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VS.バンドマン

「ヴァルキリー様。勇者を召喚してください、お願いします」


 もうつらつら祈りの言葉を並べるのも面倒になってきた私は、必要事項だけを口にした事務的な祈りを捧げる。一応、姿勢だけはいつも通りの跪いて両手を組むTHE・聖女ポーズだがカミラに至ってはソファ(どこから持ってきたのかいつの間にか神殿にあった)でごろ寝して「お願いしまーす」とだらけた様子で口にしている。


「ちょ、聖女ヒルダに吸血鬼カミラ! 女神を呼ぶならもっとこう、ちゃんとしなさい!」


 完全にやる気をなくした調子の私たちを叱り飛ばすようにヴァルキリー様がそう言って、姿を見せる。鋼の鎧を着けたその姿だけは相変わらず神聖なオーラを放っているけど、そこにもう初期の煌びやかさは存在しない。それを裏付けるようにカミラはゴロゴロとしながら、ヴァルキリー様に向かって反論してみせる。


「ちゃんとって言ったって、ここ最近はずっと人間に虐げられる者ばかり呼び出してるじゃない。同じ人間にすら勝てない奴が、魔王になんて敵うはずないでしょ? せめて私ぐらいのを召喚してみないと説得力ないわよ。私、日が落ちたらすごいんだから」


 今のところカミラはびえんびえん泣いてばっかりなのに、どこからそんな自信が湧いて出てくるのだろう。


 そう思ったけれど、それを正直に口に出したらカミラは絶対に傷つくので言わないでおくことにする。実際、ヴァルキリー様の召喚が失敗続きなのも確かなのだ。ヴァルキリー様は「うっ……」と言葉に詰まった後、私たちの疑念を振り払うように声高に宣言する。


「今日は、今日こそは大丈夫です! 出でよ勇者!」


 途端に神殿の床で魔法円が光って、その中心から異世界からやってきた勇者が姿を現す――


「Ahhhhhhhhhhhh!」


 ぎゃああああああ!?


 大音量のデスボイスに私は思わず耳を塞ぐ。カミラとヴァルキリー様も驚いてひっくり返ってしまったが、私はキーンとなる頭を押さえてその勇者の姿を観察する。


 髪をハリネズミのように尖らせ、肌は真っ白――色白なのではなく本当に「白」で塗りたくった顔に、片目を取り囲むような星のメイク。着ているのはトゲトゲがたくさんついた真っ黒な服で、真ん中には大きな十字架が印刷されている。


「な、なんだ? 俺は今、ライブ中で……」

「い、異世界から来た勇者様。あなたを呼び出してもらったのは私、聖女ヒルダです。どうか魔王フェンリルを……」

「え、いや、すいませんちょっと待ってください。他のバンドの方でしょうか? 俺、あ、いや僕は『黒薔薇十字団』のボーカル担当で、今日は初ライブだったのですが……ここは、どこですか? ライブ会場の演出とかじゃないですよね?」


 ……すっごい早口で捲し立てるけど、意外に丁寧な人だ。私やヴァルキリー様を不安げに見まわし、低姿勢で接するその姿はとてもさっきの凄まじい声を放った人と同じとは思えない。人間、はっちゃけて見えてる人ほど根は真面目だったりするのかな、なんて思っていると今度は別の絶叫が聞こえてきた。


「嫌ぁぁぁぁぁ! 十字架怖ぃぃぃぃぃっ!」


 聞き慣れたその声は、ソファの後ろに縮こまって震えているカミラのものだ。あぁ、確かカミラって十字架も苦手って言ってたもんね。私はびくびくするカミラとオロオロする男の人の間で、どうしようと思いながらヴァルキリー様の方を見る。ヴァルキリー様はさっきのシャウトでまだ頭がクラクラしているのか、この混乱した状況を理解するのにちょっと時間がかかったようだ。けれど困ったように立ち尽くす私と異世界からの勇者、そして恐怖に震えているカミラを見て一応は冷静さを取り戻し女神らしい堂々とした口調で告げる。


「異世界から現れし十字架を身に纏った勇者よ。私たちの世界では魔王フェンリルが復活し、世界を飲み込もうとしております。ですからどうかその牙を打ち砕き、この世界を守ってほしいのです。神として、あなたのサポートは全面的にいたします。ですのでどうか、魔王フェンリルと戦ってください……」

「え、嫌です。っていうかせっかくライブ開催までこぎつけたんだから、早く俺を元の世界に戻してください。異世界の危機より、『黒薔薇十字団』解散の危機の方が俺にとっては大事なんです」


 即答!


 一切の反論を許さず、きっぱりと答えた勇者に今度はカミラが噛みつくように叫ぶ。


「私も反対よこんな奴! 十字架怖いもん! 絶対に嫌! とっとと元の世界に帰して!」

「ちょっと、これは俺が練習の間にせっせとバイトしてやっと手に入れたステージ衣装なんですからそんな言い方しないでください! それに十字架っていってもこれはあくまでモチーフで、宗教的な意味合いは……」

「いいから帰ってよ!」


 こちらも一切、相手の話を聞かず一刀両断するカミラに異世界からの勇者はむっとした表情をする。火花がバチバチと散り、喧嘩が始まりそうな空気を感じ取ったのかヴァルキリー様は再び魔法円を発動させた。男の人の姿が消えるのを確認すると、私はそっとカミラに寄り添う。


「ほら、カミラ。もう十字架の人は消えたよ。怖くないから、安心して」

「十字架なんて言わないでよ! 口にするだけで私にとってはもう、ものすごく怖いんだから! うわああああん! なんであんなの呼び出すのよヴァルキリー様のバカバカバカぁっ!」


 子どもみたいに駄々をこね、泣き出すカミラにヴァルキリー様がカチンとした表情を見せる。


「『せめて私ぐらいのを召喚して』って言ったのはカミラでしょう! それにバカなのはバカって言う方なんですからね! 私じゃなくてカミラがバカです!」


 いや、こっちも子どもか!


 ふんぞり返って腕を組んで見せたかと思うと、拗ねたような口調で言い返すヴァルキリー様。カミラはと言うとそれを聞いてますます大泣きし、先ほどの勇者の声に負けないほどの音量でぎゃんぎゃん泣き喚く。


 ……この世界と私は一体、いつになったら救われるの……?


 今日1日でかなり負担がかかった耳をよそに、私は気が遠くなっていくのを感じるのだった。

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