この野球場、ファラオのお気に召すままに・三
高校野球の地方大会、その一回戦だ。
――全国大会に出場して、そこでの優勝を目指す!
そんな目標を掲げている学校もあるが、そうじゃない学校もある。
たとえば、この学校のように、
――地方大会の一回戦を突破するのが目標!
という高校生たちもいるのだ。
しかし、試合の序盤で大差をつけられている。コールド負けを心配すべき状況だ。外野スタンドにいる味方の応援団が、早くも帰り支度を始めている。
これはまずい。本気でまずい。
もう少し先まで温存したかったが、ここで一か八か、『秘策』を使うことにする。
この世界は広い。個性的な野球場が数多く存在する。
その一つが、エジプトにある野球場だ。レフトスタンドの奥には、本物のピラミッドが鎮座している。
そこでは、『ファラオの祟り』や『ファラオのご加護』が当たり前。ファラオの贔屓によって、幸運や不運が起こるらしい。
それをうまく利用できないだろうか。
もしも、この野球場に仮のピラミッドをつくり、チームのみんなでファラオを讃えたら、ひょっとして・・・・・・。
補欠の一年生たちには、すでに外野スタンドで待機してもらっていた。「『秘策』を使用するぞ」と、彼らに合図を送る。
すると、「了解」という合図が返ってきた。
すぐさま外野スタンドで、ダンボール製ピラミッドの組み立てが始まる。見た目もサイズも、エジプトにある本物には遠く及ばない。
けれども、仮のピラミッドは数分後に完成した。
で、野球部の部員たちは古代エジプト風のダンスを始める。
にわか仕込みではあるものの、野球の練習をする合間に、ダンスの練習もしてきたのだ。目指せ、一回戦突破!
だが、何も起こらない。
やはり駄目か。
そう思いかけた時、外野スタンドの応援団が叫んだ。
「見ろ! 何か来るぞ!」
野球部の部員たちはダンスを中断して、空を見上げた。
ここに向かって、複数の人影が降下してくる。
ミイラだ! 十、いや、二十体はいる!
ミイラの集団が空から降ってきた!
野球部の部員たちは歓声を上げる。これで勝ったも同然だ。ファラオの恩恵を受けて負けたチームは、今のところ存在しない。
ミイラが次々と、グラウンドに着地してくる。
そして、予想外の行動に出た。
さっきまで古代エジプト風のダンスをしていたチームを、ミイラたちがボコボコにしていく。
さらに、相手チームに対して、こう宣言してきた。
「カレラニ、カワッテ、オレタチガ、タタカウ」
一方的なボコボコ劇を見ているだけに、相手チームは断れなかった。
それに、ミイラと野球をする機会なんて、今回以外に考えられない。これはこれで面白そうかも。
で、試合は続行される。
この試合、ファラオによる幸運や不運は起こらなかった。完全な実力勝負だ。
その結果、相手チームはコールド負けする。このミイラたち、むちゃくちゃ野球が上手いのだ。
こうしてミイラたちは、地方大会を勝ち進んでいく。一回戦突破どころか、決勝戦でも勝利。全国大会へとコマを進めた。なお、学校名はそのままである。
ファラオは最近、こう考えるようになっていた。自分も野球チームを持って、色んなチームと対戦したい。
そんな時に好機が訪れたのだ。ファラオによる「野球部の乗っ取り」大成功♪
しかし、全国大会は甘くない。
始皇帝率いる『兵馬俑チーム』。
アーサー王率いる『円卓の騎士チーム』。
徳川家康率いる『十五人の将軍チーム』。
近藤勇率いる『新撰組チーム』。
こうした異色のチームが複数、地方大会を勝ち進んできたのだ。
なお、どのチームも学校名はそのままである。
組み合わせ抽選会の会場に、始皇帝、アーサー王、徳川家康、近藤勇が現れたので、
「今年の大会は荒れるな」
全国大会に何回も出場しているベテラン監督が、表情を変えずにつぶやいた。
ところが、なぜかファラオだけは会場に現れない。
ミイラの一体が言うには、
「ファラオハ、イマスゴク、オイソガシイノダ」
その横では、別のミイラが携帯電話で、ファラオに報告している。
ファラオはこの時、日本のある場所にいた。
高校生ダンスの全国大会、その会場にいたのだ。
先日、野球部と同じ方法で、ある高校のダンス部を乗っ取ることに成功。地方大会を勝ち抜き、全国大会へとコマを進めていたのである。
ファラオは最近、こう考えるようになっていた。自分もダンスチームを持って、色んなチームと対戦したい。
これは、その始まりだ。
この世界、ファラオのお気に召すままに。
次回は「野良猫」のお話です。