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前世ヤンキー令嬢は悪役であることを拒まない〜のにどうしてこうなった〜

「お、お前なんか! 鬼瓦高の姉御が許しはしないぞ!」

「は? 誰だよそれ。そんなん俺のパンチでっ……え? ゴホォ!?」


 下級ヤンキーである彼は、バイクの音と共に一瞬にして現れた()()によって吹っ飛ばされた。

 風になびく金色の髪、きらめく青い目、黒と赤のセーラー服。彼女の愛おしき得物(えもの)、金属バットが夕日を浴びて不敵に光る。


「おうおう、誰だぁ? こんなだせえことやってんのは」

「てめぇ、誰だ!?」

「あたし? あたしはしがない女子高生だよ。あんたみたいなクズが嫌いな、ね。というわけで……失せな」


 「はい」以外を言うことは許さない。常人にはありえないほどの威圧。耐えられるものは今までいたことはなく、さっきまでの驕り高ぶっていたヤンキーは見る影もなくただ返事をして去って行った。

 彼女は大きく鼻で笑うと、いじめられていた者に絆創膏を渡し、怪我をしていないか聞く。


「じゃ、あたしはバイトがあるから。次はこんな目に合わないように気をつけなね!」


 そうしてバイトに向かっていた途中だった。異常な運転をするトラック。トラックに気づいていないお婆さん。彼女の体は、無意識のうちに動いていた。






「は!?」


 目を覚ますと、全身びしょ濡れだった。

 そうだ……、確かお母様がブローチを池に落として……、それを()()()が探し出そうとして……。


「この考えなしお嬢様! 何してるんですか!? 死んだかと思いましたよ」

「別にいいだろ……ピンピンしてんだから」

「俺が職を失うところだったんですよ!?」

「そこかよ……」



 エレノア・アームストロング公爵令嬢。この国の王位継承権第一位、エリック王子の婚約者であり、第二の王家、アームストロング公爵家の一人娘。

 あたしはどうやら、乙女ゲームの世界に転生しちまったようだ。

 今のあたしは、宿敵(しんゆう)が貸してくれたゲームの悪役令嬢だ。残念ながら、テンプレすぎる王子の顔とかヒロインの名前は覚えてない。どっちかってーと、RPG要素の方が好きだったからな。

 池に映るあたしの姿は、前世とまったくおなじだ。ゲームでも似てんなぁとは思ってたけど。




「やれやれ、びしょ濡れじゃねえか」


 どうやら性格もそのままで転生したらしく、なんの驚きもない。記憶もすんなり馴染んだ。なにせ両親がほわほわした人たちだからな。幼少期からのこの口調も「個性的ね~」だけで済ませた。

 まあ、つまりはただただ前世を思い出しただけってわけだ。


「さ、お嬢様に風邪なんて引かれたら俺、減給にされるんで。早く風呂に入って着替えますよ」

「わかってるよ」

 この黒髪緑眼の青年は、あたしの執事、アルフレッド。略称アル。

 スラム出身だが、色々あってあたし専属の執事だ。

 そのせいか未だに主人に対して生意気だ。まあ、別にいいけど。



「まったく、そんな口調で学園に入学とか大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって! あたしの社交界の時の猫かぶりは知ってるだろ?」

「その猫……、ちゃんと離さないようにしたほうがいいですよ」

 ガチのトーンで言うの、やめてくれよ。私まで学園生活が不安になってくるじゃねぇか。


 素直に風呂に入って、体を洗ってくれてたメイドを下げる。


「ちょっと考え事したいから下がっていいわ」



 一旦学園での事は置いといて、前世の事とこれからを考えようと思う。

 前世でのあたしは、母子家庭に生まれ、この生まれつきである金髪と青い目でまあまあ苦労した。日本人顔だったから、生まれつきだっつっても信じてくれず非難され続けた結果、こんな性格になった。

 とはいえ、通称ヤンキー校、鬼瓦高校に入ったのは、試験当日にインフルにかかっちまったから。けど性格的に違和感なくて、普通に溶け込めた。

 母さんには迷惑かけたなぁ。あたしの火葬代とか墓代とか大丈夫なんだろうか。あの婆さんも怪我してねえといいけど。

 あー、それよりこれからどうしようか。確か国外追放だっけ?

