VS.変態
「偉大なる戦いの女神、ヴァルキリー様。恐ろしき魔王フェンリルの復活により、我々人類は危機に瀕しております。どうか女神様の寛大なお慈悲で、我々をお救いください……」
私は跪き、深く頭を垂れて神殿で祈る。
かつて人の世を支配し、多くの犠牲者を出してやっと封印された恐ろしき魔王フェンリル。その復活に立ち向かうべく、聖女である私は女神に祈りを捧げ勇者を召喚してもらおうと思ったんだけど……
昨日の凄まじい悪臭を思い出し、私はうっと顔をしかめる。
もう、あんな人は出でこないよね……?
不安が胸を渦巻く私の前に、鋼の鎧を身に纏った美しい女性が現れる。
腰まで伸ばされた美しい桃色の髪に、透き通った白い肌。涼しげな目元からは女神としての威厳と、人智を越えた神々しさが感じられる。
……心なしか昨日より余裕がないように見えるけれど。
「聖女、ヒルダよ。あなたの望みは聞き入れました。すぐに、勇者召喚の儀を行います」
世界を救う戦いの女神ヴァルキリー様がそう告げた瞬間、神殿の床に大きな魔方円が現れる。円はまばゆい光を放ち、部屋が一瞬光に包まれたかと思うと——私とヴァルキリー様の前に若い男が現れた。
鼻をつんざくような匂いはしない。薄汚い姿をしているわけじゃない。むしろ清潔感があって、全身つるりとした綺麗なゆで卵肌——
「きゃああああああっ!」
叫びながら私は、目を覆う。
召喚された勇者様はほぼ全裸——正確にはブルマを履いているけれど、それ以外は頭にパンツを被っているだけという、とんでもない格好をしていたのだ。
「な、なんだ君たちは!」
「なんだはこっちの台詞です! なんですかその格好は! 変態ですか!?」
「そうだ! 私は変態だ!」
あっさり認められた!
「お、落ち着きなさいヒルダ……異世界の者よ、なぜそのような格好をしているのですか?」
「私はしかるべき場所でルールを守って変態行為を楽しんでいただけだ!」
それってどんな状況!?
「とりあえず、その……こちらで服を用意いたしますので、それを着てはくださらないでしょうか?」
「断る! 私は変態だが節度のある変態だ! それをいきなりこんな所に呼び出されて、はっきり言って迷惑だ! 元の世界に返してくれないのなら、絶対に服は着ない!」
無駄に堂々と、自分の肌を見せつけるようにしながらそう言い切る変態さん。いや、そんなに見せつけられても困ります! っていうかブルマを履くならちゃんとパンツも履いてくださいよ!
「ほぅ、君は若いのにブルマを知っているのか。感心だな、こっちの世界に興味があるのならいつでも歓迎するぞ!」
全然興味ありません! そんな歓迎とかしなくていいですから!
「ヴァルキリー様ぁ……」
助けを求めるようにヴァルキリー様の方を見れば、あれ、ヴァルキリー様も挙動不審になって目を彷徨わせている……女神でもやっぱり、男の人が裸で現れたら困るものなんだ。そう思っていると魔法円がまたしても光り、変態さんを包みこむ。
「そう言うのであれば、あなたは即刻元の世界にお返しいたします! それでは!」
「うむ! そこの君! 変態はいつでも君を待っているぞ!」
待たなくていいです!
そんな私の返事を聞くこともなく変態さんの姿が、神殿から消え去る。
……変態さんは昨日の騎士と違って、特に悪いものを残さなかっただけマシだろう。だけど、世界を救うはずの勇者が現れなかったことに変わりはない。
「次! 次、次ぃ! 次はちゃんとしたの出しますから! また明日、この神殿に来てください! それでは!」
ヴァルキリー様は逃げるように煌びやかな光を纏い、私の前から姿を消す。
……大丈夫かな、この女神様。
不安が渦巻く私の思考を、さっきの変態さんの姿がずっと邪魔をしてよく考えられなかった。