は目を覚ました。全身にまとわりついた冷汗に不快感を覚えながらも僕は辺りを見渡した。辺りを確認してみるとそこは電車内のようだった。電車内の人工的な明かりと、規則的に揺れる電車の走行音に先ほど電車に轢かれかけた事は夢だったのだと僕は安堵のため息を漏らした。


「はぁ…良かった…夢だった……んだよ……ね…?……あ…」


窓の外の景色を確認するといつも見ている光景ではなく、見覚えのない景色が広がっている。しかもいつも途中停車する駅の時間帯を過ぎ、そこから体感でもう20分以上も乗り続けている気がする。

……もしかして僕は電車を乗り間違えたんだろうか?そう思い、母さんに連絡を入れようとカバンの中からスマホを取り出す。しかし、スマホの右上画面に表示されている文字は、圏外。ダメ元で母さんにメッセージを入れてみるが“送信できません”という文字が返ってくるだけだった。

……しまったな……母さん、きっと心配してるだろうな…そんなことを思っていると突如車内アナウンスが流れた。


『次はー、きさらぎ駅ー、きさらぎ駅ー。』


「きさらぎ駅…?」


聞いたことがない駅名に僕は戸惑う。スマホの右上画面に表示されているのは圏外の文字。アプリもいくつか試してみたが、どれも機能しない。

どこの駅かさえわかれば最悪帰ることが出来る。そう思い一縷の望みをかけてインターネットに接続してみると圏外であるにもかかわらず検索だけは何故かすることが出来、不思議に思いながらもきさらぎ駅について調べてみると、そこに書かれていた情報に僕は身震いした。


「きさらぎ駅は……存在しない……駅……?」


“きさらぎ駅”という単語を調べて、わかったことは“きさらぎ駅”は都市伝説であり、日本の何処にも存在しない駅名だということ、過去、このきさらぎ駅に迷い込んだ人間は帰ってくることが出来ないという結果だった。


言葉では表しようのない恐怖が全身を駆け巡り、僕はそこでもう一度当たりを見渡してみる。そう言えば、この車内には誰もいない。もしかして…此処は本当に……!僕はすぐさま立ち上がり、誰か人がいないか車内を走り回る。



「誰か!!誰かいませんか!!?」


僕は大声を出して次の車両へと続く扉を開けた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


人を探して次の車両へと続く扉を開くとそこに広がっていた光景は……


「え……?此処は……」


……僕の……昔の家?


玄関には営業をしていた父さんの革靴、今では僕とそれほど変わらないサイズの女性ものの、母さんが履いていた靴、そして僕よりもずっと小さな、戦隊ヒーローの描かれている男の子の小さな靴が並んでいる。台所の方からは懐かしい炊きものの香りが漂ってくる。これは…本当の母さんが昔作ってくれた煮物の匂い……


僕が呆然とその場に立ち尽くしていると、リビングの方から誰かが走ってくる音が聞こえる。


「おかえり、兄ちゃん!」


走ってこちらに近づいてくる足音の正体は、死んだはずの僕のたった一人の弟、陽助だった。昔通っていた幼稚園スモックを着て、元気な笑顔を浮かべて僕のもとへ走ってくる。弟が目の前で立ち止まった瞬間、僕は彼を思いっきり抱きしめた。



「兄ちゃん……?」

「ごめんっ…!!ごめんね、陽助!!」


僕の目からはぼたぼたと大粒の涙が流れ、視界を歪ませる。弟は何が起こったのかわからないといった表情を浮かべながら僕に尋ねてくる。


「兄ちゃん、大丈夫…?」

「……うん…、大丈夫……」


弟の言葉に応えるため、顔を上げるとそこには……


「なんででたすけてくれなかったの?」


右側の顔面は焼け爛れて崩れ落ち瞳からは光が失われた、弟の姿が在った。


「うっ…うわあぁあぁあぁあっ!!?」























8章 きさらぎ駅編~駆込ミ乗車ーカケコミジョウシャー~



―――陽太がきさらぎ駅行きの電車で目を覚ましたと同刻。


不知火家の二階にある陽太の部屋で暇を持て余していたサタンは退屈そうに本に目を通していた。すると一階からドタバタと慌ただしい音を立て、誰かが上ってくる。その音が途絶えたと同時にバンッ!と勢いよくドアが開かれる音がし、陽太の叔母で、現在は継母の不知火ほのかが慌てて部屋へと入ってくる。


