VS.エクソシスト②
カミラは震えながらも必死に立ち上がり、涙目で腹井をしっかりと睨み付ける。腰が引けたその姿は恐怖一色に染まっているが、それに立ち向かうようにカミラは必死に口を開く。
「確かにヴァルキリー様はドジでまぬけでおっちょこちょいでだけど、優しいしこの世界をなんとかしようといつも頑張ってくれてるわ! だいたいアンタたちの言う『神』なんて偉そうな口をきくばかりで、ちっとも世界を救おうとしないじゃない! アンタたちはその『神様』の名前を利用して、私たちを虐めて楽しんでるんだわ! 本物の『悪魔』はアンタたちの方よ!」
だからヴァルキリー様は、ヒルダは何も間違っていない!
そう言い切るカミラに、腹井はピクリと片眉を上げる。しかしそれを一瞬で終えるとすっと無表情になり、ヴァルキリー様の方へと槍を向けた。
「私たち人間が信じる真の神は唯一無二の、絶対的な存在です。ですからこんな女が神を名乗るのは間違っています。あなたたちは皆、悪魔の下僕。そんなあなた方はこの私が全て、祓ってしまいましょう」
それから腹井は再び、槍を振り回そうとするが今度はヴァルキリー様が早かった。鎧を身に纏っているのを武器にし腹井の間合いへと入り込み、槍を掴んでいる腹井の腕に手刀を叩き落す。だが腹井はそれを見越していたのか体を引き、槍を左手に隠し持つようにすると右足をヴァルキリー様の顔に向かって蹴り上げた。ヴァルキリー様は顔を背けギリギリ避けることができたが、代わりに再び腹井から距離を取られてしまう。
「ヴァルキリー様!」
思わず名前を叫べば、ヴァルキリー様と同時に腹井もこちらへと向かってくる。聖水や十字架はともかく、槍の攻撃を受ければ私も無傷ではいられない。咄嗟に両手で自分の体を守るように抱きかかえるが、その前に神殿の床が隆起して私とカミラを守る壁となり立ち塞がった。
「あらあら、邪教の神は私をこの世界から逃がさないつもりなのでしょうか? 今の攻撃で私をこの世界に呼び出した、魔法円は崩れてしまったでしょう?」
「魔法円なら、新たに敷きなおすことができます。それよりも今はあなたを、勇者ならざる人間を聖女に近づけるわけにはいきません。私を信じてくれる聖女たちを、害そうとするのであれば例え聖女たちと同じ人間であってもそれを許すわけにはいかないのです」
「まぁ、ずいぶん嫌われたものですね。エクソシストとしては、神の敵に厭われることはそれだけ自分に聖なる力が宿っているということの証明となので大変に名誉なことですが」
大して困った様子も、驚いた様子もない腹井はそのまま壁の向こうで再びヴァルキリー様と交戦する選択を取ったようだ。けれど神殿の床によって遮られたその光景を、私は見ることができない。
ヴァルキリー様は女神だからエクソシストとはいえ人間に負けることはないだろう。現に臭い騎士だってエイリアンだって、ヴァルキリー様があっさり倒してきた。
だけど――もし本当に腹井の言う通り、ヴァルキリー様が本当の神様でなかったとしたら?
腹井は完全にヴァルキリー様とカミラを殺しにかかっている。その中に私が含まれている可能性だってゼロではないだろう。仮に腹井が私を見逃してくれたとしても、カミラとヴァルキリー様がいなくなってしまうなんて――
ぞっと背中に悪寒が走るのを感じながら、私はそれを振り払うようにカミラの方へと向き直る。カミラはやっぱり泣きだしそうな顔をしながら、生まれたての子羊のようにブルブルと震えている。だけど――それでも目の前の危機に背中を見せて、逃げ出すような真似はしない。あわあわと慌てふためきながら、それでもカミラは私に問いかける。
「ヒルダ! アイツどうするの? いくらヴァルキリー様が超強くてもアイツなんかヤバいわよ!? いつもみたいに魔法で強制送還とかできないの!?」
周りの人間がオロオロしていると、かえって自分は冷静になるものだ。泣き虫吸血鬼カミラが涙を流すのを必死で我慢し、それでも挙動不審になっている姿を見れば自然と落ち着いてくる。冷静になった私はとにかく、現状を分析してみる。
「ヴァルキリー様が戦っている間は難しいわ。なんとかしてあの勇者の目を引いて、ヴァルキリー様にまた魔法円を敷きなおしてもらわないと……」
とはいえ、どうすればそんなことができる?
少なくともカミラにそれはできない。弱点を知られすぎている以上、返り討ちに遭うに決まっているからだ。でも私だって、武器になるようなものは何一つ持っていない。この神殿にあるもので、何か武器になりそうなものはないか……
「そういえばカミラ、前にソファを出してくつろいでたよね? あれと似たようなもの、どこかにしまってないの?」
「あ、あれなら神殿の奥の倉庫にしまってあるわ。他にも色々しまってるみたいだけど……あれで、どうやってアイツを倒すのよ」
それは、わからない。
けれどヴァルキリー様が戦ってくれているのに、私とカミラだけ黙っているわけにはいかない。何か、何かしなければ。その焦燥感にかられた私は「とにかく行ってみよう」とカミラに提案し、足早に神殿の奥へと向かうのだった。