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VS.エクソシスト④

 カミラがヴァルキリー様の作った壁に、思いきり拳を叩き込む。するとそこから亀裂が広がり、派手な音を立てて神殿の床だった壁がガラガラと崩れ落ちていった。


 舞い上がる土煙に咳をしたくなるのを堪え、私は土煙の中から腹井とヴァルキリー様の姿を見つける。2人は戦場の壁が崩れたのに驚いたのか、揃って動きを止めていた。


「腹井真白! こちらを見なさい!」


 懸命に声を張り上げると、交戦中だったらしい腹井がこちらを向く。その顔はやはり美しいが、異様なのは楽しくて仕方がないとでもいうような愉悦に歪んだ笑顔で――思わず怯む私はそれでも、右手を高々と掲げてみせる。


「悪魔だ神の敵だなんて言うけれど、本当はあなたこそが悪魔なんじゃないですか!? そうじゃないなら、これを自分に突き刺してみなさい!」


 私の手に握られたものを見て、腹井が小さく「なぜそれを」と呟くのが見える。やっぱり、この人はこれを知ってる。そう気がついた私はぎゅっと、右手に力を入れた。

 私が手にしているのは細長い針がついた、大きめの錐。ただしその先端は押すと引っ込むインチキグッズ――魔女だと弾劾されたおばあさんを召喚した時、おばあさんが手にしていた魔女刺し具だった。


「これに刺されて、血が出ない女は魔女なのでしょう? 痛みを感じないのなら、問答無用で魔女なのでしょう? そうじゃないと言うなら、これであなたの腕を突き刺してみなさい! 私たちのことを悪魔だ悪の手先だって言うけれど、本当はあなたこそが神の使途のふりをした悪魔なのでしょう! 違うっていうなら、これに刺されてみなさいよ!」


 我ながらむちゃくちゃな理屈を口にしながら、私は魔女刺し具を振り上げたまま腹井に襲いかかる。ヴァルキリー様はそんな私にやめて、と言おうとしたがそれより先に腹井が槍で薙ぎ払うように私の体を叩きのめすのが早かった。


「知っています。それは中世の魔女狩りで使われた道具で、現在では忌むべき歴史の遺物として扱われていますが……なぜあなたがそれを持っているのです?」


 鈍い痛みに呻く私を、腹井は見下すようにしてそう尋ねる。

 私の予想通りだ。腹井は魔女刺し具のことを知っていた。あのおばあさんを苦しめていた人と、腹井は同じタイプなんだ。そんなことをぼんやりと考える私をよそに――ぶんっ、と空気を切るような音がした。


「やっぱり自分たちが間違っていた、って気づいてたんじゃない!」


 言いながら、私の後ろに隠れていたカミラが腹井に向かって鎖を投げつける。槌を先端に巻き付けたそれは鎖鎌の要領で腹井の華奢な体に巻き付き、腹井はその重さにバランスを崩す。そのまま先ほどまでの洗練された動きが嘘のように、「すってんころりん」と派手にその場で尻餅をついた。


「ヴァルキリー様、今です!」

「吸血鬼は人間より怪力なのよバーカ!」


 私の声――カミラの罵声と被ってしまったが、それは聞かなかったことにする――に反応し、ヴァルキリー様は咄嗟に態勢を立て直して魔力を込める。現れたのはいつもより小さな魔法円だが、腹井1人を追い返すならこれで十分だ。鎖で動けなくなったまま、魔法の光に包まれた腹井は敗北を認めたのかあっさりと抵抗を止めた。代わりに舌打ちをすると、忌々し気に私を睨み付けて捨て台詞を吐く。


「……あなたはなぜ、吸血鬼や紛い物の神を信じるのですか? 彼らは悪しき者で、あなたを利用するために一緒にいるのかもしれない。彼らは悪しき者なのですよ? あなたはきっといつか、後悔します。この者たちはみんな、悪魔の手先です。あなたを騙しているのですよ」


 そんなことあるわけない、と言い返そうとする前に腹井の姿は消えて神殿に静寂が戻った。先ほどまでの戦闘が嘘のように思える静けさと、その一方で凄まじい戦いが確かにあったと裏付ける荒れ果てた神殿。良かった、なんとか腹井は追い返せた……そう悟るとぷつん、と緊張の糸が切れて私はその場にへたり込む。そんな私の元へカミラとヴァルキリー様が、飛びつくかのような勢いで駆けてきた。


「やった! やったわヒルダ! エクソシストを追い返すなんてすごいじゃない!」

「ヒルダもカミラもお怪我はありませんか? どこか痛いところは?」


 カミラは嬉しそうに、ヴァルキリー様は心配そうにそう言ってくるのを聞いて私は徐々に自分の日常が戻ってくるのを感じる。良かった、これでとにかく「腹井真白」という脅威は退けたのだ。


 ……だけど、腹井の言葉は私の胸の中で、小さなしこりとなって引っかかってくる。


『あなたはきっといつか、後悔します。この者たちはみんな、悪魔の手先です。あなたを騙しているのですよ』


 いや、そんなことはありえない。カミラもヴァルキリー様も、私のことを大切にしてくれる優しい人たちだ。悪魔の手先でも、私を騙していることもない。だってそうでなければこうやって、私と一緒にろくでもない勇者に立ち向かって戦うことなんてないのだから。


 女神としての威厳を思い出したのか急にかしこまって「勇敢な行いを讃えましょう」なんて言い出すヴァルキリー様へ「でもこの壊れた神殿どーすんのよ」とカミラが突っ込む。それにしどろもどろになるヴァルキリー様を、カミラが茶化して子どもみたいなやりとりが応酬される。


 そんな私にとっての当たり前で、日常茶飯事な光景を前にし――私はそっと、「大丈夫」と自分に言い聞かせて息をつくのだった。

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