VS.エイリアン
「ヴァルキリー様、勇者を召還してください。本当に、もう、今日こそはよろしくお願いします」
かなりコンパクトに纏めた祈りの言葉、だけどそこに込められたら思いは切実だ。昨日、あんなに泣いていたカミラも私の本気を感じ取ったのか今日は私と一緒に跪き、神殿で「お願いします」と口にしている。
魔王フェンリルの復活は、いつになるかまだわからない。わかるのは魔王フェンリルが蘇ると世界が——人も建物も、空や大地さえ飲み込んでしまうらしいということ。そしてそれが行われるのは「神々の黄昏」と呼ばれる日なのらしいのだが……ヴァルキリー様や他の神々はそれがいつ、どんな風に行われる予定なのかわかっているかのだろうか?
むむむ、と膨らんでいく疑念を晴らすように、美しいピンク色の髪を持った凛々しき女神・ヴァルキリー様が現れる。
「……聖女、ヒルダよ。あなたの望みは聞き入れました。すぐに、勇者召喚の儀を行います」
今、一瞬間があかなかった?
そんな私の疑念をよそに、眩い魔法円が光り異世界から来た「誰か」が現れる。そう、「誰か」のはず、なんだけど……
テカテカと輝く銀色の肌に、蔦のように伸びる手足。その姿は強いて言えばタコに似ているようだが、巨大な体つきは異常で私はカミラと共に後ずさる。
「ヒルダ、何よこの生き物……!?」
「わ、私にもなんだか……」
どうやらゾンビは知っていても、この系統はカミラの専門外らしい。助けを求めるようにヴァルキリー様を見やれば、ヴァルキリー様はおずおずと銀色の巨大タコ(?)に話しかけていた。
「あ、あなたは地球外生命体、俗に言うエイリアンのようですね……我々の言葉は、わかりますか?」
「地球人、イヤナヤツ。イヤナヤツ、タス、イヤナヤツ、イコール、ミナゴロシ」
……よくわからないが、不穏な言葉を口にしている気がする。それでもなんとか、会話を試みるヴァルキリー様に向かってたくさんの触手が迫りヴァルキリー様はあっという間に身動きの取れない状態になった。
あれ、これ結構ヤバい状況じゃない? 美しい女神が触手に絡まれるって、なんかやたら××とか♡♡が浮かび上がるシチュエーションになるんじゃ……いや、神殿でそれはまずい。R指定ついちゃうようなことになったら、色んな方面で偉い人にたくさん怒られる。まずい、非常にまずい。そう心配しているとヌルッとした触手は私とカミラの方にまで伸ばされてきた。私とカミラは小さく悲鳴を上げると、互いに抱き合うような形でガタガタと震える。
あぁ、もうダメだ。異世界から勇者を召喚したいのに、ろくでもない奴ばっかり出てくるせいで世界が全く救われない。それどころかせっかくお友達になれた吸血鬼と一緒に、私は今から大変なことになるんだ……そう思い、観念して目を瞑ると。
バシャァンッ!
大きな水風船が弾けるような音がして、私は閉じていた目を見開く。するとさっきまでの銀色タコ、もといエイリアンが爆散して青い血らしきものが神殿中に飛び散っているのが見えた。
「ヴァルキリー様……?」
カミラの声に導かれ、私はハッと顔を上げる。
見るとヴァルキリー様が両手を広げ、ピンク色の光を放ち髪を靡かせている。さっきまで固まっていたはずなのに自力で振りほどいたらしい。驚く私とカミラを前に、ヴァルキリー様は光るのを止めたかと思うと威厳のある声で私たちに告げる。
「安心なさい。エイリアンには元の星……元の世界に帰っていただきました。やむなく腕を破壊しましたが、彼らの腕はすぐに再生するようです。この青い血も無害のようですので、2人は安心して掃除をしてください。それでは」
そう言い終えると、ヴァルキリー様は一瞬で姿を消した。
——えっ、この大量の血を私とカミラは2人だけで掃除しなきゃならないの!? っていうかヴァルキリー様、逃げた!? 超、逃げたー!?
「……ヴァルキリー様……普通に強いじゃん……」
心の中でツッコミの嵐を吹き荒らす私の隣で、カミラは呆然としたようにそう呟くのだった。