 

「あー、考えすぎて頭が茹で上がる……」


 どうせ追放されるなら、追放された先でパティシエにでもなりてえな。あたしの昔からの夢……。前世では叶いそうもなかった......。



「……お…さま、お嬢……ま、お嬢様!」


 なんか扉の奥から大声が聞こえてくる。うるせぇな……。

「お嬢様‼︎」

「ふぁ!?」

「いつまで風呂に入ってるおつもりですか? 長風呂にも程がありますよ!」

「え、あ、ああ」

 どのくらい長く風呂に入っていたのだろうか。やっべえ、頭がふわふわしてやがる。

 とりあえず風呂から出ようとよろけながらもバスローブを着て出ると、速攻でアルが私の頭を拭いてくれる。

 いや、その前にふらふらしてるんだから支えろよ。

「案の定のぼせてる……。俺だって風呂までは面倒見れないんですから!」

「当たり前だろぉ……」

「まったく。池に落ちたりのぼせたり忙しい人ですね!」



 のぼせたことで前世と今世の不安はすっかり忘れた。その後は馬乗り回して、城下町の祭りではっちゃけて、いつも通りやらかしながら時は過ぎたのだった。




 ❇︎ ✳︎ ❇︎ ✳︎




 そしてついに学園に通う日となった。

 周りは貴族の息子に娘ばかり。

 気合い入れてメイクは強めのアイラインに真っ赤なルージュでビシッと、派手に! 思う通りの顔にしてくれたメイドに感謝。


「おっしゃ、やってやろうじゃねえの!」

「やめてくださいよ……そのキメすぎたメイクとか。それにしてもやっぱり付き人は俺なんですか……」

「専属執事だろ」

「そうですけど……。学園ですら俺がお嬢様の奇行の尻ぬぐいをしなきゃいけないなんて」


 はぁ。それにしてもでっけえし、無駄に装飾があるし……。流石は貴族の通う学園。金がある。見慣れているのでビビりはしないが……。

 よくもまあ、ヒロインはこんなとこに入学したな。普通庶民だったら無理だろ。


「そういえばお嬢様、変に勉強できますよね。ギリ首席の人に負けただけで入試なんてほぼ満点ですし。性格こんなのなのに」

「んだそのムカつく顔は。お前そろそろ減給にするぞ」

「雇い主は旦那様ですので、そんな権限ありません〜」

「ッチ。まあ、頭は悪い方じゃねえな」

 前世でも今世でも、授業も普通に理解できるし、テストの点数も悪くはない。


 でもそんなことはどうでもいい。この最高峰のパティシエがいる学園で味や技を奪ってやる!




 ❇︎ ✳︎ ❇︎ ✳︎




「入学式から早半年。最近時の流れが速く感じますよ」

「老化か?」

「失礼ですね! ほら、食堂でスイーツ食べるんでしょ、さっさと行きますよ」



 転生した後も自分の婚約者に興味はなく、王子の顔もうろ覚え。ヒロインに至ってはカスタムしてたせいで見た目すらわからないから、もしすれ違っていたとしても気が付かない。


「なあ、このカヌレ最高だと思わねえか?」

「あー、はいはい。そうですね」

「この紅茶によく合いますわ」

「有能な猫ですね……。他のご令嬢が通った瞬間覆いかぶさるとは」

 こんな感じで猫を飼っているおかげか、周りからは不審がられていない。それどころか孤高の公爵令嬢として勝手に恐れられている。


 噂によると、あたしが本当は裏でいじめをしているとか、執事を虐げているとか。……勝手に悪役にするなよ。


「……エレノア様だわ。また何か悪事をなさっているのかしら」

「あの例の庶民を虐げているらしいわ」


 まあ、このまま行けば、勝手に国外追放だろ。そろそろ追放されそうな国でパティシエになる方法を探さなきゃな。濡れ衣は嫌だが、まあしょうがねえ。


「ん!……このチョコレートケーキ、層が三重で、味もいい! 作り方教えてもらえないかな」

「こんなガサツなのになぜ繊細な舌を持っているのやら」

「んだとゴラ!」

 


