この野球場、ファラオのお気に召すままに・二
この世界は広い。個性的な野球場が数多く存在する。
で、ここエジプトには、ピラミッド付きの野球場がある。レフトスタンドの奥に、本物のピラミッドが鎮座しているのだ。
この野球場、『ファラオの祟り』や『ファラオのご加護』が当たり前。ファラオの贔屓によって、幸運や不運が起こるのだ。
だから、試合前にはファラオを讃えるパフォーマンスをする。それが、ここで試合をするチームの「常識」になっていた。
しかし、世界には「ひねくれ者」も多い。
こう考えるチームも出てきた。『ファラオのご加護』があって勝つのは当たり前。『ファラオの祟り』がある状態で勝ってこそ、本当の価値があるのでは?
それで試合前には、ファラオを讃えるのではなく、挑発することにした。
このチームもそうだ。今日の試合でエジプト代表チームと対戦する。
なので、さっそくファラオを盛大に罵倒。さらに、ピラミッドをモチーフにしたウエディングケーキにダイナマイトを何本も突き刺して、ど派手な爆破ショーを行った。
当然のように、試合は一方的なものになる。『ファラオの祟り』が発生中。
おかげで、エジプト代表チームを応援しているお客さんは、みんな笑顔だ。今日の試合は、勝利が確約されている。
その余裕からか、小さな男の子が試合中に、ファラオを讃えるパフォーマンスを始めた。
エジプト代表が試合前にやっていたダンスの「見よう見まね」だ。完成度は低い。しかし、一生懸命さは伝わってくる。小さな体を大きく使って、ちょこまかと手足を動かしている。
すると、その子の元に野球場のスタッフがやって来た。アイスクリームの売り子さんだ。
そして、アイスクリームを無料でプレゼントしたのである。
すごいぞ! これも『ファラオのご加護』か!
今度は一人の老人が躍り始めた。
通信教育で勉強中のロボットダンスだ。病院の若い看護師さんに見せて、ちやほやされたい。そんな動機から習い始めたダンスを、この場でお披露目する。
はたして、ファラオのお気に召すだろうか・・・・・・ドキドキドキドキ。
すると、ビールの売り子さんがやって来た。
なんと、半額にしてくれるという。この野球場始まって以来の、ビールの半額だ!
すごいぞ! これも『ファラオのご加護』か!
すでに試合の大勢は決していることだし、二人連続の『ご加護』を見て、他の観客たちもそれぞれ、ファラオを讃えるパフォーマンスを始めた。
活気づく観客席。さすがに全員とはいかないまでも、二十人に一人くらいの割合で幸運なことが起こる。今日のファラオは気前がいい。
そんな中に、日本の高校生がいた。家族旅行でエジプトに来ている。
この状況、ダンス部の部長として黙ってはいられない。
一つ年下の彼女を驚かせようと、密かに練習中だった「上半身で盆踊りをしながら、下半身ではコサックダンス」。それを、ここで披露する。これなら、ファラオも見たことがないはず。
その結果、空から日本の一万円札が一枚降ってきた。
すごいぞ! これも『ファラオのご加護』か!
こうして楽しい思い出を胸に、高校生は数日後、飛行機で日本に帰った。彼女へのお土産も、もちろん忘れていない。
帰国した翌日に大手予備校で、難関私大の模試を受けた。
世界史のテストで、こんな問題があった。
――古代エジプト文明が滅んだ年を答えなさい(プトレマイオス朝の滅亡、クレオパトラが没した年)。
高校生は悩んだ。
教科書に載っているのは、たしか紀元前三〇年。しかし・・・・・・。
色々と考えた結果、次のように解答する。
――古代エジプト文明はまだ滅んでいない。
すると、模試の帰り道に、空から一万円札が何枚か降ってきた。
すごいぞ、ファラオ! ありがとう、ファラオ!
(このお金は、明日の野球場デートでありがたく使わせてもらいます♪)
さらに続くよ。