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VS.ババア

「美しく強大な力を持った我らが女神、ヴァルキリー様。その凄まじい力を使い、どうか我々人間をお救いください。魔王フェンリルの侵略から人々を守り、この世界を平和へと導いてください……」


 跪き、熱心にそう祈りを捧げるのは聖女である私がこの世界の平和を願っているため。決して、昨日の幽霊を蹴り飛ばしてしまったことへの罪悪感からそうしているわけではない。けれどカミラはそんな私を疑うように、ジトッとした目のまま何も言わずに私の隣で体育座りをしている。


「あぁ、ヴァルキリー様、ヴァルキリー様。どうか、どうか今回は魔王フェンリルを倒せる勇者をこの世界にお呼びくださいまし……」


 カミラの疑念を振り払うように、やや声を大きくして私はそうお願いし続ける。やがてそんな私を見かねたように、美しい桃色の髪を持った勇ましい姿の女神が現れた。


「聖女ヒルダと吸血鬼カミラよ、安心なさい。今日は勇者を召喚します。大丈夫です……たぶん」


 ボソッと心もとない一言が最後に加わったが、それでもヴァルキリー様は神殿に光を漲らせ魔法円を発動させる。カミラがその光を見て溜め息交じりに「もう飽きてきたわ……」なんて呟いたのは、聞かなかったことにしよう。そうして、光が消えるとそこには異世界から現れた来訪者の姿があった。


「……ふぁ?」


 異世界やって来たその人は、眠たげにそう尋ねる。白い髪は生まれついてのものではなく、加齢による変化が原因だろう。皺のよった肌に、曲がった背中。何か食べているわけでもないのに、もごもごと動く口元。


「お、おばあちゃん?」


 そう口にしてみるものの、もともと孤児だった私に親族は存在しない。ゆえにこの人が私の祖母なんてことはなく――ただの見知らぬ老婆は私の言葉が聞き取りづらかったのか、「なんだって?」と私の言葉を聞き返す。


 ……もうこの時点ですごくダメな気がしたが、ヴァルキリー様は女神である自分の仕事を果たすためか一応、老婆へと話しかける。


「よくぞ参りました、異世界からの勇者。私は戦いの女神・ヴァルキリー。あなたに魔王フェンリルを打ち倒し、この世界を救っていただくために異世界からこの場所へと呼び寄せました……」

「ふぁ?」


「えっと、この世界は魔王フェンリルによって危機に瀕しています。だから異世界から来た勇者であるあなたに、この世界を救っていただきたいのです」

「ふぁ?」


「っこの世界は! フェンリルのせいで大変なんです! 助けてください!」

「……ふぁ?」


 何度同じことを口にしても、理解できないらしい老婆にヴァルキリー様は「あぁもう!」とイライラした様子を見せる。とっくに色々と諦めていた私はそんな2人を見て漠然と思考放棄していたら、カミラが「ちょっと」と割って入った。


「おばあさん、それ、手に持ってるの。まさか魔女刺し具?」


 言いながらカミラは恐る恐る、その皺だらけの手に握られた針のようなものを手に取る。老婆も「魔女」という単語に反応し、途端に顔を真っ青にした。


「ア、アタシは魔女なんかではありません。黒猫は一人暮らしで寂しいから、野良だったのに餌をやっていただけです。花や薬草の知識は薬師をやっていた母から受け継いだもので、悪魔とは何の関係もございません。どうか、どうかお許しくださいっ……」


 急に怯え出した老婆に、ヴァルキリー様も怪訝な顔を見せる。私もわけがわからず、何と言っていいかわからずにいるとカミラが私たちに説明を始める。


「これは、魔女刺し具。人間どもが『これを刺して血が出ない奴は魔女だ』って言って殺そうとするの。私もお姉ちゃんも、刺されたことがあるわ。けれど……」


 カミラが針の先端を、自分の指に突き刺してみる。すると傷つけるはずのそれはいとも簡単に引っ込み、カミラの指には傷一つつくことがなかった。


「何これ、インチキじゃない!」

「そう、これは人間が『魔女』をでっちあげるために作ったガラクタよ。だけど、これを使って『魔女』ってことにされたらもう殺されるしか道はないのよ。人間でも魔物でも……」


 カミラは悔しそうに呟き、魔女刺し具を破壊する。呆気なく壊れたのは、ただ単にカミラの握力が強いせいだろう。だけど私はいとも簡単に壊れたそれに、人間の愚かさを見せつけられたような気がした。


 カミラが元いた世界――私にとっての異世界にはおそらく、ヴァルキリー様ではない神がいる。だけどそれに敵対するからと言って誰かを一方的に虐げ、奪うのはいつもその世界の人間だ。小人も人魚も、そして吸血鬼のカミラも。「神の敵だから」という大義名分を振りかざした人間たちによる、一方的な暴虐の犠牲者たち。その魔の手が、自分たちと同じであるはずの人間にすら向けられている……愕然とする私と、歯ぎしりをするカミラ。そんな私たちを、そして恐怖におののく老婆を慰めるように口を開いたのはヴァルキリー様だった。


「オーディン……この世界の神から聞いたことがあります。無実の女性を『魔女』と騒ぎ立て、拷問の末に殺す『魔女狩り』という風習……あなたはその、犠牲に遭うところだったのですね」

「ひぃぃぃっ、お許しください、お許しください……」

「ご安心ください。神なる私の力であなたを元の世界の、別の場所に戻して差し上げます。あなたが平和に暮らせるよう、周囲の人間の記憶を操作しましょう。ですからどうか、安心してください」

「本当ですか!? あぁ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 安堵のあまりハラハラと涙を流し始めた老婆に、ヴァルキリー様は優しく微笑みかける。次の瞬間には老婆の姿が消え、後には私たち3人と刃物としては全く役に立たないのに人を傷つける魔女刺し具だけが残った。


「せめて、あの方にあちらの世界の神の加護があることを祈りましょう」


 あちらの世界の神がどうであるかはさておき、「女神」としてあの老婆を救ったヴァルキリー様はそう言い残して私たちの前から消え去った。



 ……ちょっと待って。

 なんか話まとまったみたいな空気になってるけど、結局勇者は召喚できてないじゃん!


 そう叫ぼうとした私だが、凄まじい勢いで泣き始めたカミラにそれを阻止される。


「結局、人間が1番悪いのよ! 人間のバカ! 人間のバカ! 人間のバカあああああ!」


 吸血鬼である彼女がジタバタしたら、魔女刺し具だけでなくこの神殿も壊されてしまう。聖女としてそんな事態を起こすわけにはいかない、と私はなんとかカミラをあやそうとしてみせる。


 とりあえず、仕方がないからヴァルキリー様へのツッコミは心の中へ引っ込めておこう。そう思いながらも私は、がっくりと肩を落としてしまうのだった。

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