 ケーキ三個に、プリン二個食べて幸せな気持ちで教室に戻ろうとした時だった。ひとりの少女が複数人に囲まれていじめられている。

 んったく、いじめするとかどこのどいつだよ。


「あら。いじめだなんてみっともないことをしていらっしゃるのはどなたですの?」

「エレノア様っ!……これは!」

(わたくし)が聞いているのよ。質問に答えなさい」

「ひっ! な、なんでもありませんわ‼︎」


 はぁ。弱い犬程よく吠えるってやつだな。

 あーあー、いじめられてたやつ泣いちゃってるじゃねえか。


「大丈夫か?」

「え……、あ……、はい!」


 やばい、前世と同じような状況でつい口調が……。

 ん? なんか違和感。いつもみてえに相手をぶっ飛ばしてもいないのに。


 この国では珍しい黒髪黒目。そういえばヒロインって黒髪黒目だった気が……。


「あの! 助けてくださってありがとうございます!」

「別に。助けてなんていませんわ」

「私はサクラと申します。エレノア様というお名前なのですね!」

「そうだけれど……」

 名前も日本風だ。設定では中世ヨーロッパのはずなのに。

 それにしてもなんだ、このキラキラした目と紅潮した頬は……。


「以前よりスイーツを食べているお姿は見ていたけれど、なんて尊いのでしょう。好きです! 下ぼ......いえっ! メイドにしてください!」


 あー、惚れました好きですと。メイドにしてくださいと。

 恍惚な表情に、悪寒がした。


「は!?」


 何言ってんだこいつ!?

 会って1分もせずにメイドにして下さいってなんなんだ? しかも地味にその前に言いかけてたことが気になる。

 

「生エレノア様神! 颯爽と助けてくれたあの気高しいお姿、威圧するお声......ハァハァハァハァハァハァ。正直女の子好きな私が乙女ゲームのヒロイン転生とかありえないって思ってたら、エレノア様がいて......ハァハァハァハァ」


 こ、こいつ、なんか怖い。

 呼吸は荒いし、やばい目で見てくる。


「これからよろしくお願い致しますっっ!! エレノア様ぁっ!」

「へ。あ、えと......」

「早速荷物をお持ちいたします! 次の教室は第三講義室ですよね!」

 なんでこういうときに限っていないんだよ馬鹿アル! 早く来てくれ、誘拐犯に攫われるよりよっぽど怖いし、とにかく怖い!

 震えていると、向こうから走ってくるアルを見つけた。


「やっと見つけましたよ! 全く急に走り始めたと思ったらいつのまにかいなくなるし!」

「ア、アル......」

「え、なんで涙目なんすか?」


 ふと変質者もといサクラとアルの目が合う。

 

「「あ゛ぁ?」」


 なぜかお互いにメンチ切っている。多分幻聴だけど、バチバチと火花が聞こえてきた。


「貴方は誰なんですかねぇ? お嬢様の執事は俺で間に合ってるんですけど」

「あらあら、女手は必要ではなくて? というか聖女である私の方が、神以上に尊いエレノア様にお仕えするのにふさわしいと思いますけど?」


 何がしたいのかさっぱりわからない。

 とにかく……授業に行くか。

 その後、妙に冷静になったあたしは何も言わずにその場から立ち去り、授業へ向かったのだった……のだが。


「エレノア・アームストロング嬢。学園の風紀を乱さないでくれるか」

「どなたですの……?」

「同じく公爵家のジークだ! なぜ覚えていない!」


 行先を阻まれた。

 ゲッ。嫌いなタイプだ。メガネと切長な目、ひとつに縛った髪、高身長、風紀委員かよ!?

