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過去編的な

 真堂琉生が、初めて荒谷祈織にあったのは、幼少期を過した歓楽街の寂れた公園だ。

 2人とも9歳ではあったが、無邪気に遊具で遊ぶような子供ではなかった。

 琉生は、母の顔を知らず、父も物心着く前の彼をキャバクラの支配人に渡して姿を消した。歳の割に大人びていたのはそのせいである。

 外国人だったらしい父親の色を引き継いだ褐色の肌と金色の髪は、当時は気にならなかった。というのも、周りにいたのは異国から来たものの首が回らなくなった女性たちが多い場所だったからだ。

 彼女達が、母国の家族を思いながら育てた事で、琉生は色々な国の言葉を知り、知識を得た。

 店に出て客を取ることはしなかったが、時たま客の話し相手になる事もあった。そのため夜に自由はなかったが、昼は心配した母親たちが外に遊びに行くようにと自由にさせてくれたのだ。


◇◇◇


「痛そう」

 その日は、一等寒い日だったのに、1番日陰にあるベンチで、綺麗な着物を着た真っ白い少女が蹲っていたから声をかけた。

「……いたくないもん」

 長い前髪で顔は見えないが、あからさまな嘘だと思った。少女の指は真っ赤に腫れ上がり、覗いている腕や首の周りには痣が見える。それに、下駄が擦り切れたのか素足も細かい傷が至る所にできていたのだ。

「おいで、手当してあげるから」

 琉生に比べると、おかしいくらい白い肌の少女は大人しく手を引かれて後ろを歩く。磨けば雪のように美しい髪は、艶をなくしているし、握った手は豆やタコが潰れた跡で固くなっていた。

 大変な子を拾ってしまったが、母親たちと似た空気を持つこの子を放ってはおけなかったのだ。

「痛いのはさ、痛いって言わなきゃ気づけないし、怖いのも辛いのも結局言わなきゃ気がついて貰えないんだってさ」

 無言で歩くのが苦痛になって、彼は道中少女に話しかけ続けた。それは、彼が学んできたことであったり、近頃体験した面白かった話でもあった。

「家族はえらべないし、環境も選択肢がほとんど無くても、多少はマシになれるように努力するしかないんだって」

 少女はただ無言で聞いていて、気になる話題は握った手が少し動かす。それを読み取って、その話題を広げると、ただ頷くのだ。


◇◇◇


「オーナー。ちょっと怪我してる子見つけたから、手当だけするね」

 母親たちが寝てる居住区には連れて行けないから、育ての親に当たるオーナーがいる店にある救急箱をとりだす。

 オーナーも、琉生に似た色を持った男で、父の友人だったらしい。後暗い組織に身を置いていることは、何となく分かっているが、引き入れようとは決してしないところが好きだった。

「チビ、お前サカってんじゃねぇーぞ……嬢ちゃん、こいつに優しくされたからって惚れちゃダメだぜ? ろくな男になんてなれやしないからな」

「サカってなんかないよ。女の子には優しくって、みんな言うじゃん」

 たまたまいたらしい黒服が、頭を乱雑に撫でてくる。正面に座らせた少女は、彼の言葉に首を傾け、よく分からないままにうなづいていた。

「ルイ、てめぇそのご令嬢どこで拾ってきやがった」

「歓楽街の入口近くにある公園、日陰は寒いし、怪我してるから」

 オーナーはそう聞くと、慌てたように奥に引っ込んだ。電話の音がしたが、防音がされている支配人室の扉がしまれば、聞こえなくなった。

 気がかりなものの、まずは応急処置だ。お湯に浸したタオルで軽く手足を拭いて、消毒をしてから傷薬を塗ってガーゼを当てる。最後に包帯を巻いて、テープで止めた。そこまで、少女は決して痛がる素振りはしなかった。

