【四巻発売&縦読みフルカラー化記念SS】結婚《ヴィクトリア side》
────これはベンジャミンの元へ嫁いだばかりの出来事。
私はまだ夫のことを警戒した。
だって、大した後ろ盾も持たない貴族未満の女に婚姻を申し込むなんて、おかしいから。
レティシアのように美しいならともかく、私はあくまで一般人の域を出ない……。
どれだけ美容に気を使っても、男性の関心を引くことは出来ないのだ。
だからこそ、不安でしょうがない────夫の狙いは一体、何なのか?と。
ただ妻が欲しいだけなら、他の……それこそ、平民の女性でも良かった筈。
わざわざ高い結納金を払ってまで、貴族未満の女を娶る意味が分からない。
もしかして、貴族との繋がりが欲しかったのかしら?
だとしたら、見当違いも甚だしいわ。
一代限りの名誉爵位を持つ父のおかげで、確かに貴族の末席へ加わることは出来たけど……あくまで末席。
血筋によって爵位を受け継いでいく純貴族とは、訳が違う。
お金も人脈も権力も……普通の平民に比べば、マシ程度。
なんなら、大商会を営むベンジャミンの方が私より優れたステータスを持ってそうだわ。
貴族の末席から平民に落ちた絶望感と平民の夫より劣っている自分を自覚し、複雑な心境に陥る。
このグチャグチャとした感情をどう処理すれば、いいのか分からず……私は────
「ねぇ、ベンジャミン。これが欲しいんだけど」
────夫に無理難題を押しつけてみた。
大変希少で手に入りにくいという秘薬を強請り、私は『美容にいいらしいのよ』と言い募る。
正直、半分八つ当たりだった。
ベンジャミンがお金大好きなのはここ数日で分かったため、金で買った妻に財産を食い潰される悪夢を見せてやろうと思ったのだ。
無論、『無理に決まっているだろ』と跳ねつけられる可能性の方が高いが……。
でも、そっちの方が私としても気楽でいい。
何故なら────私は現在、貴族令嬢と比べても遜色ない高待遇を受けているから。
ここまで歓迎されると、逆に困る……どう反応すればいいのか、分からないから。
『いっそ、突き放してほしい』と考えつつ、私はベンジャミンの返答を待つ。
「若返りの秘薬か────分かった。多少時間は掛かるだろうけど、必ず調達してくるよ」
一瞬難しい顔をしたものの、二つ返事で了承するベンジャミンに、私は目を剥いた。
「あ、貴方分かっているの!?これ、凄く貴重なのよ!?」
「ああ、知っているよ」
「えっ?なら、何で……!?」
『かなりの大金を叩かなきゃ手に入らない代物なのに!』と、私は動揺を露わにする。
衝撃のあまり手に持ったティーカップを落としそうになる私の前で、ベンジャミンはニコッと笑った。
かと思えば、糸みたいに細い目をうっすら開く。
「僕────君のお強請りには、弱いんだ」
サファイアを連想させる青い瞳に穏やかな光を宿し、ベンジャミンは茶化すように言った。
その声が、目が、表情があまりにも優しくて……私は何も言えなくなる。
『何なのよ、もう……』と心の中で呟きつつ、夫の厚意を受け入れるしかなかった。
結局、ベンジャミンの本音は分からずじまい……釈然としないわね。
でも、物凄く優しい……というか、甘い人だってことはよく分かったわ。
『結婚理由も貰い手のない私を哀れんで……だったりして』と考え、少しばかり落ち込む。
だが、不思議と嫌悪感を抱くことはなかった。
どんな理由であれ、いい男性の元へ嫁げたのは間違いないから。
まあ、多少プライドは傷ついたけれども……。
『妹の引き立て役には充分すぎるほど素晴らしい夫だ』と思い直し、私はこの結婚を心の底から喜んだ。
────数日後届いた若返りの秘薬は、結局一度も使用せず……今もずっと私の化粧箱に仕舞ってある。