「サタンちゃん!!陽ちゃんから連絡がないの!!」


目に涙を浮かべ、サタンにそう告げると彼は面倒くさそうに一瞥しながら返事をする。


『はぁ?ウサギから連絡がねぇだと?ホノカ、アイツもオス(男)だぞ?過保護にするな。』


サタンがそう告げるも、ほのかは部屋にある壁掛け時計を指さしなおも言葉を続ける。


「見て!?今もう夜の10時なのよ!?学校を出てバイトをしていたとしても、陽ちゃんが連絡一つしないなんておかしいの!!スマホにも連絡を入れてくれないなんて初めてで……!!」

『…………。』


(確かにウサギはビビりだからこそ、報連相はきっちりしてやがる。そいつがこんな時間になってまでホノカたち両親を心配させるとは考えにくい……)


彼女の主張に耳を傾けたサタンはこれまで陽太と一緒に生活をしてきた中で見た彼の性格や行動パターンなどを思い出し、確かに彼は連絡なしに何処かへ行くような真似をしない。そう考えていると窓からノックする音が聞こえてきた。


窓の方へと目をやれば、そこには色欲のつみねこ、アスモデウスが立っていた。彼もまた何か鬼気迫るような険しい表情を浮かべていた。サタンは窓を開け、アスモデウスを部屋へと招き入れる。



『アスモデウス?何の用だ。』

『サタン、仔ウサギくん(陽太)は!?』

『はぁ…?どいつもこいつも……』


そんなに陽太に何の用だ?と言葉を続けようとした彼だったが、その言葉よりももっと気になるものを感じ取った。彼の髭が空気中に漂う“魔力”を検知したのだ。それも……


『!?何だこのドス黒い魔力は……!?』


先ほどまで何も感じなかったのに、今ではドス黒く肌をピリピリと刺激する、毒のような魔力が一気に纏わりついてくる。アスモデウスも焦った表情を浮かべ、彼に返答した。


『アタシもさっきこの魔力に気付いたのよ!それに……前に予言した結果の“太陽”のカードが仔ウサギ君を示していたのよ!』

『……』


サタンはちらりとほのかに視線を向け、アスモデウスに向かって指示を出す。


『オイ、アスモデウス。テメェはホノカを連れてタカユキの店へ連れていけ。他の連中も全員集合させろ。』


タカユキとは、暴食の大罪、ベルゼブブの契約者である黒田隆雪という男性であり高級ファミリーレストランのオーナーをしている人間である。彼の店に他のつみねこたちも集合させるよう伝えた。


『良いけど……時間はなさそうよ。』


そう言い、アスモデウスは自身の予言に使用した特別なタロットカードを出した。基本的には人間の占い師が扱うタロットカードと変わりはないのだが、彼のタロットカードは魔力で現在窮地に陥っている対象者や対象物の状態を確認することが出来る。アスモデウスの魔力によって陽太を指示している太陽のカードが日食を起こし始めていた。


『見て、アタシのタロットの太陽が日食を起こし始めている。仔ウサギ君の精神が不安定になっている証拠だわ……このままじゃあの子の精神が持たないわ。』

「えっ!?陽ちゃんが!?」


アスモデウスの言葉を聞いたほのかは更に顔を青白くさせて唇を震わせている。サタンは舌打ちをしながらアスモデウスに予言の続きを尋ねた。


『ちっ……アスモデウス、他の予言は?何が出たんだ?』

『他に出たのは月と悪魔の正位置カード……“不安”と“誘惑”よ。』


タロットカード占いはカードを開いたときに上向きか下向きかで占い結果が大きく変わってくる。例えば、太陽のカードの意味は上向きである正位置でカードが出た場合、“天真爛漫、無邪気、喜び、栄光、成功”といった意味合いになるが下向きである逆位置でカードが出た場合、同じ太陽のカードであったとしても“不調、落胆、失墜、悪化”などと言った意味合いへと変化する。

そして、今回月と悪魔のカードが正位置に出たためそれぞれのカードの持つ“不安”と“誘惑”が予言として出たようだった。


『……ホノカ、ウサギは今まで一番後悔したことは何だ?それが奴を探す手掛かりになるかもしれん。』


腕を組んだまま、彼の体に纏わりついてくるドス黒い魔力に不快感を示しながら彼女に尋ねる。彼女は突然のことに少し戸惑いつつも、陽太の部屋のタンスの上に飾られてあった写真立てを手に取りながら何かを思い出すように呟いた。