 これは逃げるが勝ち! と、脱兎の如く逃げる。

「失礼しますわ」

「おい、話を!?」


 そうして動きづらいドレスを翻した時、ちょうど強い風が吹いた。


「パ、パパパ、パン……ツ?」

「なに、お前童貞か?」

「な、なな、なんてこと言ってるんだ貴様は!」


 なにたまたまパンツ見えたくらいで、顔真っ赤にして狼狽えてんだよ。冷静沈着なキャラはどうしたチェリーボーイ。

 意味わからん。


「わ、私は何も見ていない、見ていないのだからな!」

「へー、見てねえやつは見てないって言わねえんだよ」

「なっ!」


 揶揄うのにちょうどいいなこいつ。

 そんなことを考えていたら、いつも口調が出てしまっていたことに気づく。

「あ、そういやこの口調のこと。他言したらただじゃおかねえからな」

「そ、そっちこそ、私のさっきの対応を他言するなよ!」


 お互いにそっぽを向く。

 真っ直ぐ逆の方向に向かおうとするが、同じ授業だったことを思い出し、蹴り合いながら渋々向かったのだった。



「エレノア様よ」

「なぜ、ジーク様とご一緒なのかしら……」

「何か弱味でも……」

 いつも通り、講義室に入っただけで噂が飛び交う。寝る前に耳元で飛んでる蚊と同じくらいうぜぇ。

 ああ、荷物をあの変な奴に取られたままだった。

「なぁ」

「なんだよ」

「インク貸せよ」

「それが人に頼む態度か?」


 あー、勉強かったりぃ。こんなん勉強しなくてもわかるわ。

 早く愛車に変わる愛馬に乗りてぇ。

 そう思いながら足を組んで、ふと隣を見るとジークは必死になって勉強していた。


「何ガリ勉してんだよ」

「ガリ勉……? 聞いたことない言葉だ」

「何でそんな必死に勉強してんの?」

「……君には関係ないだろう」

 なんかこいつ、生きづらそうだな。大人に敷かれたレール歩いてそんなに楽しいかよ。家の言いなりとかつまんね。


「なーなー、パンツの色何色だった?」

「なっ、なにを……」

「じゃあ代わりにさ、なんでそんな一生懸命勉強してるか教えてよ」

「家の名に恥じぬよう、努力せねば。期待に応えねければ……と」


 思った通りの回答だな。

 スッとインクを倒す。もちろん羊皮紙はインクだらけだ。


「っ何を!」

「もう少し肩の力抜けよ。義務感で何かやったっていいことねえぞ」

「だからと言ってやっていい事と悪いことが!」

 わかってる。これはこれまでのこいつの努力を踏み躙るような行為だ。

 けど、このくらいしないと義務感に苛まれた人っていうのは人の言葉を聞けねぇ。痛いほどわかる。前世の私も必死になって、しょうがないって飲み込んでたことがあった。


「なあ、羊皮紙じゃなくてあたしを見ろよ。人が話してんだからさ」


 ちゃんと、目を見て言う。

 きっと気づいてないから。あたしと会ってから今まで一度もあたしの目を見てないって。


「……ふはは。気を遣わせてしまったようで悪いな」

「別に気なんて遣ってねえよ。疲れるし」

「これからはちゃんと見る」

「おう」



 それからはずっと、ジークと授業を受けることになった。なぜだか毎回あたしとジークの間の席にサクラが座ろうとするんだが……。寂しがり屋なんか?

