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VS.ドワーフ

「ヒルダ! カミラ! お待たせしました! 神殿の建築係を呼んできました!」


 いきなり現れたヴァルキリー様は、なぜか誇らしげにでそう告げる。


 ……このままヴァルキリー様が出てこなかったらどうしよう……密かに抱いていたそんな不安は払拭されたものの、現れた「建築係」を前に私は思わず目を点にしてしまう。


 ヴァルキリー様の隣に立っているのは、小さいけど筋肉モリモリのオジサンだ。フサフサの髭を生やしているけどその身長は私の腰の辺りぐらいまでしかなくて、遠目に見れば子どもだと勘違いしてしまいそうなほど。けれどオジサンは大きなハンマーを片手に担ぐと「ふん!」と鼻を鳴らす。


「ほう、君が聖女のヒルダ君と吸血鬼のカミラ君か。噂はかねがね聞いておるよ、色々と大変なようじゃのう。ワシの名はドワーフ! マジラブ100%勇気の使者であり、最高の匠じゃ!」


 オジサン――ドワーフさんは偉そうにふんぞり返ると、偉そうに胸を張っていせる。その姿は子どもっぽくて、なんだかギャグ漫画のキャラクターみたいだけど……本当に大丈夫なの? と新たな不安を抱えてしまう私と対照的に、先ほどまで泣いていたカミラが驚愕に目を見開く。


「ドワーフって、地下に住むあのドワーフ? 昔、お姉ちゃんに聞いたことがあるわ。確かものすごく手先が器用で、なんでも作れるんだったわよね?」

「おう、お嬢ちゃん! ワシを知っておるのか! これは見上げたもんじゃ! 実はこの神殿を作り上げたのもワシでな、他にも……」


 喜々として語り始めるドワーフさんを、慌てた様子で制止したのはヴァルキリー様だった。


「ドワーフさん、そのくらいにしてください! 今は早急に、この神殿の床と魔法円を修理してほしいんです!」


 焦った様子のヴァルキリー様に、ドワーフさんは少し不満げな様子を見せながらも「仕方がないのう」と言って壊れた床を見て回る。ぴょんぴょんと飛び回るように動くその姿を見ていると、カミラがそっと耳打ちをしてきた。


「ドワーフは小人の一種で、7歳でもう老人の姿になるらしいわよ。気難しい性格だけど仲良くなれば優しくしてくれる人情家なんだって。たぶん、この神殿を作ったっていうのも本当だと思うわ」

「そうなの?」


 思わず尋ねた私に、答えたのはヴァルキリー様だ。


「ええ、本当です。彼はあらゆる素材を加工し、完璧な品を作り上げる最高の職人。その高い技術力は神をも凌駕する、この世で1番の名工です」


 あの小さいオジサンが?


 そう言いたくなるのをぐっと堪え、私はドワーフさんが作業する様子を見つめる。


 ドワーフさんは壊れた床に顔を近づけたかと思うと何かふんふん頷いた様子を見せたり、「ふーむ」「おっ!?」などと独り言を呟いたりしている。やがて一通り見終えるとヴァルキリー様の前に歩み出て、床を指さしながら口を開く。


「こいつはとんでもないのを召喚したのう。そこのカミラ君を襲った少女は自分で『新米エクソシスト』だと言っておったそうじゃな?」


「はい、彼女は私やカミラを一方的に自らの信じる神の敵だとして攻撃してきました」


「だとしたら運が良かったのう。その少女、かなりの強者じゃぞ。エクソシストになる前に、下級とはいえ悪魔を一柱葬り去っておる。人間でこのレベルに到達できる者は、極めて稀じゃ。戦いの女神であるおぬしでなければ、やられていたかもしれんのう」


 え、なんでそんなことわかるの? っていうか、腹井真白のこと知ってるの?


 当たり前のようにヴァルキリー様と話すドワーフさんを見て、そんな疑問が頭に浮かぶ。同じこともカミラを思ったのか、二人で顔を見合わせているとドワーフさんがこちらに向かって得意げにピースサインをしてみせた。


「魔法円を見ればどんな人間が呼び出されたかの『履歴』がわかるんじゃよ。ただし、ワシでなきゃ見逃しちゃうね。ワシだからわかる、超ド級ウルトラ名人ソウルの領域じゃ! どうじゃ、すごいじゃろう!」


 いや、それを自分で言うのはどうかと……


 乾いた返事しかできない私をよそに、カミラが「それで、この床と聖水は直せるの?」と尋ねてみせる。ヴァルキリー様も急かすように「どうなんですか?」と問いかけるが当のドワーフさんは涼しい顔だ。鼻歌交じりにくるりと一回転し、ここぞとばかりにキメ顔を作ってみせる。