「陽ちゃんの一番の後悔はやっぱり……陽助ちゃん……よね、きっと……あれは陽ちゃんのせいじゃないのに……私たち夫婦は……本当の両親じゃないのよ……陽ちゃんは私の兄さんの息子だったの。陽ちゃんの本当の家族は強盗殺人犯に殺されて……犯行を誤魔化すために陽ちゃんの家に火を放った。二階で眠っていた陽助ちゃんに気付かずに……サマーキャンプから帰ってきたら、家が燃えていて……中から陽助ちゃんが陽ちゃんに何度も何度も助けを求める声が聞こえていたらしいわ……」


ほのかから語られる陽太の過去は悍ましいものであった。彼女は大粒の涙を流しながらサタンの質問に対して答えていくが、言葉を続けるのも大変辛そうにして言葉を選んでいく。


「陽ちゃんは……助けを求める陽助ちゃんをただ見ていることしかできなかったの……あの事件で両親と弟を失った陽ちゃんは心に深い傷を負ってしまったのよ……」


そう彼女が語り終わると口元を手のひらで覆いこれ以上は続けられない、と言わんばかりに咽び泣き始めた。彼女の語った事を自身の中で咀嚼しながらサタンは陽太の居る場所を考えた。


(なるほど……時々俺の炎を見てウサギがビビっていたのはそう言う事か……手がかりがあれば後は奴の居そうな場所は割り出せるな……)


そう心の中で思った後彼は右手を挙げ、炎の魔法を使った。


―魔炎一角獣!!


彼の右手から現れた炎は次第に一角獣の姿へと形を変える。一角獣の角の部分に炎が集まり角が空間を貫くと、不思議なことに空間そのものに穴を空けた。


「こっ、これは何!!?サタンちゃん!?」

『魔空間へのゲートだ。俺は此処からウサギを探してくる。』


彼はそう言いほのかが止めるのも聞かず、魔空間のゲートを潜っていった……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


にいちゃん、いたい、くるしい、あつい、たすけて、なんでたすけてくれないの、こわい、あつい、しにたくない……


「あ……ごめん……ごめん……許して……陽助……」


呪詛に近い弟の言葉に、僕は頭を抱えてその場に崩れ落ちる。何度許しを乞うても弟は許してくれることはなく何度も僕に向かって怒りの言葉をぶつけてくる。


もう、やめて……僕を、殺して……!そう思った瞬間だった。


『目ェ覚ませこの軟弱ウサギがあぁあぁあっ!!』

「へぶっ!!?」


ビリビリと地を震わせるほどの怒りの籠った叫び声と僕の左頬にめり込む衝撃。その衝撃によって僕の体が2・3メートルほど飛ばされた。


「いった!!…………へ?あ…さ、サタン……!?」


僕を正気に戻してくれたのは耳の先端には真っ赤な炎を灯している、黒くて少し癖のある毛並みと金色に輝くドラゴンのような両翼、ドラゴンに酷似した緋色の鱗を持つ尻尾に、炎のように赤く染まった鋭い瞳を持った猫のような不思議な生き物……憤怒の大悪魔、つみねこのサタンだった。


































9章 きさらぎ駅編~三途中下車ートチュウゲシャー~



『目ェ覚ませこの軟弱ウサギがあぁあぁあっ!!』

「へぶっ!!?」


ビリビリと地を震わせるほどの怒りの籠った叫び声と僕の左頬にめり込む衝撃。その衝撃によって僕の体が2・3メートルほど飛ばされた。


「いった!!…………へ?あ…さ、サタン……!?」


僕を正気に戻してくれたのは耳の先端には真っ赤な炎を灯している、黒くて少し癖のある毛並みと金色に輝くドラゴンのような両翼、ドラゴンに酷似した緋色の鱗を持つ尻尾に、炎のように赤く染まった鋭い瞳を持った猫のような不思議な生き物……憤怒の大悪魔、つみねこのサタンだった。


いつもよりも目尻を吊り上げ僕を見下ろす彼と、彼に殴られた左頬の痛みに思考が追い付かずにいると再び弟の悲痛な声が聞こえてくる。


にいちゃん、なんでにげるの?

