置き忘れたグローブに
猫は嫌いじゃない。そんな考えが今すぐにも変わりそうだ。
俺のグローブの上には現在、一匹の野良猫がいる。
校庭の隅にグローブを置き忘れたのに気づいて、急いで戻ってきたら、この状況になっていた。
猫はグローブの上で、気持ち良さそうにしている。
俺がゆっくり手を伸ばすと、
「シャーッ!」
口を大きく開けて威嚇してきた。「ここは自分が先に見つけたのだ」と、縄張りを主張してくる。
こっちとしても、手荒なことはしたくない。猫の方から自主的に立ち去ってくれる、そんな展開を希望している。
しかし、そこで友人が余計なことをつぶやいた。
「こいつ、トイレと勘違いしてるんじゃないのか?」
本人に悪気はなく、ただ思いついたことを口にしただけだろう。
だが、俺はイメージしてしまった。
(猫のトイレ・・・・・・)
大だろうが、小だろうが、冗談じゃない!
まだ変な臭いはしないから、大丈夫そうだけど、この状況が続けば、いつかは・・・・・・。
どうする? 俺は友人と顔を見合わせる。
こっちが強気に出るのは、絶対にダメだ。猫が自分の縄張りだと主張するために、「マーキング」という行動に出るかもしれない。つまりは、「おしっこ」だ。
そうなるのを避けるためには、まず猫を懐柔する必要があるだろう。
かつお節かマタタビでもあればいいが、そんな物を都合良く持ち合わせているはずもない。
周囲を探してみたものの、ネコジャラシも見つからなかった。
仕方なく、笑顔で話しかけてみる。
すると、猫のおしりのあたりが、微妙に動いた。
まずい。俺は一瞬で口を閉じる。
棒立ちの状態で少し待ってみたが、最悪の臭いは漂ってこなかった。
ひとまず、セーフ。
とはいえ、この状況で危険は冒せない。
これ以上、あの猫を刺激しないよう、俺は友人と一緒に大きく後退する。
「洗剤を探しに行こう」
友人は早くもあきらめムードだ。
俺はまだあきらめたくない。
校庭を見回すと、少し離れた場所に、テニス部の女子が三人いる。
普段なら、自分から話しかけたりはしないが、今は非常事態だ。俺は走っていって、一生懸命に事情を説明する。
三人は最初、きょとんとしていた。
しかし、彼女たちの中に、家で猫を飼っている子がいて、協力してくれることになった。
全員で猫の前まで来る。
「失敗したら、ごめんなさい」
猫を飼っている子が言ってくるが、俺は「それでもいいから」と頼み込む。
失敗したら仕方がない。その時は、気持ちを切り替えて、洗剤を探しに行こう。
女の子が猫に近づいていった。
手を伸ばしたのに、猫はまったく警戒していない。
俺の時とは全然違う。ほら、「シャーッ!」はどうした、「シャーッ!」は。
と思っていたら、彼女にあっさり撫でられている。
そのあと、ひょいと抱きかかえられたのに、猫に嫌がる様子はなかった。
彼女からの合図に、俺は素早く動く。自分のグローブを回収した。
すぐに確認する。
良かった。無事だ。変な臭いはしない。
最高の結果に、俺は彼女にお礼を言いまくる。
そして、この事件をきっかけに、俺と彼女の仲は急接近することになるのだった。
次回は「機械と対戦する」お話です。