【三巻発売記念SS】失敗談《グレイソン side》
────時は遡り、剣気の練習を始めたばかりの頃。
俺はまだ力の調節が上手く出来ず、剣気の扱いに四苦八苦していた。
両手で木剣を握り、血液の流れに意識を添わせて俺は剣気の発動に踏み切る。
そして、木剣を真剣に変えようと試みるが……またもや失敗した。
また身体強化に剣気を使ってしまった……。
全く……木剣に剣気を纏わせるのも、一苦労だな。
「出力の問題か?」
顎に手を当てて考え込む俺は、意味もなく木剣をじっと見つめる。
傍から見れば異様な光景だが、宮殿の裏手を訓練場所として活用しているため、人目を気にする必要がなかった。
極端に人通りの少ないここは、小鳥の囀りさえ聞こえない静けさを孕んでいる。なので、思う存分訓練に集中出来た。
「……いっその事、限界まで剣気を放出するか?」
『そしたら、何か掴めるかもしれない』と考え、俺は木剣を構える。
神経を研ぎ澄まし、剣気の生成に集中する俺は、大きく深呼吸した。
全身を駆け巡る禍々しい力に意識を向け、手元に集まるよう促す。
「っ……!」
無理やり剣気を制御しようとしたせいか、血管が何本か切れてしまった。
突然血の巡りが悪くなり、目眩を覚える俺は立っているだけでもやっとの状態に……。
それでも、剣気のコントロールはやめなかった。
「……あともう一踏ん張りだ」
自分に言い聞かせるようにそう呟く俺は、額に汗を滲ませる。
限界まで生成した剣気は、大半が支配下から外れてしまったものの、以前より多く手元に残った。
これなら、木剣を真剣に変えることくらい余裕だろう。
手元から感じる力の大きさに目を細めつつ、俺は木剣にソレを流した。
っ……!案の定とでも言うべきか、剣気が零れているな……一滴残らず、注ぎ込むのは無理みたいだ。
手元を離れ、どこかに消えてしまった剣気に、俺は眉を顰める。
でも、普段より量が多かったおかげで木剣に剣気を纏わせることが出来た。
充分過ぎるほど塗りたくったので、威力はかなり上がっているだろう。切れ味だって、抜群の筈だ。
「よし……せっかくだから、試し斬りをするか」
『このまま終わるのは勿体ない』と考え、等間隔に植えられた木の一つに向き合う。
剣気を生成し過ぎたせいで体は怠いが、止まった的に一太刀浴びせる程度の余力はあった。
『これが終わったら、部屋で休もう』と思いつつ、俺は木剣を構える。
そして、思い切り振り被ると、目の前にある木を真っ二つにした────かと思いきや、勢い余って宮殿まで切ってしまった。
木と同じく、真横に切れた宮殿は音を立てて、崩壊していく。
『あっ……』と思った時にはもう遅くて、宮殿の上部は滑り落ちる形で地面に着地した。
呆然と立ち尽くす俺は、『やってしまった……』と肩を落とす。
「いや、反省は後回しだ。今は宮殿に居る者達の避難を……っ!?」
『宮殿を破壊した者として、被害を最小限に抑えなければ』と決意するものの……俺は地面に倒れ込んでしまった。
剣気の使いすぎにより、貧血を引き起こしたようで、吐き気や目眩が止まらない。
また、体に力が入らず、立ち上がることすら困難だった。
くっ……!瞼を上げるだけで、精一杯だ……!しかも、さっきから意識が……!
眠気とはまた違う衝動に襲われ、俺はグニャリと顔を歪める。
何とか意識を保とうと抗う俺は、必死に歯を食いしばった。
でも、現実とは非情なもので────目が回るような感覚と共に、気を失う。
────そして、目が覚めたときにはもう全部解決していた。
騒動の尻拭いをしてくれた母曰く、死者は出なかったらしい。
ただ、宮殿の工事と被害者の補填に大金を叩いたそうで……俺に割り当てられた予算は、しばらくカットとなった。
また、剣気の訓練は一人でやらないように、と厳命されている。
正直、予算カットより、剣気の自主練習禁止の方が堪えるな……。
まあ、悪いのは俺だから、母上の意向に従うが……。
『嫌だ』と駄々を捏ねた日には、何をされるか分からないし……。
我が子にも容赦ない母の人柄を思い出し、『逆らったら死ぬ』と考える。
ベッドのシーツを強く握り締める俺は、『しばらく大人しくしておこう』と心に決め、療養に励むのだった。