ぼくひとりでしぬのこわいよ

しにたくない

しにたくない

しにたくない


じりじりと迫ってくる弟を一瞥し、サタンは僕に問いかけてくる。


『オイ、ウサギ。“あれ”がテメェの弟か?ずいぶん酷い姿だな。』


無理もない。弟の姿は生前白くて可愛らしい、もちもちとした頬は茶色く焼け爛れ眼窩に収まっているはずの左目は零れ落ちかけこちらに歩み寄ってくるたびにぶらぶらと揺れ、今にも地面に落ちてしまいそうになっている。そんな、悍ましい姿になってしまっている。


「あれは……僕が最後に見た陽助の姿なんだ……!!」

『馬鹿野郎。早よ目ェ覚ませ。』

「ぶべらっ!!?」


僕の答えを聞いたと同時に再び僕の左頬に衝撃と痛みが走る。今度は彼の右足が僕の左頬を蹴り飛ばしていた。それを理解する前にサタンは僕の胸倉を掴み、大声で叫んだ。



『テメェの弟がテメェを追い詰めるような真似すると思うか!!?テメェの家族を侮辱してるのは他の誰でもねェ!!テメェ自身だ!!』


僕は、何も答えられなかった。彼は僕を見下ろしたまま、言葉を続けていく。


『死んだ生き物はな、どう足掻いても生き返らねェ。過去に囚われても戻ってこねェんだよ。生きてる奴の気持ちもわからねェのに、死んだ奴の気持ちなんかわかるわきゃねェんだよ。

 ニンゲンは汚ェんだよ。平気で嘘をつく、本心を隠す。


 ……でもな。テメェの家族がテメェを責めると思うことは最大の冒涜だ。』


彼の言葉は……今まで聞いた中で一番重たいものだった。それと同時に、僕の心の中に一筋の光が差し込んだような気がした。……でも……


「サタン……でも……僕……」



にいちゃん、

しにたくない

しにたくない

しにたくない


弟の手が僕に届くまであと20センチメートルというところまで迫ってきた瞬間だった。


『…………』


―荼毘ノ扶翼!!(クレマツィオーネ・アユターレ)


―――ギャアァアアアアッ!!アヅイアヅイヨォオォオ!!



突如、弟の車内に絶叫が響き渡る。僕は一瞬何が起こったのか理解することが出来なかった。サタンが突然弟を炎で焼き払ったんだ。

これまで彼と一緒に生活してきた中で、確かにサタンは悪魔で怒りっぽくて、厳しかった。だけど、僕の弟を、それも火で死んだはずの人間をいきなり焼き払うなんて真似をするような性格ではないと思っていたのに!!驚いた僕はサタンに懇願し続けた。


「なっ、何するんだ!?サタン!!やめてっ……やめてよぉお!!もう陽助を……」

『黙って見てろ!!ヘタレウサギが!!』


またもや響き渡る怒声に体を震わせ、僕は立ち尽くすことしかできなかった。激しい炎に包まれた弟を、あの時のように見ていることしかできない……弱虫な自分を情けなく思ったその時炎は徐々に弱まり、中から現れた弟の姿は……


「あれ……?あつく、ない……?いたくも……ない……?」

「よう……すけ……?元の姿に……?」


サタンの炎の中で蹲っていた弟が顔を上げると先ほどまで焼け爛れた顔も体も、僕のよく知るあの頃の可愛い弟の姿に変わっていた。


『幻覚だ。』

「え……?幻……覚……?」


サタンにそう言われ、僕が視線をやると彼は怒りに満ちた表情を浮かべながらこちらに向かってこう告げる。


『この魔空間は邪神が創り上げたニンゲンを壊して楽しむための場所だ。つまりテメェの一番恐れているものをそっくりそのまま再現する。テメェの弟も自分自身で作り出した幻だ。こんな安っぽい手に引っ掛かりやがって、この軟弱ウサギが。


 ……おい、仔ウサギ。テメェの兄貴に本当に言いたかったこと、言ってやれや。』


サタンは弟に向かってそう告げると、弟は僕の方に向かって小走りでやってくる。そして彼は僕の胸に飛び込んできたと同時に言葉を発する。


「にいちゃん!生きて!!」

「……え?」


僕に向かって飛びついてくれる弟の体を支える。そう告げられ、僕は弟の顔をようやくきちんと見ることが出来た。弟は昔と同じ、白くてもちもちとした柔らかい頬を桜色に染め、可愛い笑顔を浮かべていた。


