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VS.人魚

「ヴァルキリー様、ヴァルキリー様。そろそろ勇者を召喚してください、お願いします」

「お願いしまーす」


 いつも通り、お祈りポーズでカミラと一緒に並んでいるとやっぱりまたヴァルキリー様が現れる。だけどその表情はどこか浮かず、ジトッとしているようだ。


「……2人とも。祈りの言葉がだいぶ、短くなってきてませんか?」


「そんなことはないです」

「ヴァルキリー様の気のせいよ」


 カミラと一緒にそう口にするが、ヴァルキリー様は納得していないのか不満げな顔だ。それでも一応、魔法円を発動させるとやっぱり見慣れた光が神殿を包み込む。するとそこには異世界から召還された人らしきものがいたのだが……


「ヤダ、コイツ人魚じゃない!」


 カミラの言葉に私は目をむく。


 現れたのはウェーブのかかった青緑色の髪が印象的な、だけどそれ以外はごく普通の女性。しかし異様なのは――その下半身。本来ならへそがある辺りであろうそこは銀の鱗で覆われ、魚の下半身がくっついているのだ。人形の上半身をもぎ取り、魚の模型を無理やりくっつけたようなその姿……加えて彼女はさっきから口をパクパクとさせながら、何かを必死に訴えている。


「ズッ……ザッ……シシザ……ズズジッ……」


え? 何? これ何語?


息苦しそうに、自分の喉や体を押さえながらのたうち回る異世界の勇者。そんな彼女の様子に一番早く対応したのは、人外の存在に詳しいカミラだった。


「ヴァルキリー様! 早く水と浴槽を用意して! 人魚は水の中か、水辺にいないとすぐ干からびちゃうの! だからお願い、早くして!」


 カミラのテキパキとした指示に、私とヴァルキリー様は慌てて動く。


 ヴァルキリー様が魔法で浴槽を出すと、その中にどこからともなく水が湧き出てきた。

 海水とか淡水とか大丈夫なのかな? と思った私の疑問をよそにカミラが人魚さんを抱きかかえ、浴槽の中に素早く浸からせる。そうしてやっと元気になった人魚さんは水を得た魚のように——まぁ魚じゃなくて人魚だけど——硝子細工のように美しい声で、不思議な言葉を口にした。


「『私の名前はセイです。私には双子の姉妹、サイがいます。私たちは人魚の縄張りにい入ろうとする人間たちを歌で操り、人間を遠ざける仕事をしています。だから、お願いします。早く私を元の世界に戻してください』……だって」


カミラの通訳に、私とヴァルキリー様は顔を見合わせる。


 また、このパターンか。私は心の中で溜め息をつくが、それを隠すように人魚のセイさんからそっと目を逸らす。


 わかっている。召還された人——なんか「人」じゃない相手が多い気もするがそれは置いといて——は大概、私たちの世界の危機をなんとかしようとはしてくれない。それどころか人間と敵対する相手ばかりで、私たちの協力に応じてくれそうな人なんて全くいないのが実情だ。


 ……このまま、勇者召還の儀を続けていいものなのだろうか。そう考える私の前で人魚・セイはやたらザやジの多い明るい声で話しかけてくる。人魚の言葉がわからない私には、何を言っているのかさっぱり理解できない。だけど、そんな私に代わりにカミラがまた通訳をしてくれた。


「とりあえず今回は元の世界に戻してもらうけど、そんなに暗い顔しないでって。代わりに今から楽しい歌を歌ってくれるらしいよ」


 カミラに姿勢で促されたセイは一度頷くと、思い切り深呼吸をする。そして——


 神殿を、信じられないほどの美声が包んだ。


 ◇


「人魚の歌声には人を惑わす力があるのよ。今回はそれを、ヴァルキリー様とヒルダを励ますのに使ってくれたみたい。自分たちの状況が良くなったらまた歌いに来てもいいからその時はよろしく、だって」


 あまりに素晴らしい歌声にうっとりしていたヴァルキリー様をせっつき、元の世界に戻った人魚。未だ夢心地から抜けられない私に、カミラは人魚が最後に何を言ったのかを話してくれた。


「あの子は、人間が嫌いなのかな」


 ふと零れた私の言葉を、カミラが「そうね」と素っ気ない返事をする。


「人間って、自分たちと違う生き物をとっても嫌うみたいだから。私もヒルダに出会わなければ、人間がずっと嫌いだったと思うわ」


 でも、とカミラは続ける。


「ヒルダとヴァルキリー様に出会って、そうでもないかもって思うようになったし。だからきっと、大丈夫よ」


 儚げに笑うカミラの目には、慈愛の念が籠もっているように見える。私はそんなカミラの目つきがなぜだか切なくて、小さな声で「ありがとう」と呟くしかできなかった。

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