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真堂琉生にとって、【チーム】というのは頭を悩ませる問題児しかいない集団だった。マイルドに言えば、暴走機関車みたいなやつを主軸に、頭の出来が可愛らしいやつばかり。
アングラな活動をしている場合もあるが、基本的には地域の慈善活動が主な活動内容。なのに、名前で勘違いをして、そのまま入団した面子が見事に不良で悪人面しかいないことが原因だった。
規則を徹底したことと、圧倒的な武力行使で締め上げ、結果的に各所方面への誤解はありつつも、グレーゾーンをひたはしることになったのだ。
今だって、頭が良くても良識と倫理観を捨ててしまった悲しきモンスターが、どこかで暴れていると思うと頭が痛い。
思わず長椅子に座ったまま、正面の礼拝台を拝んだ。ここは、育ての親である爺が管理する建物であり、本部でもある教会。見上げた先のステンドグラスに書かれた聖母は今日も美しいが、ストレスに効くかと言われれば微妙だ。だって神様はいないもの。
そもそも、自分が作ったとはいえ、あの時はまさかこの地区全体の元締に自分がなるとは思っていなかった。たった1人をおさえつけることが目的だったのに、なぜこうなったんだろうか。
「ボス、隣のシマの連中が攻めてきて、今アラヤさんが止めてるらしいんすけど」
慌ただしく開かれたドアから、下っ端の構成員が飛び込んできたことで、自分の想像が間違っていなかったことが分かる。彼の口からとび出た人物の名前に、胃が引き絞られるような痛みを発していた。
悲しきモンスターは、今日も健気に命令を守ってくれているだろうか。守ってくれているといいな。
立ち上がり、背もたれにかけてあったコートを羽織る。大きく描かれた林檎と蛇を組みあわせたシンボルマークが痛々しい。何せチームを作った時期は思春期の初めだ。
今は見ただけで背筋が指でなぞられるような心地だが、気にしている内に手遅れになってしまったら逮捕者が【チーム】から出てしまう。
教会から出ると、同じ服を着た集団が勢いよく頭を下げた。出迎えの言葉はいらないといってから、黙礼だけになったとはいえ、反社になりたい訳では無いから出迎えの文化すら消したい。
「案内をしてくれ」
「ボス! も、もちろんです!」
下っ端は琉生が少し目線を向けただけでも、膝が震えてしまっているようだ。髪はまだしも、肌や目は珍しい色をしているから、仕方ないとは思うがもう少し取り繕って欲しい。
「残りはここで待ってな。どうせあいつだけで十分もすればおわる」
哀れに思いこそすれ、気を使う余裕もこちらにはなかった。免許をとったので乗れるようになった単車に乗り、エンジンをかける。
先行する手下のテールランプを法定速度ギリギリで追いかけ、人が逃げてくる中心へと向かった。
◆◆◆
たどり着いた公園は、最近不本意ながら手にいれたばかりの場所であった。通常時であれは、少し錆びれた遊具と、砂場がどこか懐かしい空気を感じさせるだろう。
「あはははは、この程度の実力でボスに喧嘩を売りに来たんですかぁ? 弱い! 弱すぎますね。幼稚園児程度の力しかもちあわせていないと見える!」
長い銀髪をシニヨンにまとめ、紫紺の目はつまらなそうに攻めてきた隣街のごろつきを見下ろしている。
「遅かったか……」
天使のようだと評される美貌をもつ荒谷祈織は、おそらくごろつきから奪った鉄パイプを握りしめへし折っていた。足蹴にしたゴロツキや辺りに出来上がった惨状も相まって、世紀末世界の覇者の風格がある。
案内してくれた下っ端は既にいなかった。今からあれに話しかけなければならない、俺の身にもなってほしい。
「あ、ボス! ちゃんとのしときましたよ!」
こちらの姿を見つけると、武器を放り捨て、駆け寄ってくる。少し紅潮した頬を緩ませながら、褒めてくれと差し出された頭に、目眩を覚えながら手を乗せた。