「ぼくのこと、わすれないでいてくれてありがとう。


 でももうぼくのことで自分をせめないで。


 ぼくは先に天国でまってるから、ぼくの分も幸せになっておみやげ話、いっぱい聞かせて。」



―――…………。


…………ボタッ。


僕の視界が歪む。目から大粒の涙が溢れる。その涙は止まることを知らなかった。


そうだ……陽助は、僕の弟は、優しい子だった。なのに……そんな優しい弟を僕自身が恐ろしい化け物に変えてしまっていたんだ。炎で体を炙られ焼け爛れた悲しい姿の記憶のまま、弟を僕の心の中で縛り付けてしまっていたんだ。


「ずっと僕の中で縛り付けてごめんね……陽助……」


そう言って僕は弟の体を強く抱きしめた。温かくて柔らかくて、弟はこんなに小さかっただろうか?……いいや、違う。僕が大きくなってしまったんだ。こんなに体格差がついてしまったのに、その間ずっと彼をあの姿のままで居させた……僕はなんて残酷なことをしてしまっていたんだろう。


『きさらぎ駅ー、きさらぎ駅ー。』

「あ……ここは……」


弟を抱きしめていると聞こえてきたアナウンス。きさらぎ駅についてしまったようだった。その放送を聞いて弟が僕にこう告げた。


「にいちゃん、ぼくはこの駅で降りる。にいちゃんはこの電車にのったまま“空間の角”をすべてなくして。そしたら“アイツ”は出てこられない。かならず生きて、ほのかおばさん……うぅん、おかあさんたちのところに帰ってあげて。」

「あっ……」


弟はそれだけ言うと僕の手を放し、駅へと降りてしまった。


「陽助!!」

「……にいちゃん、大好きだよ。……ねこさん、にいちゃんのことおねがいします。」


弟は僕に笑顔で手を振り、そう言った。サタンの方を見ると彼は優しい顔で微笑みながら、弟に応えた。


『…………ああ。安心して眠れ、仔ウサギ。』

「陽助っ……せっかく会えたのに……待って、僕も……」


一緒に降りる、とドアに右手を伸ばした瞬間、僕の手をサタンが叩いた。


「痛っ!」

『甘えるな。仔ウサギはテメェよりもずっと幼いがテメェと別れる覚悟を決めたんだ。兄貴のテメェが現実と向き合わなくてどうする。』

「サタン……」

『忘れるな。ホノカたちが待ってる。』


彼にそう言われ、僕の脳裏に浮かんだのは今の両親の優しい笑顔だった。そうだ……僕が生きて帰らなきゃ、きっと二人は……


拳を強く握りしめ、血が流れ落ちた。僕は服の袖で涙を拭い力強く頷いて、彼の言葉に応えた。


「弱気になってごめん、サタン……僕、生きたい。


 生きて母さんたちの所に帰りたい。」



『…………ふん、少しはオス(漢)の顔になったじゃねぇか、ヨウタ。』


































10章 きさらぎ駅編~執着駅ーシュウチャクエキー~




『少しはオス(漢)の顔になったじゃねぇか、ヨウタ。』

「えっ!?サタン……今……」


僕の名前を……と続けようとする間もなく、彼は自身の翼を広げ僕を見下ろしながら大笑いでこう叫んだ。


『ふはは!!そうだ!みっともなく“生”へしがみつけ!!醜く俺(悪魔)へ縋ってでも生き残って己の願うこと(家族のもとへ帰ること)だけを強く願え!!純粋な欲望が強ければ強いほど現状を打ち破れる力へと変わる!!』


そう叫びながら彼が右手を挙げると僕の体はシャボン玉のような透明なカプセルの中へと閉じ込められた。僕は驚いて彼に尋ねる。


「えっ!?サタン!?これは一体何……!?」


『俺の魔力で作った炎のバリアだ。


 ……俺は今最高に気分が良いんだ、この空間ごとふっ飛ばしてやるよ!!テメェ(人間)の体が焼けねェようそこで見てやがれ!!』


常に無愛想で怒りっぽい彼が興奮している姿を初めて見た僕は次々と起こる出来事に上手く思考がついていかない。僕が混乱しているうちに彼の右腕に炎が集まっていく。そして彼の特徴的な耳の先で赤く燃える炎の色が青い色へと変化した。これは彼の炎が更に高温になったことを指示している。炎が右腕に集まり切った瞬間、彼は地面に向けて拳を放った。


―――灰燼に帰す業火!!(インシネレート・インファナール!!)


