【三巻発売記念SS】怪奇現象?《スカーレット side》
────時は遡り、五年前のある日。
メイヤーズ子爵家の屋敷では、とある問題……いや、怪奇現象が起きていた。
「────最近、気温がおかしいんです。屋敷の敷地内だけ、温室みたいに暖かくなって……まあ、五分もすれば収まるので、大して害はありませんけど。でも、やっぱり不気味です」
二階のバルコニーで母とお茶をしている私は、近況報告も兼ねて愚痴を零した。
すると、母は一瞬惚けたような顔をする。
「まあ……それは不思議ね」
「いや、『不思議ね』って……それだけですか?」
「ええ。だって、実害はないんでしょう?なら、いちいち目くじら立てる必要ないじゃない」
『そのうち、何とかなるわよ』と楽観視する母は、実にのほほんとしていた。
予想はしていたけど……全く頼りにならない。
やっぱり、私が頑張るしかないわね。
『メイヤーズ子爵家の長女として屋敷の安全を守らなくては』と、立ち上がる。
「あら、もう行ってしまうの?」
「はい。少し用事が出来たので」
残念そうに眉尻を下げる母に、私は『失礼します』と挨拶する。
そして、バルコニーを後にした。
まずは人為的なものなのかどうか、調査しましょう。
それによって、今後の対応も変わるから。
足早に屋敷の廊下を突き進む私は、捜査手順について考える。
『事件当時の皆の行動を調べれば、何か分かるかもしれない』と思い立ち、執事のもとへ向かった。
そこで使用人のスケジュール表や来客の記録を貰うと、一度自室に籠る。
う〜ん……特に変わった行動を取った者は居ないようね。
いつもより仕事が遅いとか、手を抜いているとか、そういう記述もない。
客人に関しては、完全に白ね。だって、事件当時の来客は0だから。
「じゃあ、あれは自然現象なのかしら?」
一人掛けのソファに座り、書類と睨めっこする私は顎に手を当てて考え込んだ。
────が、結論は出ない。
だって、どう考えても屋敷周辺の温度だけ上がるなんて、おかしいから。
『領地全体の話ならともかく……』と頭を悩ませる中、ガンッと壁に何かが当たった。
でも、私は一切何もしていない。
おもむろに音がした方向へ目を向けると、そこには私と妹の部屋を隔てる壁があった。
「またシャーロットね……!?もう!こんな時に何をやっているのよ!?」
怪奇現象の調査が行き詰まっていたこともあり、私は声を荒らげる。
『一言文句を言ってやろう』とソファから立ち上がり、一旦部屋を出ると、シャーロットの自室に押し入った。
もちろん、ノックなんてしていない。
先に無礼を働いたのはシャーロットなんだから、別にいいでしょう!
などと思いながら室内を見渡すと────魔法陣を発動させているシャーロットの姿が目に入った。
あの子ったら、また新しい魔法を……!?この前の幽霊騒動でいい加減、懲りなさいよ!
見覚えのない術式が組み込まれた魔法陣を見つめ、私は苛立つ。
才能の差を見せつけられているようで、悔しかったから。
────と、ここで急に部屋の温度が上がる。
どこか既視感を覚える感覚に私はハッとし、窓辺へ駆け寄った。
「あれ?何でお姉様がここに?」
ようやく私の登場に気がついたシャーロットは、驚いたように目を見開く。
『また勝手に入ってきたんですか?』と尋ねる彼女を他所に、私は窓を開け放った。
そして、右手を外に突き出し、気温を確認する。
「やっぱり────外の温度も上がっている!」
肌感でも分かるほどの暑さに、私は確信を得た。
と同時に、後ろを振り返る。
そこには、発動中の魔法陣片手に怪訝そうな顔をしているシャーロットの姿があった。
「シャーロット、その魔法陣の効果は何?」
「えっ?何でそんなこと……」
「いいから、答えなさい!」
『口答えしないで!』と語気を強める私に、シャーロットは僅かに眉を顰める。
でも、それ以上反論することはなく、嫌々ながらも質問に答えた。
「指定した場所の温度を上げる効果がありますけど……」
紫色に輝く魔法陣をそっと撫でるシャーロットは、『攻撃魔法じゃないですよ』と述べる。
恐らく、『危険なことはしていない』と主張したいのだろう。
まあ、全くもって的外れな弁解だが……。
『私の言いたいことはそこじゃない』と呆れつつ、タンザナイトの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「はぁ……屋敷周辺の温度を上げていた犯人はシャーロットだったのね。心配して損したわ」
「えっ?一体、何のことですか?私は自室の温度しか上げてな……あっ」
中途半端なところで言葉を切り、素っ頓狂な声を上げたシャーロットは硬直する。
魔法陣にミスでも見つかったのか、手元を凝視して青ざめていた。
「……すみません。範囲指定の術式が間違ってました」
蚊の鳴くような声で謝罪するシャーロットに、私は『ほら、見なさい!』と鼻息を荒くする。
彼女の失態を見て溜飲が下がった私は、上機嫌で風魔法の詠唱を始めた。
そして、風の刃を顕現すると、シャーロットの手元目掛けて放つ。
刹那────紫色に輝く魔法陣が音を立てて、砕け散った。
これで魔法の効果は消えるだろう。
「ちょっ……危ないじゃないですか!」
「妹の不始末を片付けてあげたのに何よ、その言い草は。生意気ね」
ムッとして顔を顰める私は、『そんなことを言える立場なの?』とシャーロットを睨みつける。
すると、彼女は口篭り、下を向いた。
迷惑を掛けたという負い目があり、何も言い返せないのだろう。
あからさまに落ち込んでいる様子の彼女を前に、私は『いい気味ね』とほくそ笑む。
「とにかく、もうこんな真似はしないでちょうだい。困るのは私達だから」
『くれぐれも気をつけることね』と言い残し、私は上機嫌でこの場を後にした。