VS.暴走族
「さぁっ! おニューの魔法円で勇者を召喚しますよ!」
ドワーフさんの言い方が伝染ってない?
そう言いたいが、私は黙ってヴァルキリー様(今日はお祈りもしていないのに勝手に現れた)を見つめる。
とりあえずドワーフさんに床と魔法円を直してもらったので、再び勇者召喚の儀を行うことができるようになった。しかも今度は複数人、勇者の傍にある無生物も含めてというかなりの大サービスなのだが……私はエクソシストと対峙した時の緊張はどこへやら、ドワーフスマホを見てダラダラするカミラにそっと話しかける。
「ねぇ、カミラ。新しい魔法円、大丈夫かな? ドワーフさん、ちゃんとしたのを作ってくれたんだよね……?」
「んー……? まぁ、大丈夫じゃない? なんだかんだ腕は確かみたいだし、このドワーフスマホっていう道具も、ほら」
言いながらカミラは私にドワーフスマホの画面を向けてみせる。カミラは電子機器の類に疎いのか、その動作はおっかなびっくりだけど使うこと自体は楽しんでいるようだ。私はその液晶画面を、そっと覗き込んでみる。
「『アナタの知らないドワーフの世界』『6つの材料でできる! ドワーフ流超簡単DIYレシピ』『ドワーフといっしょ! ワクワク宝探しゲーム』……」
って、どれもドワーフさんに関わるものばっかりじゃん!
いくら「ドワーフスマホ」でも自己主張しすぎだよ!!!
全力でツッコミを入れる私と、楽しそうにドワーフスマホで遊ぶカミラ。そんな私たちの間に割って入るようにヴァルキリー様がわざとらしく咳ばらいをすると、私もカミラも慌てて恒例のお祈りポーズをしてみせる。
「ヴァルキリー様、新しい魔法円でどうかお願いします……」
「おニューの魔法円でどうか、よろしくお願いします……」
「……2人とも、よろしいでしょう。それでは、勇者召喚の儀を行います」
不貞腐れたような顔のヴァルキリー様がそう告げた瞬間、魔法円が見慣れた光を放ち異世界からの勇者を呼び寄せる。
……少なくとも初期動作は問題ないようだ。あとは誰が現れるかが問題……そう考えている私の耳に、とんでもない爆音が鳴り響く。
ブオンブオンッ! ブロロロロ…… パラリラパラリラ!
「ちょっ、何よこれ!?」
耳を塞ぎながら、混乱した様子で尋ねるカミラ。私もその騒音に戸惑いながら、現れた勇者――いや、勇者「たち」の様子をよく観察する。
派手な装甲のバイクに、地の果てまで響きそうなエンジン音。それに乗る人たちばみんな、派手な色にそめた髪を頭の上で固め「堕流救世主」と書かれた服を着ている。……なんて読むんだろ?
「!? あぁん!? なんだテメェら!?」
リーダーらしい男が鼻を上げ、こちらを見下ろすような形で私たちにそう問いかける。完全に相手を威嚇し、攻撃を加えようとしている肉食獣のような顔にカミラが怯えたような顔を見せる。一方、ヴァルキリー様は珍しく冷静に異世界の勇者と対峙し落ち着いた口調で答える。
「異世界の勇者たちよ。私は戦いの女神・ヴァルキリーです。私たちはこの世界を救っていただくために、あなた方をこの神殿へ召喚いたしました。どうか、そのお力で魔王フェンリルを打ち倒してください……」
「!? 要するに喧嘩しろって言いてぇのか? んなもん知るか! 俺は今から『堕流救世主』の頭として他の敵と決闘張る予定なんだよ! 女神だの魔王だの知ったことか!」
なんかカタカナ多くない?