―――バリイィインッ!!


何かが割れるような、激しい音が鳴り響く。彼の放った炎は電車内を粉々に砕き辺り一帯の空間がまるでマーブル模様のように極彩色が混濁した世界へと一変した。


「えっ!!?ここっ……さっきまで車内だったのに!!?」

『幻覚だっつっただろ。……此処は邪神の作った“ニンゲンを壊して遊ぶ空間”だ。何度も言わせるな。電車内の光景もすべて幻に過ぎん。そして……』



―――グルルルルルル……


「な、何……!?この唸り声……っ!?」


地の底を這うような不気味な低い唸り声が響いてくる。そうだ、この鳴き声、動物園で聞いたことがある……まるで猛獣の唸る声に似てる気がする……!けれどこれほどまでに不思議な出来事が立て続けに目の前で起こっている事実に、この唸り声の主が僕の見知った猛獣なんかではないであろうことは容易に想像がついた。僕は恐怖に体を震わせているとサタンが語り掛けてくる。


『さっきの魔法で“空間の角”はあそこだけにした。…オイ、ヨウタ。無事に帰りたきゃ絶対に目ぇ開けんじゃねェぞ。』

「えっ!?」

『ニンゲンが直視していい存在じゃねェ奴が近づいてきてんだよ。イイ子ちゃんはさっさと目ェ閉じてろ。』


彼は先ほどの攻撃で電車内の空間を破壊したものの、一部だけ角を残したと僕に告げた。どうやら不気味な唸り声はその角から聞こえてきているらしい。


そして人間が直視してはいけない存在が近づいている。そう言われた僕は急いで目を閉じた。


『グルルルルォオォオ!!』

『……来たか。』


これは後からサタンに聞いた話になるが、僕は目を閉じていたため音を聞くことしかできなかった。どうやら僕が目を閉じていた間に現れた化け物は先ほど彼が残した空間の角から青黒い煙のようなものが噴出し始め、それが徐々に凝固し酷い刺激を伴った悪臭が発生させたようだった。そしてその煙の形はまるで狼にも似たような姿へと変貌したが、今まで知っていた狼とは大きく逸脱した異なった姿をしているらしい。


サタン曰くその化け物は、“生き物の持つ細胞に存在するとされる原形質にも似た青みがかった脳脊髄液のようなものを全身から滴らせ、口からは太く曲がりくねって鋭く伸びた注射針のような舌をだらしなく垂らせている”と後から聞いた。


『久々に骨のある獲物が来たな……ティンダロスの猟犬。』


彼がそう呼んだ化け物は、遥か昔時間が生まれる以前に異常な角度をもつ空間に住む不浄な存在とされるらしい。彼らは絶えず飢え、そして非常に執念深い。獲物の「におい」を知覚するとその獲物を捕らえるまで、時間や次元を超えて永久に追い続ける。何処までも何処までも何処までも……


ティンダロスの猟犬はサタンのにおいを検知した瞬間に彼に向かって勢いよく突進する。しかしサタンは焦った様子一つ見せず目を閉じながら右拳に炎を溜めながら不敵に微笑んだ。


『……たんと喰らえや、俺の炎をな。』


きっともし目を開けていたとしても人間の僕の目には何が起こったか追うことは出来なかっただろうけど目の前に突進してくるティンダロスの猟犬に向かってそう吐き捨てた彼は集めた炎をすべて指先に移し、ティンダロスの猟犬の喉に向けて炎を放つ。


―――爆発する地獄突き!!(エスプロジオーネ・インフェルノ・スピンタ)


『キャイィイイィインッ!!』

『……ちっ、まだホノカのモヤシ炒めの方が歯ごたえがあったな。』


激しい爆発音と犬の悲鳴のようなものが聞こえた後、彼がそう言った。どうやらサタンが化け物を倒してくれたようだった。


「さっ、サターン!!もう目を開けてもいいのかい!?」

『ああ、もういいぞ。あの犬っコロは消し炭にした。まぁ、不死だからすぐに復活すると思うが好き好んでこの俺に盾突こうとは二度とせんだろう。』


彼曰く先ほどの化け物は決して死ぬことはないようではあるが、獲物に定めたものが球体に閉じ込められた僕ではなく外に出ていたサタンであったため彼を襲った。

しかし狙った獲物が力のある大悪魔であったこと、魔法で攻撃されたことなど化け物にとっても想定外の出来事が立て続けに起こり、しかも先ほどサタンの放った攻撃で出来た傷口が回復するたびにまた細胞を焼かれ続けるという魔法が掛けられたためもう一度サタンを狙うということはないだろうと説明してくれた。


