VS.殺し屋
「ヴァルキリー様。恐ろしき魔王フェンリルの復活により、我々人類は危機に瀕しております。どうか今日こそは、世界を救う勇者を呼び出してください……」
溜め息を飲み込みながら私はやっと、それだけ口にする。
カミラという新しい仲間を加え、ちょっと賑やかになったこの神殿。だけど肝心の勇者は全く現れず、聖女である私は焦りを禁じ得ない。
そろそろ、なんとかしてもらわないと困るんだけどな……
そんな私の不安をよそに、美しい桃色の髪を持ったヴァルキリー様が今日もまた現れる。
「……」
「……」
ヴァルキリー様は何も言わず、私からさっと目を逸らすと神殿の床に巨大な魔法円を発動させる。もう、とりあえず何も言えないからとにかくやってみるしかないみたいだ。それでも本当に女神か……? と呆れたような目をする私の前に、現れたのはすらりとした長身の男性だった。
身に纏っているのは黒いスーツのようだ。皺一つないぱりっとしたその出で立ちは、いかにも仕事ができますって感じがする。だけどその人がする「仕事」は、ちょっと特殊なようで……
パンッ
乾いた音が響いたかと思うと、男の人がヴァルキリー様に向かって右腕を伸ばしているのが見えた。その腕に掴まれた黒い塊は、拳銃と呼ばれるもの。誰かの命を奪うために作られたそれは重々しく、神殿には似つかわしくない禍々しさを放っていたが——そこから放たれただろう弾丸はまるで時が止まったように、空中で止まっていた。
へっ? と間抜けな声を上げる私に構わず、男の人は信じられないといった表情でさらに引き金を引いた。
パンッ パンッ
乾いた音は同じ神殿の中から響いているはずなのに、どこか遠い世界のもののように思えた。まぁ、異世界の人だからそれもあながち間違っていないけれど……そんな現実逃避を本の少しだけした後、私の意識はカミラの悲鳴によって強引に現実へと引き戻される。
あぁ、そうだ。放たれる弾丸は全て、ヴァルキリー様に向けられている。つまりこの男の人はヴァルキリー様を殺そうとしているのだ。だけど、ヴァルキリー様だって曲がりも何も女神でしかもその専門は戦い。一個人の攻撃なんてそうそうダメージを負わないわけで
「——っていきなり何撃ってんのよごるぁっ!」
ヴァルキリー様は怒鳴ると同時に男の目の前へ、瞬間移動。すぐさま反撃しようと男は懐に手をやったがそれよりもヴァルキリー様の拳が男の頭にめり込む方が早く。ごんっ、と岩を叩くような音がした後、男の人は間抜けなポーズでその場に倒れこんだ。
「ひっ、ちょっと何よコイツ!? なんで銃なんて持ってるのよ!?」
ヴァルキリー様特製のドレスに身を包んだカミラが震えながらそう叫び、私にしがみつく。そういえばこの子も弾丸は苦手なんだっけ、と思い出しながら私はヴァルキリー様に尋ねる。
「あのー、ヴァルキリー様? この方は……」
「殺し屋です。それもトップクラスの。でも、女神である私にそれは通用しません」
久しぶりに頼もしい表情を見せたヴァルキリー様は男を見下ろし、ぱちんと指を鳴らす。すると気絶した男はむくりと起き上がり、辺りを不安げに見回した。
「な、なんだお前ら!?」
「ここは異世界で、私はこの世界を救う勇者を召喚するためにあなたを呼び出しました。あなたは、この世界のために戦うつもりはありませんか?」
事務的に、淡々とした口調で語るヴァルキリー様。男、殺し屋はそんなヴァルキリー様と私、カミラを順に見回した後、警戒心を剥き出しにして答える。
「そんな馬鹿な話、信じられるか。だいたい、自分の世界の危機に他の世界の人間を巻き込もうなんて発想がおかしい。騙そうとしたって無駄だ。お前ら、××国の手の者だろう」
どうやら殺し屋はヴァルキリー様の話を信じるつもりはないらしい。まぁ、信じる気持ちがあるならいきなり発砲なんかしないだろう。ヴァルキリー様じゃなきゃ絶対死んでたし。
そう結論づけて改めて怖くなってきた私と対称的に、ヴァルキリー様は落ち着いた様子で腕を組み殺し屋に話しかける。
「別に、信じてもらえなくても構いません。ですがもしあなたが私の言うことを聞いて、魔王フェンリル……ターゲットの命を奪ってくれるというのでしたら、それ相応の報酬をお渡しいたします。どうですか? 『異世界から来た勇者』でなくても、『殺し屋』として私の依頼を受けるつもりはありませんか?」
どうやらヴァルキリー様は相手が殺し屋ということで、あえて「仕事の依頼」という形で交渉を開始したようだ。殺し屋の方もそれを理解したのか、しばらく考えるような素振りを見せるとふるふると首を横に振る。
「断る。ターゲットの情報もろくに知らされていないうちに、こんなわけのわからない世界で仕事を請け負うのはごめんだ。俺も自分の命は惜しいからな。悪いが、他をあたってくれ」
至って冷静な殺し屋の言葉に、ヴァルキリー様もさほど落胆した様子を見せず「そうですか」と返すと再び魔法円を光らせる。
「依頼をするなら、事前の情報ぐらいは知らせろ。それに、報酬は半分を前払いが条件だ。それが飲めないなら殺し屋なんて雇おうとしないことだな」
その言葉と共に殺し屋が消えると、神殿は何事もなかったかのような静寂に包まれた。
「っていうかヴァルキリー様、すごいじゃない。弾丸止めるなんてどんな力? そんなに強いなら、なんでアンタがその魔王とやらを倒しにいかないの?」
カミラが唐突にそう口にすると、ヴァルキリー様は挙動不審になってその場を離れる。
「いや、その、私は女神だから……」
「でも、戦いの女神なんでしょう? だったら魔王の1人や2人、普通にぶっ倒せるでしょ。それなのに、なんで行かないの?」
悪意のない、ただただ純粋な疑問に思って喋るカミラの言葉にヴァルキリー様は「えっと……」としどろもどろになる。先ほど、殺し屋を前にしていた時とは大違いだ。でも、カミラの言うことも確かに事実。ヴァルキリー様は強いのに、なんで自分ではなく他の世界から勇者を呼び出して戦わせようとするんだろう……?
「っ明日は! 明日は勇者を呼び出しますから! また明日、乞うご期待ください! それでは!」
言うが早いかぱっと消えてしまうヴァルキリー様に、カミラが「あっ、逃げた!」と呟く。うん、今のは完全に逃避だよね。質問に答えられなかったよね、逃げたよね。
聖女としては問題かも知れないが、神に疑問を感じ始めた私はとりあえず。神殿に落っこちていた弾丸を拾い、溜め息をつくのだった。