っていうか「堕流救世主」は「ダルメシアン」って読むんだ……そう心の中で突っ込んでいるとバイクに乗った勇者たちはそれぞれヴァルキリー様に罵声を浴びせかける。それはどれも「コノヤロー!」とか「テメー!」ばかりでさした破壊力もないが大勢で来られるとヴァルキリー様もさすがに怖じ気づいたらしく……途端にカミラのような、情けない顔をするとそれでも勇者たちに声をかける。
「そ、そんなこと言わずにどうか……こちらも困っているんです! 魔王フェンリルを倒していただけた暁にはなんでも好きなものを差し上げますので、どうかよろしくお願いします! ほら、ヒルダとカミラもお願いして!」
いきなり話を振られた私とカミラは、バイクに乗った勇者たちの鋭い眼光に一斉に睨まれる。カミラは泣きそうな顔をするが、それでもなんとかしなければと思ったらしく……「お願いします!」と頭を下げる。
「!? な、なんだ、コイツ……」
この人たち感嘆符も多いな。
思わずそんな感想を抱いたところで、私は堕流救世主の勇者たちがカミラを見た瞬間ぽっと頬を染めたことに気づく。
涙で潤んだ瞳に、華奢な体型のカミラ。どことなく落ち着きのない、小動物のような雰囲気はとても可愛らしく……そういえば、忘れてたけどカミラってとてつもない美少女なんだよね。特に今みたいにびくびくしていたら、見る人によっては「守ってあげたくなる」って思うかも……
「ま、まぁ……俺らの用が終わったら、手伝ってやらなくもない、ぜ……」
「本当!? あなたたち、とっても強そうだから助かるわ! その髪型とか服装も個性的でカッコイイし、すっごく頼りになるわ!」
カミラの褒め言葉——お世辞も含んでいるのだろうか、もし他意なく純粋にそう言っているのならカミラはとんでもない小悪魔だ。正確には「吸血鬼」だけど——に堕流救世主の人たちは途端にデレデレと目尻を下げる。……あ、よく見たらヴァルキリー様をチラチラ見てる人もいるようだ。ヴァルキリー様も忘れがちだけど、美しい女神様だからね。ヴァルキリー様はキレイ系で、カミラは可愛い系。2人ともそれぞれ違う方向に魅力的な美女だ、勇者たちがにやついてしまうのも仕方ないだろう。
そこまで考えて私の顔からすっと表情が消えていくのを感じる。
……ヴァルキリー様とカミラが桁違いに美人なだけで、私もそこそこの見た目をしていると思う。人外の美女2人に挟まれてるから目立たないだけだし、そもそも聖女だから派手な化粧とか装いができないし……それを言うならヴァルキリー様とカミラもすっぴんだけど。でも、でももうちょっと、私の方も見てくれたっていいんじゃないのかな……
私がモヤモヤした気持ちを抱え、無言を貫いている間にカミラは堕流救世主のバイクを見せてもらってきゃっきゃとはしゃいでいる。人間の乗り物なんて見たことがないだろうカミラにとって、その派手に改造されたバイクは面白くて堪らないのだろう。そんなカミラを見つめる勇者たちも、まんざらではない表情をしていて……そのうちドワーフスマホを取り出し、何か色々話し合うと嬉しそうに話す。
「やったわヒルダ! この人たちの友達? っていうのになったわ!」
「お、おう……その、えと、決闘が終わった後なら大丈夫なので、いつでも連絡してください!」
なんで急に敬語? っていうかカミラにもカタカナ伝染ってるし。
うおお、と雄叫びを上げる堕流救世主の一員を前に私はそんな白けた感想を抱く。そんな私を見てヴァルキリー様が何か慌てたように、魔法円を発動させた。
「その、えっと、今の勇者の方々はまた召喚できるでしょうから、えっと、ヒルダは安心しなさい! ……あなたも、十分可愛いですよ?」
半ば強制的に帰らされたらしい堕流救世主たちの姿が消えると、ヴァルキリー様がおそるおそるといった口調でそう話す。その気遣いがまた、虚しい気持ちを際立たせるようで……私は「ソウデスカ、ソレハ良カッタデスネ」なんて乾いた返事をしてしまう。
「このドワーフスマホ、やっぱり便利だわ! 色んな人と連絡が取れるみたいよ!」
無邪気にはしゃぐカミラは、そんな私の様子に気づいていないらしく……「カミラってひょっとして魔性の女?」なんて疑惑を抱きながら、私はカミラの手にあるドワーフスマホを見つめるのだった……。