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VS.小人

「偉大なる戦いの女神、ヴァルキリー様。恐ろしき魔王フェンリルから世界を守るために、どうか勇者を召還してください……」

「私からも、お願いします……」


 聖女らしくきちんと祈りのポーズを取る私の横で、カミラが私の真似をして一応、祈る姿勢を見せる。この姿だけ見れば立派なんだけど、カミラって本人が言うには「神に敵対する者」なんだよね。……カミラが元いた世界の神様って、どんな存在だったんだろう。そう考える私の前に鋼の鎧を身に纏った美しい女神・ヴァルキリー様が現れる。


「聖女ヒルダに吸血鬼カミラ、あなた方の願いは聞き入れました。すぐに、勇者召喚の儀を行います」


 あ、カミラもカウントされるようになった。


 心なしかちょっと嬉しそうな顔をしたように見えるカミラを前に、毎度お馴染みの魔法円が現れる。その光が消えた後には、異世界から召還された勇者が——


「あれ? いない?」


 私はそう呟き、辺りをきょろきょろと見回す。


 いつもなら魔法円の光が消えた後、異世界から現れた人——たまに人じゃないのが出てくることもあるけど、それは置いといて——の姿が見えるはずだ。だけど神殿には私とカミラ、それからヴァルキリー様以外誰の姿も見当たらない。


「ちょっとヒルダ、下見て。下」


 カミラにそう促され、視線を神殿の床に向けると。そこには片手の平に収まってしまうぐらいの、小さな少年がいた。


「コイツ、小人族だわ。何か言ってるみたいだけど、小さくて聞き取れないみたい」


 カミラの言葉を聞きながら私は改めて、小さな少年の姿を観察する。


 少年は焦げ茶色の髪をポニーテールにして、緑色の服を着ている。その姿はおとぎ話に出てくる妖精さんみたいでとても可愛らしいが、手には禍々しい形の剣が握られていて私たちに向かって警戒するようにそれを構えていた。口元を動かしているから何か言っていることは確かなのだけど、何を言っているのかわからない。


 2人して首を傾げる私とカミラをよそに、ヴァルキリー様がそっとこちらへ歩み寄り少年に顔を近づける。小人の少年は思い切り剣を振り回すが、ヴァルキリー様は気にしていないようだ。そのまま何回か頷くと、ヴァルキリー様は「なるほど」と納得したような顔を見せる。


「彼は小人族の勇者で、自分たちの土地を守るために戦っていたそうです。なんでも小人族の中では自分が最も強く、『小人族の救世主』とも呼ばれる存在なのだと。この剣も限られた者のみに授けられる、特別なもののようですね」


 つまり、ヴァルキリー様は今度こそ正真正銘の「勇者」を召還してみせたわけだ。もっとも、そのサイズが小さすぎるというのが問題だけど……


 今回もダメじゃん、と肩を落とす私の横でカミラが沈痛な面持ちで小人の勇者を見つめている。それから私に向かって弁明するように、穏やかに口を開く。


「小人族は犬猫に食べられることもあるけど、人間の子どもにオモチャ扱いでなぶり殺しにされることが1番多いってお姉ちゃんが言ってたわ。だから私たち吸血鬼みたいな人間に近い姿をしている生き物にも心を開いてくれず自分たちだけの集落を作って必死に生きてるって……コイツもきっと、その1人なのよ」


 カミラの言う通りです、とヴァルキリー様が話を引き継ぐ。


「この勇者も今日、自分たちの住処を人間の子どもに見つかって戦っていた最中なのだそうです。だから早く元の世界に帰してほしい、早くしないと自分の仲間たちが皆殺しにされてしまうと……」


 ヴァルキリー様にそう言われた私は、再び小人の勇者に目を向ける。彼は落ち着いたのか剣を振り回すのはやめたが、未だ警戒態勢を取ったままだ。けれどその顔つきを見れば、焦りとともに悲しみや怒りといった表情が透けて見える。カミラとヴァルキリー様の言う通り、この小人の勇者は今、自分たちの居場所を守るために必死なのだ。


「……わかりました。ヴァルキリー様、この人を元の世界に帰してあげてください」


 小人の勇者の置かれている状況に息をのみ、それを受け止めた私はきっぱりとそう告げる。ヴァルキリー様は心得た、とばかりに力強く頷くと魔法円を発動させた。小人の勇者の姿は一瞬で消え去り、あとには私たち3人だけが神殿に残される。


「アイツらも、人間には苦労してるのよ」


 ポロッと、零したようなカミラの呟きは神殿の中で静かに響き消えていった。

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