「嬢ちゃんすげぇな」

 黒服が、そう言うと少女は俯いて何も言わなかった。だから、琉生はポケットに入っていた、キャンディーを1つ彼女の掌に乗せた。

 また首を傾げる少女に琉生は笑いかけた。

「ご褒美。痛いのに、手当させてくれたから。えらいね」

 その瞬間、彼女の前髪に隠れていた紫紺の目が、星みたいに瞬いたように感じた。

「荒谷、荒谷祈織」

「え」

「私の名前、イノリってよんで」

 包帯を巻いたばかりの少女――祈織は、そう言って琉生に抱きついた。消毒液や薬の匂いに交じって、少女本来の花のように華やかな匂いが漂ってきた。

「あー、うん。分かったから」

 女性ばかりの環境で育っただけあって、別に気にしてはいないが、彼女はおそらく傷まみれなのだ。触っただけで痛い箇所を刺激しそうで少し固まった。

 でも、そっと頭を撫でてみる。その時の琉生は、動物が懐いてきたみたいで嬉しいと思ったのだ。

 オーナーが、深刻な顔をして支配人室から出てきたのと、慌ただしく入店してきた知らない大人達によってその平穏は終わったわけだけども。


◇◇◇


「ルイ、お前やらかしたな」

 オーナーは、そう言って琉生の頭を撫でた。黒服も、母親たちも、みんないない、がらんとした店内は生まれて初めて見る。

 琉生もこれから、施設に行くことが決まっていた。原因は、彼が拾って手当をした少女だった。

「荒谷は、この国に古くからある政府御用達の裏組織の元締だ。うちを運営して本営さんも、もちろん傘下だった」

 「この街の裏組織が彼女を害した」という情報が、伝わった結果、ほの暗い経営にのっかっていた大凡の店は潰れ、組織は解体されたのだ。

 手当をしたこの店の面々は、最悪の事態にはならなかったが、それでも離散する他ないくらいの災難が降りかかった。

「お前はあの子を恨むか?」

「恨まない」

 即答した彼を尻目に、オーナーは煙草に火をつけた。オーナーが吸う甘い香りのする煙は、多分もう二度とかげないのだ。

「後悔だけはすんなよ」

 最後にそう言って、オーナーはタバコの火を消した。いつも指に着くギリギリまで吸ってからなのに、半分も残して。

「うん、オーナーも元気でね」

 すぐに行政から迎えの車が来た。二人それぞれ別の車に乗せられて運ばれていった。


◇◇◇


 あれから少しの間は施設にいたが、直ぐに引き取られることとなった。

 連れていかれた先は教会で、管理する爺は琉生に教えと人を動かす言葉を教えた。

 その爺は、まともに見えて少し頭のおかしい人だったので、教会にくる信徒を増やすための偶像に琉生を使いたかったと引き取られた日に言われた。

 祈って、修行と称されたほぼ虐待の厳しい躾をこなして、清貧に準じた生活を過ごせば、人らしい暮らしとは遠いものの生きていける。

 そんな暮らしを5年も続けた折に、祈織と再会したのだ。

「私を褒めてください」

「あなたが何を褒めて欲しいのかが分からないので無理ですね」

 爺が用意した服は、重苦しく、襟首の詰まったもので、すっかり彼の心を隠してしまえるものだった。アルカイックスマイルは、十八番である。

「そんな他人行儀な呼び方をしないで下さい。私のことは、イノリと。そう、私はあなたにお願いに来たのです」

 目の前に座る、有名女子校の制服を着た少女が、かつて自分が助けた荒谷祈織であることは色彩を見れば明らか。しかし今になって、彼女が自分に会いに来る意味がわからなかった。

「お願いですか? 自分はしがない男ですので、ここであなたの願いを聞くことしか出来ませんよ」

「私が、あなたの命を救った。その借りを返して欲しい」

 彼女は何を言っているのだろうか。怪訝な顔の琉生に、祈織は天使のように美しいほほ笑みで言葉を続ける。

「処分されそうだったあなたを、施設に送るように手配したのは私です。えぇ、手当をしていただいたお礼以上に、あなたの命を救った借りは大きいと思うんですよ」

「は?」

 それはまぁ、グレーゾーンで生きてきた自覚はあるし、客の話し相手になった時にきっと聞いたら行けないだろうあれやこれやを知っている。しかしそれを漏らしたことは無いし、処分されるほどの情報は持っていなかったはずだ。

「ただの孤児だったらマシでしたが、あなたのお母様は荒谷の関係者だったみたいで、書類をいじらなければ手っ取り早く消されるところだったんですよ? 大変でした。なので、対価を要求します」

 いつの間にやら目の前に来ていた祈織は、琉生の手を取ると跪いて紫紺の目に狂気を滲ませる。

「な、なにを」

「私の良心になってください。このままだと、人を簡単に殺してしまいそうなんです」

 力強く握られた手が、嫌な音を立てる。折れてないといいな、現実逃避をするにも、確かな痛みがそこにあって琉生は意識を飛ばすことが出来なかった。


――これが、【エデン】の始まりであり、真堂琉生が荒谷祈織の手綱を握る事になった発端。

 彼の性格や口調の歪みが、生まれたきっかけでもある彼女との長い付き合いの始まりだった。

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