「なーに心配ナイ問題ナイドワーフオーライじゃ。ワシにかかればこれぐらい、ちょちょいのちょいじゃよ! まぁ、レディーたちは黙って見ておれ。このワシ、ドワーフの達人技をとくとご覧あれじゃ!」


 そう言うが早いか、ドワーフさんは恐ろしいほどの速さでハンマーをふるう。その光景は傍から見ていればただ連打しているようにしか見えないけれど、デコボコになっていた床はあっという間に補修されていき――呆気に取られている間に、床はもう新築同様のピカピカな姿を取り戻していた。


「っすごい! 聖水の跡もちゃんと消えてるわ! 腹井真白が撒き散らした嫌なオーラも跡形もなく消えてる! すごい! すごいわドワーフ!」

 大はしゃぎするカミラに、ドワーフさんは嬉しそうに頷く。


「うむ、こう素直に喜んでもらえるとワシもやった甲斐があるのう。ヴァルキリー、今回は特別にこの子の笑顔を報酬としてやろう! プライスレスじゃ! 感謝しろ!」


 ……なんかこの人のキャラ、よくわからないな……


 独特のノリについていけず、置いてけぼりにされる私をよそにヴァルキリー複雑な顔を見せる。とはいえ、これで次の勇者召喚は安心してできるようになったわけだ。結局、魔王フェンリルという脅威はまだ去ってないんだよなぁ……と思っているとドワーフさんが「あ、そうそう」と付け加える。


「ついでに、勇者召喚の魔法円もパワーアップしておいたぞ。なんと、今回のアップデートで勇者の近くにいる人間や無生物も一緒に召喚できるようになった! つまり『クラスみんなで異世界転移』とか『異世界でスマホ使い放題』って展開ができるようになったわけじゃ!このおニューな魔法円でどんどん勇者を召喚しちゃってちょーだい!」


 カミラに褒められ、有頂天になっているドワーフさんをヴァルキリー様が「はいはい」と流す。

 ……あれ、結構すごいことしてくれたんじゃない? だってこれからは勇者を複数人召喚とか、軍隊丸ごと召喚とかできるようになったってことだよね? え、ちょ、やばくない? カミラが大喜びするのも無理はないんじゃない?


 今更になってドワーフさんの力を思い知った私の前で、ドワーフさんは細い板のようなものを取り出す。かと思うとそれを笑顔ではしゃぐカミラに、ほいっと投げ渡した。


「君はいい子だから特別にプレゼントじゃ! ワシといつでもどこでも連絡が取れる、全ワシファン垂涎の『ドワーフスマホ』! 超便利アイテムじゃから、持っているときっといいことがあるぞ!」


 いらんわそんなもん!


 やっぱりこの人、変な人だ! 心の中でそう突っ込んでいると、ドワーフさんはいきなり私の方に歩みよってくる。あれ、ひょっとして機嫌を損ねたかな、と動揺する私だったがドワーフさんはいい笑顔を浮かべ、私に親指を立てる。


「ヒルダ君! 君のことはヴァルキリーからよく聞いておる。色々と大変らしいな。じゃが、一言だけ言っておく! このワシ、ドワーフさんからの大事な言葉じゃ! 心して聞くように――」

「っドワーフさん! ヒルダに変なことを吹き込まないでください!」


 私をドワーフさんから遠ざけるように、立ちふさがるヴァルキリー様。ドワーフさんはその勢いに怯んだようだけど、「すまん! 一言だけ言わせてくれ!」と片手を挙げ私にニカッと、笑いかける。


「とにかく信じろ! ワシから言えるのはそれだけじゃ! それじゃあまた、お達者でな!」


 そう言い終えるとドワーフさんはぴょんとジャンプし――次の瞬間には姿が消えていた。

「……まぁ、これで明日からまた勇者召喚の儀をできるようになりましたから。私もこれで、失礼しましょう」

 ヴァルキリー様はそう言って逃げるように姿を消す。……いつも、逃げるように立ち去ってばかりだな。そう思ったけれど、私は落ち着いて静かになった神殿とそこではしゃいでいるカミラを見た。


『とにかく信じろ』


 ドワーフさんのその言葉には、どんな意味が込められているのだろう。

 今回の腹井真白のことは、ドワーフさんも知っていた。だから腹井真白が何を言ったか、カミラやヴァルキリー様をどんな風に扱ったかもたぶん知っているはずだ。ヴァルキリー様から聞いたのか、魔法円を見たからかまではわからないけど……そこで私が迷い、躊躇ったこともお見通しなのではないだろうか。だけど、それでも「信じろ」と言ってくれるのなら私は。


 はしゃぐカミラをじっと見つめる。それからうん、と一度頷くと私は柔らかに微笑んだ。


 私はカミラとヴァルキリー様を信じよう。


 ドワーフさんのお墨付きをもらった私はきゃっきゃとはしゃぐ泣き虫吸血鬼と共に、これからも生きることを密かに誓うのだった。

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