 めちゃくちゃ濃いこの日から、あたしの学園生活は一味変わったのだった。




 ❇︎ ✳︎ ❇︎ ✳︎




「おはようございます! エレノア様!」

「毎日毎日お嬢様を迎えに来なくていいんですよ? おはようございます、サクラさん」

「貴方に挨拶はしてませんけど?」

「おはよう、迎えに来てやったぞ」

 そうしていつの間にか、サクラは正式に私の付き人となっていた。何やら聖女権限を使ったとかなんとか。ジークもなぜか毎日迎えに来る。

「あー、はいはい。朝っぱらからうるせえな。さっさと朝食に行くぞ、アル、サクラ、ジーク」

「その前にそのモジャモジャ頭梳かさなきゃでしょう……」

「エレノア様と一緒でしたらどこへでも!」

「とりあえず早くしてくれ。腹が減っている」

 モジャモジャ頭とは失礼だな。せめて寝癖って言えよ……。

 だから縦ロールにするとめんどいんだ。いっそストレートでいいのに、なぜかアルが拒否する。理由はわからない。


「何エレノア様の御髪を梳かそうとしているのですか!」

「いやこれ11年間専属執事である俺の役目なんで! それに髪型間違えると変な虫がつくんです!」

 誰でもいいよ、誰でも。

 あたしは未だ櫛を奪い合ってる二人を見て心底呆れていた。


「そういや、サクラ。あれからいじめは大丈夫か?」

「はいっ! エレノア様に助けて頂いたおかげです……。その後もずっと側に置いてくださって……これはもう相思相愛、結婚!」

「けけ、結婚だと!?」

「するわけねえだろ。間に受けんなよ。サクラ、鼻血出てんぞ」

 やれやれ……なんつーやつだ……。

 まあ、胸糞悪りぃいじめがなくなっただけで……。牽制が効くくらいには頭がある相手でよかったよ。


「ほら、髪巻き終わりましたよ」

「はいよ」

 流石に年頃だし、ドレスを着せるのとかは他のメイドにしてもらっているが、髪と生活面は基本アルが担当している。

 なにやら暴走した時のあたしを他の人じゃ止められないだとか。あたしは猛獣かっつの。



「エレノア様だわ」

「あの子、いつでも虐められるように近くに置いているそうよ」

「あのジーク様も暴力をされて言うことを聞かされているとか」


 食堂に着くなり、悪評が聞こえてくる。

 前世からだし、慣れてるが、貴族は陰険だ。裏でコソコソと根回ししやがって。一年間もこんな言われて流石にいい気分はしない。


「エレノア様、今日の朝食は何になさいますか?」

「最近スイーツ食べ過ぎなんですから、健康的なものの方がいいですよ」

「あなたには聞いていないんですけど、アルフレッドさん」

「エレノア嬢、一緒にパンケーキ食べないか?」

 こいつらは相変わらずだけどな。

 ちょっと、笑えた。いがみあっているのを横目に朝食を取りに行く。


「エレノア……」

「あら……」

 金髪赤眼……誰だっけこいつ。覚えてねえー。


「最近、よく君の悪評を耳にする。僕の婚約者である自覚が足りな……」


 殺気。

 こいつの後ろにいる従者だ。狙ってやがる。短剣……、刃が変色してる。毒か。


「避けろ! ……っつ!」

 間一髪で押し退けたが、代わりにあたしの腕がやられた。

 一発殴って怯んだ隙に体を押さえ、短剣を奪う。

「お嬢様!」

 くっそ、毒で体から力が抜けていく。けど、逃しちゃいけない、逃がさない。

「サクラ、警備兵を呼んで!」

「はい!」

「まだ仲間がいるかもしれん。誰も食堂から出すな!」

 ジークが指示を出す。アルが駆けつけてきて、刺客を縛り上げた。

 そして負傷している私を医務室へ連れて行こうとしたところで、あたしは気を失った。



 目が覚めれば医務室のベッドの上で、もう治療は終わったらしかった。


「起きましたか、この馬鹿お嬢様! 庇って怪我して!」

「あたしより……、王子を守った方が、いいだろ?」

「無理に喋らなくていいですから!」

 

 そんなに怒らなくてもいいじゃないか。

 ああ、そういえば、周りはまたヒソヒソしてたな。自作自演じゃないかって。アル達以外、誰もあたしの心配なんてしなかった。

「……またあたしのせいにされるのかなぁ」

「……もう抗体効いてきたんですか。相変わらず頑丈なことで」

「……本当に、国外追放だけでずむのがなぁ」


 なんか涙が出てきた。

 なにしたって悪役扱いってなんだよ。庇っても私は悪なのか?