(さて……此処からヨウタが脱出するためには、あと一つやらせねぇとな。)


『……ヨウタ、テメェが此処から脱出するために一つの覚悟を決める必要がある。』

「な、何……?」


『俺に殺されろ。』







































11章 きさらぎ駅編~下車―ゲシャ―~




(さて……此処からヨウタが脱出するためには、あと一つやらせねぇとな。)


『……ヨウタ、テメェが此処から脱出するために一つの覚悟を決める必要がある。』


「な、何……?」


『俺に殺されろ。』


頭の中が真っ白になった。殺されろ……!?サタン、どうして……!?僕は驚いてサタンに尋ねる。


「えっ!!?そ、そんなっ……サタン!!さっきどれだけ醜くても生きろって……」


『まぁ聞けや。』


落ち着いた彼の一言で僕は押し黙った。彼は腕組をしたまま今僕の置かれている状況について丁寧に説明してくれた。


『テメェの今いる空間、此処は所謂邪神によって創られた箱庭の檻であり、この檻にテメェの魂が囚われた状態だ。ここから脱出するためには特定条件を満たすか、外部からの力で一度精神を殺す必要がある。さっきの駅で弟と一緒に降りたら二度と現世には戻れなくなった。』


「え……」


『きさらぎ駅は死者しか降りてはならない駅だ。生者であるテメェが降りていたら……歪んだ時間と空間の角からティンダロスの猟犬が現れて食い殺されていた。』


「食い殺っ……!?」


彼からの恐ろしい一言を聞いた僕はガタガタと体を震わせる。危なかった……もし、サタンが助けに来てくれなかったら……そう考えると本当に危なかったんだと改めて思い知らされた。


『ちなみに降りなくても空間の角をすべてなくすという条件を満たしてねェと襲いに来てたろ?まぁ、俺が退治したけどな。……で、だ。さっきも説明した通り特定条件で死なない限り現世に戻れない。ここからはテメェの判断だ。


“確証はないが安全な死”と“確実に現世に戻れるが危険な死”、どちらを選ぶ?』


「え……?どういうこと……?」


サタンの説明は僕にはよくわからないことが多い。僕がすべて理解しきれずにそう尋ねると彼はまた補足説明をしてくれた。


『要するに邪神が作った“現世に戻るためのルール”を信じるか否かだ。


 邪神はニンゲンが壊れようが生還しようが関係ない。そんなことはどうでもいいんだ。自身が娯楽として楽しめればいい。そんな奴が作ったルールを信じるのか?』


「た、確かにそうだね……」


僕をこの空間へと引きずり込んだ邪神は僕で遊べればいい。そんな奴が作成したルールなんか、信じられるかわからない。


『だからテメェはどっちを信じる?邪神か、この俺か。』


確かに彼は大悪魔ではあるし、怒りっぽくて乱暴で、口調も荒々しく粗暴ではある。それでも僕を助けに来てくれた。僕の心でずっと囚われていた弟を助けてくれた。もちろんこの空間で信じられるのはサタンに決まっている。でも……


『……ただし、この俺に殺されるということは炎で焼き殺されるのを意味する。炎への恐怖を越えねばならん。』


「そ、それって……うっ……!!」


炎で殺される。そう聞いた瞬間僕の体内でぐるぐると取り込んだはずの食物が逆流してくる感覚に襲われ、ついにはその場で吐き出してしまった。胃液の酸の酸っぱさが口内に広がり、目の前が何度もフラッシュを焚かれたようにチカチカと点滅する。呼吸することも忘れ息苦しくなる。


(……当然の反応だ。ヨウタにとって炎は家族を奪った原因だ。家族を殺した炎で焼き殺されるということは相当な覚悟が必要になってくる……だが……コイツには必要なんだ。)


邪神か、炎か……


酸素の足りなくなってきた脳でも僕は究極に近い二択を選ぶために頭を悩ませる。炎は怖い…、炎は怖いよ……!!


