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VS.吸血鬼

「ヴァルキリー様。恐ろしき魔王フェンリルの復活により、我々人類は危機に瀕しております。どうか今日こそは、世界を救う勇者を呼び出してください……」

 だいぶ簡略化した祈りの言葉を口にし、私は深く頭を下げる。


 ……三度目の正直って言うし、今度こそ大丈夫だよね? せめて、まともな会話くらいできるよね? そう一抹の不安を抱える私の前に鋼の鎧を身に纏った美しい女性が現れる。


 腰まで伸ばされた美しい桃色の髪に、透き通った白い肌。涼しげな目元からは女神としての威厳と人智を越えた神々しさが……


 感じられない。


「……」

「……ヴァルキリー様?」


 怪訝に思い、そう尋ねればヴァルキリー様は挙動不審になりながらも私の方を見る。


「しぇ、聖女、ヒルダよ。あなたの望みは聞き入れました。すぐに、勇者召喚の儀を行います」


 今ちょっと噛みませんでした? と聞きたくなる私を前に、強制的に魔法円が現れる。


 ……ヴァルキリー様も自信ないんでしょ。そう言いたいのをぐっと堪えていたら、部屋が一瞬光に包まれて——私とヴァルキリー様の前に少女が現れた。


 そう、少女だ。ちゃんと服を着ているし清潔感もある。むしろ、その姿は可愛らしい。月の光を吸い込んだような銀色の髪に長い睫毛と赤い瞳が映える美しい少女だ。


 やった! 今日こそはまともな勇者が現れた!


 そう思ったのも束の間。


「っぎゃあああああっ! 熱いいいいいっ! 死ぬうううううっ!」


 少女は絶叫と共に、自分の体を抱えこむようにしながらのたうち回る。同時に私は少女の体から煙と共に、灰のようなくすんだ匂いが漂ってくるのを感じた

 女の子はのたうち回り、悲鳴を上げる。自分の頭を抱えるようにしながら苦しむその姿にパニックになるけれど、そこで冷静になったのはヴァルキリー様だった。


「聖女ヒルダ! すぐに日陰を用意! 彼女を日光から遠ざけてください!」

「え? あ、はい!」


 ◇


「うぅ、熱い……死ぬかと思ったぁ……」


 真っ黒な布にくるまり、それでも蹲る少女。


「カミラ」と名乗った彼女はミルク——ヤギの乳を飲んでなんとか落ち着いたようだ。その様子にほっとしながら、私はおそるおそる尋ねる。


「あのー……カミラさん。あなたは、日の光に弱いのでしょうか……?」

「カミラでいいわよ。そうね、私は日光が苦手よ。ついでに十字架と銀の弾丸、流れる水もダメ。ニンニクとか火も、大嫌いね」


 苦手なものだらけじゃん。


 そんな白けた表情をしたのが伝わったのか、カミラはむっとした表情で美しい唇を開く。


「私は吸血鬼だから、仕方ないでしょ。吸血鬼ってそういう生き物なんだから。それに『吸血』って言っても人間が死ぬほど大量の血を飲むことはないし、今みたいに血の代わりにミルクを飲んでも生きていけるんだから」

「なら何か、特殊な力は?」


 人外の生き物となれば、人間が持ち得ないような力を持つのがお約束だ。カミラも吸血鬼なら、数多くの弱点を克服できるようなすごい能力を持ってるんじゃないだろうか。そんな私に向かってカミラは「そうねぇ」と首を傾げる。


「とりあえず、人間よりタフよ。あと、コウモリとかとお友達になれる。それから……ねぇ、カボチャかスイカある?」

 唐突に食べ物の名前を出され、困惑する私の横からヴァルキリー様が「どうぞ」とスイカを差し出す。


 ……一体どこから出したんだろう? まさかこのスイカも異世界から来たのかな。そう思う私の前で、カミラがスイカをカプリ。するとスイカに急に目と口が現れ、何か叫びながらゴロゴロと床を転がり始める。


「こうやって吸血スイカを生み出すことができるわ。でもコイツ、ゴロゴロ転がり回るだけで何の役にも立たないの」


 スイカ1個無駄にしただけじゃねーか!


 思わずそう突っ込めばカミラは顔をくしゃっと歪め、幼子のように泣き出す。


「そう言われたって、吸血鬼は吸血鬼だから仕方ないもん! それなのに『悪魔の手先だ』『呪われている』なんて言われて人間にさんざん追いかけられて、お姉ちゃんもみんな人間に殺されて……うわあああん!」


 わっと泣き出すカミラに、私は何と声をかければいいのかわからず立ち尽くす。そんな私の代わりに、言葉を紡いだのはヴァルキリー様だった。


「でしたら、この神殿に住んでみますか? 日光が苦手ならそれ専用に洋服を用意しますし、この神殿はちょうど私とヒルダしかいなくて夜の番がいませんから」


 ヴァルキリー様はそう言うとぱちんと指を鳴らし、手元に黒い布を出現させる。カミラは半べそをかきながら、それを受け取った。


 カミラに手渡されたのは顔全体を覆える分厚いベールと、真っ黒なゴシックドレスだった。フリルたっぷりのそれは可愛らしくて、正直ちょっと羨ましい。カミラもそのデザインを気に入ったのか、「いいの?」と尋ねながら目を輝かせている。


「こうやってこの世界に導かれたのもまた、運命でしょう。それでは、私はこれで失礼します」


 そう言ってヴァルキリー様が消えるの見送った後。私はカミラをなだめすかしながらドレスを着せ、虚空に向かって叫ぶ。


「結局、勇者はいつ召喚してくれるのぉぉぉっ!?」


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