 そりゃ、ヤンキーだし決して善人ではないけどさ……。


「お嬢……まだ毒の効果残ってるみたいですね」

「え?」

「俺の知ってるエレノアお嬢様は、弱気なんて一切言わず、相手を蹴散らすようなお方です。ましてや、陰口なんて全然気にしない」


 アルは言った。


「今日はなんの日だか覚えてます?」

 今日は……、そうだ、11年前アルを拾った日だ。今日だったのか。


「失敗したら死ぬ覚悟で、お嬢を狙いました。それでお嬢に返り討ちにされた。……俺はね、驚きましたよ。旦那様に狙われたことを言わず、俺を使用人にすると宣言した五歳のあなたに」


 そんな昔のこと、よく覚えてるな。

 ひねくれたこいつの顔を見て、思ったんだ。悪いやつじゃない、ただ余裕がないだけだって。


「何を狼狽えてるんですか。俺のこと助けた後も散々暴力的な人助けしておいて」

「暴力的な人助けって、おい!」

「あんたには味方が大勢いるんだ、断罪ってなんだよ! んなことされるわけないだろ!」


 目が覚めたような気がした。何考えてたんだ、馬鹿らしい。あたしの信条を忘れるとこだったよ。


 “喧嘩上等、糞食らえ”


 ぴょんっとベットから降り、腰に手を当てる。


「朝飯食い損ねた。食堂行くぞ」

「毒より食い気ですか、全く」

「毒なんてもうねえよ!」

 ニッと笑った時だった。ドアが勢いよく開いて、サクラとジーク飛び込んできた。

 え、血まみれ……?


「エレノア様!!お怪我は大丈夫なのですか!?」

「お、おう……それよりどうした? その右手」

「……怖い」


 何があったその返り血。

 何だサクラその笑みは。

 何でジークはそんなに震えてるんだ。


「なぜ殿下を襲ったのか吐かせてきました。尊いエレノア様を傷つけたのです。まだ足りないくらいですよ」

 身震いがした。狂気の沙汰だもはやこれ。ジークは青い顔したまま俯いてるし。

 とりあえずサクラが手と顔を洗って返り血を落としてから、一緒に食堂へ。


「……エレノア様よ!」

「先ほどの事件、エレノア様が裏で……」


 食堂に着くなりまたもや飛び交う噂。

 あー、うるっせえな。


 ツカツカとヒールを鳴らし、いつもわざとこっちを見ながら噂を言ってきたやつの胸ぐらを掴む。


「根も葉もねえこと撒き散らしてたのはてめえか?」

「ひっ!」


 猫なんて被らず、昔のように威圧する。

 おーおー、さっきまでの威勢はどうしたよ。弱い犬ほどよく吠えるってやつか?


「わ、私は悪くない! 殿下の婚約者の癖にあんたが……」

「あ゛ぁ゛?」


 ゴッ!

 右ストレートがキレイに決まった。


「「キャァァァ!」」

「てめえら、殴られたくなかったら誠心誠意謝罪しろや!」


 当たりが静まり返る。

 人が言ってることすら分からねえのか。


「「……すいませんでした」」


「声が小せえよ」


「「大変申し訳ございませんでしたーー!!」」


 鼻で笑って朝食を取りに行く。

 アルは呆れてる振りして笑ってるし、サクラとジークはスカッとしたようだった。

 

「エレノア!」


 突然王子に手をつかまれた。

 え、なんだよ。子爵令嬢を殴った罪で死刑はないだろ、流石に。


「すまなかった! 君はこんなにも美しくかっこいいというのに、噂になんて騙されて……」

「は、はぁ……」

「君の可憐な右ストレートが好きだ! 殴られたい!」

「はい!?」


 ちょっと待て仮にも乙女ゲームなわけだろ? 王子がドMって何なんだよ。これ他のキャラも絶対おかしいだろ!

 混乱していると後ろから殺気を感じた。まさかと思って振り返ると。

「まさかまだ仲間がっ……ヒエッ」


 私の手を掴んだままの王子をサクラが凄い顔で睨みつけていた。その顔を見てジークは泡吹いて倒れている。

 アルは、私に王子だけは絶対殴るなっていう合図出してくるし……。


「これもしかして……断罪すらない?」


 王子はドM、ヒロインは狂気。クールキャラは童貞ヘタレ。これじゃあ……。


「国外追放でパティシエになれねえじゃねえかぁぁ!!」


 絶対アンハッピーエンドだ、これ。

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