『……ヨウタ、まだ逃げ続けるのか?』


「え……?」


その言葉を聞いた僕は顔を上げ、サタンを見る。彼は腕組をしたまま僕に対して厳しい言葉を投げかける。


『無鉄砲に死に向かうことは馬鹿のすることだがな……テメェはもう気付いてるはずだ。生きるために恐怖と立ち向かう覚悟が此処から出ていくために必要だということに。』


炎は怖い。恐怖心から何度も息が上がる。……でも……


「…………決めたよ、サタン……」


右手の甲で口元を拭った僕は、彼に願いを告げる。


「僕は生きたい。…だから、サタンを信じる。“炎に怯え続ける不知火陽太”を殺してくれ!!」


僕が力いっぱいそう叫んだ瞬間、勢いよく炎が僕の体を包んだ。


「さっ、サタン!?いきなりっ……!!?」


『それでこそ俺が選んだ契約者だ。』


「え……」


炎に包まれる中、彼は僕に対してそう言った。


『死を恐れる気持ちも、辛いことから逃げることも悪いわけじゃねェ。けど……2つだけ忘れんな。


 自分で自分の限界を決めるな。テメェは自分で思ってるよりずっと強ェ。


 次にヨウスケとの約束は絶対守れ。生きて幸せをテメェの手で掴み取れ!!テメェはもうそれがわかっている!!』


熱い……!!でも……サタン……


「あり……が…と、う……!」


全身炎に身を焦がされ、肉の焼けるにおいがする。死がもう間近に迫っているのを直感する。意識が途絶える直前に彼にお礼を伝えられた。燃え盛る炎の中見た彼の表情は笑っていたように見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


…………………


……………


………


「ん……此処は……?」


目を覚ました僕の体は奇跡的に線路脇に落ちていたため無傷だった。辺りはもう真っ暗で空を見上げれば星が煌々と輝いていた。今僕の居てる場所が線路脇だと慌てて駅のホームへよじ登るとサタンが声をかけてきた。


『どうやら無事生還したようだな、ヨウタ。』


「さ、サタン……?僕、戻ってこられたの……?」


僕がそう尋ねかけたその時、空から何か流星のように早くこちらへ向かってきていることに気が付いた。


「ん……?何アレ……」


『ヨータァアァアァアァ!!!無事なんだぞーーーーっ!!?』


超高速で僕の方に向かってきているのは軍服を身に纏い、漆黒の翼に薄青色の体毛、獅子のような尻尾をした“傲慢のつみねこ”、ルシファーだった。彼は大泣きしながら僕のお腹に向かって突撃してきた。


『うわぁあぁあぁあん!!ヨウタアァアァアァアァア!!』


「ゴフウゥッ!!?」


まるで隕石のように超スピードで突撃してきたルシファーが僕のお腹で大泣きする。


「あいたたた……る、ルシファー……?」


うぉおぉんっ!!と激しい泣き声を上げる彼に意識をやっていると僕の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「陽ちゃん!!サタンちゃん!!」


「ルシファー、陽太くん!サタン!!」


「あ……母さん……それに霧九さん……!?」


僕の名前を呼んでくれたのは今の僕の母親、ほのか母さんとルシファーの契約者の天井澤霧九さん。一生懸命探していてくれたんだろうか母さんは目に涙を浮かべこちらに向かって息を切らせたまま走ってきて、僕を抱きしめてくれた。


「わっ!?」


『むぐっ!?』


「ああ、無事でよかった……!!私の大事な子供(宝物)……!!生きて帰ってきてくれてありがとう……陽ちゃん!!どこか痛いところはない!?ケガしてない!?私のことはわかる!?」


母さんは僕を強く強く抱きしめて、僕に矢継ぎ早に質問を投げかけてくれる。母さんの愛情を感じた僕はようやく現実世界へと戻ってこれたのだということを理解し、安堵した僕は目から涙を流す。


「心配かけて、ごめんね、母さん……!」


母さんに抱き着き返してそう言っている姿を少し離れた場所でサタンと霧九が見守っているとふとサタンは何かを思い出したように、横に居る霧九に声を掛ける。


『キリク。ルシファーがペシャンコだが放っておいていいのか?』


「わーっ!!?ルシファー!!?」


あ、しまった……ごめん、ルシファー。ルシファーはペシャンコにしてしまったが、こうして無事僕は現世に戻ってこられた。















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