「おうおう、殺さずに痛めつけれてえらいな。今度は、戦う前に俺を呼べるようになってくれよ」
男女の体格差もあって、すんなりと撫でることが出来る。こういう所は、出会った時から変わらないのだ。
「すいません、ボス。携帯、充電が切れてたみたいで」
見上げてくる目には、叱られることへの忌避感と、ほんの少しの期待があった。顔だけは本当に可愛らしいと思うと同時に、どうしようもなく哀れな感覚を抱くのはお互いの生い立ちを知っているからこそだった。
「緊急時の連絡に困るから、充電はこまめにやれよ」
乗せていた手で額をかるく小突いた。祈織は両手で額を抑えて「イエス、ボス」と言うと素直にいつもの定位置である俺の斜め後ろにたった。
「で、待たせて悪かったな。俺が【エデン】のボス、真堂琉生だ。今日はなんの御用件で?」
チーム名を口に出した時も、ほんとにムズムズする。痛い痛いと心の中では泣きそうだが、そんなこと一切感じさせないよう堂々とした振る舞いを心がけた。
もしここで相手から舐められでもすれば、後ろの暴走機関車が相手のことを殺しかねないのだ。
「はん! わかってるくせに随分な言い草だなぁ、エデンのボスさんよぉ。お前らがここら一帯を独占したせいで、ウチの稼ぎが減ってんだよ!」
威勢よく返答したのは、祈織が足蹴にしていた男だった。あれだけボコボコにされても、なおも立ち向かおうとするその根性は別の所に使って欲しかった。
「稼ぎ? あぁ、そういえばここらで下っ端使って色売らせてたのはお前たちだったのか」
「ああそうだよ! お前らのせいでうちは商売上がったりだ! どう落とし前つけてくれるんだ? えぇ!」
抵抗できない女や子供を脅し、変態に売り付けていた事を、少しも悪いと思っていない男に腹が立つ。
「救いようのないクズだな」
俺の言葉に、再度喚き出したゴロツキを見下す。殴ってもいいが、それではこいつは罪の重さを理解しないだろう。
「ボス、命令をくれたら死なない程度に痛めつけますが」
「ダメだ。利き手の骨を折るのは許可するが、それ以外は許可しない。手緩いかもしれないが、まだ話がしたいからな」
祈織は、すぐさまゴロツキの利き手の手に踵を落とした。骨を砕く音と、それから少し遅れて悲鳴が上がる。
「な、何を!」
「勘違いしないで欲しいんだが、お前たちは俺たちに既に負けているのに、何を偉そうに口を開いているんだ?」
優しく、丁寧な口調を心がける。気持ちは日曜日の礼拝で聖句を唱える時くらいに落ち着かせて。脂汗の滲むゴロツキと目を合わせながら微笑んだ。
「あ……あ……ナマいって、す、すいませ……い、命だけは、命だけは勘弁してください」
「救いはあるけど、罪を雪ぐのは並大抵の覚悟じゃ終わらないんだぜ」
次第に震えが酷くなっていく、死の恐怖にでも脅えているのだろうか。遠くからパトカーの音が聞こえる。近隣の方が善意で呼んだのだろう。動けなさそうなゴロツキは放置して、停めてあるバイクの方へ向かった。前科はつけたくないのである。
「いいんですか?」
祈織が当然のようにバイクの後ろに座る。ニケツはなかなかスリルがあるので、やめて欲しいがそうすると彼女が徒歩になるため何も言えなかった。
「いいんだよ。殺さないし、弱いものいじめはしないってルール、忘れたのか?」
ゴロツキは、意気消沈したまま蹲っている。骨を折ったことに関しては悪いと思ったが、彼が不幸にしてきた人間のことを思えばまだ軽いだろう。余罪はこれから警察の取り調べて積み重なることだし。
「悪人は許さないは?」
腹に回された腕に、力が込められる。内臓が引き絞られる感覚に、喉の奥が締まった。
「それでも……私刑は、ダメだ。お前もアレと同じになりたいのか?」
しかし、答えは決まっている。手を汚さないためのストッパーとして、最低限のマナーは守らせると誓っているのだ。
「そっか」
それっきり黙って背中にへばりつく、大きな子供は、教会に着くまでそのままだった。