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VS.中世の騎士

「偉大なる戦いの女神、ヴァルキリー様。恐ろしき魔王フェンリルの復活により、我々人類は危機に瀕しております。どうか女神様の寛大なお慈悲で、我々をお救いください……」

 黒い髪を後ろで二つ結びにし、聖女となった者に与えられる空色のワンピースを身に纏った私は神殿で跪く。手を組み、深く頭を垂れると私はひたすら祈る。


 かつて人の世を支配し、多くの犠牲者を出してやっと封印された恐ろしき魔王フェンリル。その復活に立ち向かい世界を守るべく、聖女である私は女神様に向かって真摯に祈りを捧げていた。


 伝説では世界が危機に瀕した時、女神ヴァルキリー様は異世界から偉大な勇者を見つけ私たちの世界に召喚してくださるという。必死で祈る私の呼びかけに応えるように、鋼の鎧を身に纏った美しい女性が現れる。


 腰まで伸ばされた美しい桃色の髪に、透き通った白い肌。涼しげな目元からは女神としての威厳と、人智を越えた神々しさが感じられる。


 この方こそ、世界を救う戦いの女神ヴァルキリー様だ。その美しい姿に見とれながら恭しく頭を下げると、ヴァルキリー様は私にゆっくりと微笑みかける。

「聖女、ヒルダよ。あなたの望みは聞き入れました。すぐに、勇者召喚の儀を行います」


 ヴァルキリー様がそう告げた瞬間、神殿の床に大きな魔方円が現れる。円はまばゆい光を放ち、部屋が一瞬光に包まれたかと思うと——青い鎧を纏った騎士が、私とヴァルキリー様の前に現れた。


 やった、世界を救う勇者様が現れたんだ! 歓喜に震える私はキョロキョロと辺りを見回す騎士に、近寄ろうとする。


「よくぞお越しくださいました勇者様! どうかこの世界をお救い……!?」


 私はそこまで口にして、うっと立ち止まる。


 何この匂い!? 臭い! 臭い! ものすごく臭い!


 見れば騎士は肌も鎧も薄汚れていて、とんでもない悪臭がぷんぷん漂っている。まるで腐った魚のような、強烈な匂い……その上、髪からはシラミがぴょんぴょんと飛び出ている! ヤバい、いくら何でも汚すぎる……!!


「ヴァ、ヴァルキリー様、これは……!?」

「落ち着きなさいヒルダ……勇者よ、この世界の説明は後です。とりあえず、先に入浴をなさってはいかがでしょう……?」

「風呂だと? そんなものに入ったら皮膚を覆う保護膜から病原菌が入ってしまうではないか! だいたい、入浴は異教徒の不謹慎でけしからん風習じゃ! ワシはそんなこと、生まれてからただの一度もしたことがない!」


 うげぇ。ということはこの騎士、生まれてから今までずっとお風呂に入ったことがないということ……!?


 もはや隠すこともなく鼻をつまみ、後ずさる私の方を騎士がちらりと見る。かと思うとその汚れた肌に埋もれた目が、にんまりと嫌な形をして笑った。


「しかし小娘……よく見れば美しい顔をしているではないか……」


 値踏みするように頭のてっぺんから爪先をじろじろ見つめると、騎士は私の方へと近づいてくる。


「決めた! 小娘、お前を我が城の小間使いにしてやろう! 存分に可愛がってやろうではないか!」


 ずんずんと私の方に近づいてくる。歩いてくる度に凄まじい匂いが、ぐぇっ、臭い! 悪臭の元が近寄ってくる! こっちに来ないでぇぇぇっ!


 下品な笑みを浮かべた騎士が、私に向かって手を伸ばそうとしたその時。


「うちの聖女に触るなボケェェェ!」

「ぐふぇっ!?」


 騎士の頬に強烈な右ストレートが入り、神殿の奥へと吹っ飛ばされる。カツラとか歯とか色々飛び散ったけれど、いずれもやっぱり汚くて凄まじい悪臭を放つものばかりだ。思わず吐き気を催し、うっとその場に蹲ると再び魔法円が眩しく光る。


「汚い騎士はいりません! 元の世界にお返しします!」


 ヴァルキリー様がそう怒鳴りつけると、神殿から騎士の姿が消える。どうやら彼は、元いた世界に強制送還されたようだ。


 ……まだ匂いは残ってるけど。うげっ。


 思いっきりしかめ面をするヴァルキリー様に、私はおずおずと話しかける。


「あのー……ヴァルキリー様?」

「っ次! 次こそはきちんとした勇者をお呼びします! なのであなたはまた明日、この神殿に来てください! それではっ!」


 言うが早いかヴァルキリー様は煌びやかな光に包まれて、空に消える。どうやら神様のいる世界に帰っていったようだ。


 ……世界を救う勇者、現れるかな。ヴァルキリー様、次こそは大丈夫だよね?


 そう思いながら私はひとまず未だ残る悪臭を消し去るために、掃除道具を取りに行こうと決めたのだった。



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