【書籍化記念SS】幼児化
※番外編は書籍の特典SSや巻末SSに入り切らなかったエピソードなどもあるため、盛大なネタバレを含みます。
閲覧の際はご注意くださいm(_ _)m
「────えっ?ナイジェル先生が幼児化……?」
至る所に炎霊草が置かれた室内で、私は戸惑いを露わにする。
『ついに狂ってしまったのか?』と心配する中────緑髪の美青年はニッコリ微笑んだ。
「実はポーションの研究で、思わぬ副産物を生み出してしまってね────若返り効果のある薬を開発してしまったんだ。それで、ナイジェルに治験を頼んだら、七歳くらいまで若返ってしまって……」
そう言って、悩ましげに眉を顰めるのは────薬草オタクである、サイラス先生だった。
『効き目抜群だったね』と呑気に語る彼を前に、私は思わず頭を抱える。
いや、従兄弟に治験を頼んじゃダメでしょう……!まあ、引き受ける方もどうかと思うけど……!
『そこは断ろうよ……』と落胆しつつ、私はガックリと肩を落とした。
でも、今更文句を言ったところで状況は変わらないため、グッと堪える。
「はぁ……事情は分かりました。それで、ナイジェル先生は今、どこに居るんですか?」
『まさか、そのまま放置してませんよね?』と問い質す私は、疑いの目を向けた。
『この人なら、やりかねない……』と不安になる中────サイラス先生はチラリと後ろを振り返る。
「ナイジェルなら────僕の後ろに居るよ」
『ほら』と言って、横に一歩移動したサイラス先生は、後ろに隠れた美少年を差し出した。
サラサラの金髪とガーネットの瞳を持つ美少年は、確かにナイジェル先生に似ている。というか、瓜二つだった。
七歳の時点で、既にイケメンだわ……じゃなくて!本当に小さくなっていたのね!サイラス先生の言葉を疑っていた訳じゃないけど、やっぱり信じられないわ!
『夢を見ているような気分だ』と不思議がる私は、金髪の美少年をまじまじと見つめる。
ブカブカのYシャツを着用するミニ・ナイジェル先生は、こちらの視線に気がつくと、きざったらしく微笑んだ。
子供らしからぬ色気を放つ彼に、私は思わず『本当に七歳?』と言いそうになる。でも、既のところで我慢した。
うん、絶対にナイジェル先生だ。本人で間違いない。
「ところで、記憶はあるんですか?精神面まで幼くなった可能性は……」
「ないよ。本人に色々質問して、軽いテストもやったから、間違いない」
確信を持った響きで断言するサイラス先生は、真っ直ぐにこちらを見据えた。
自信ありげに振る舞う彼を前に、私は『なるほど』とすんなり納得する。
研究関連のことで嘘を言うとは思えないし、信用して良さそうね。
それにしても────サイラス先生はどうして、私を呼び出したのかしら?解毒薬の開発に協力して欲しいとか……?でも、薬の調合と開発なんて、ほとんどやった事ないわよ……?私はあくまで植物図鑑の内容を丸暗記しているだけだから。それ以上でもそれ以下でもない。
『助手にしても大して使えないと思うけど……』と困惑しつつ、私は一人悶々とする。
呼び出された理由を一生懸命、考える中────サイラス先生はミニ・ナイジェル先生の背中を押した。
「ということで、あとはよろしくね。薬の効果は大体一日で切れるから。傍に居てあげて」
「え”っ……?」
「じゃあ、そういうことで」
「ちょっ……!?待っ……!」
ほぼ一方的に話を打ち切られ、私は慌てて先生を引き止めた。
でも、『待って』と言われて大人しく待つほど、サイラス先生は優しくなく……こちらの制止を振り切って、隣の部屋に籠ってしまう。
カチャリと施錠された扉を前に、私は一人途方に暮れた。
嘘でしょう……?ナイジェル先生の世話を押し付けるために、わざわざ呼び出したの……?色んな意味で衝撃なのだけど……。
置いてけぼりにされた私は、ガックリと肩を落とす。
とてつもない絶望感に苛まれながら、私は足元に目を向けた。
記憶ありとはいえ、小さくなったナイジェル先生を放置することは出来ないわね……さすがに良心が痛むわ。
炎霊草だらけの室内を見回し、私は『何かあったら大変だ』と思案する。
せっかくの休日を潰すのは不本意だが、このまま放置することも出来なかった。
結局、『仕方ない』と割り切ることにした私はミニ・ナイジェル先生の世話を引き受ける。
後味の悪い展開になることだけは、絶対に避けたかったのだ。
「えっと……とりあえず、服のサイズを調整しましょうか。たった一日の辛抱とはいえ、Yシャツ一枚では動きづらいでしょう」
「ああ、そうだね。よろしく頼むよ」
素直に厚意を受け入れるミニ・ナイジェル先生に一つ頷き、私はいそいそと魔法陣を構築する。
そして、サイズ調整用の魔法陣を作り上げると、彼の服に展開した。
魔法陣に不備がないか確認してから、魔法を発動する。
すると────大きめのYシャツは瞬く間に小さくなり、ミニ・ナイジェル先生の体にフィットした。と言っても、裾はまだ少し長いようだが……。
でも、これ以上縮めると、袖の長さが足りなくなるのよね。ナイジェル先生には悪いけど、これで我慢してもらおう。
「ズボンはどこにありますか?同じように縮めるので、場所を教えてください」
『下もないと不便だろう』と思い、私はキョロキョロと辺りを見回す。
物で溢れ返った室内に四苦八苦する中、ミニ・ナイジェル先生はある場所を指さした。
「あぁ、それなら────そこの棚に置いてあるよ、下着と一緒に」
「そうですか。分かりまし……えっ?下着?」
最後の一言に違和感を覚えた私は、ピタリと身動きを止める。
ギギギギギッとぎこちない動作で首を動かし、私はミニ・ナイジェル先生に目を向けた。
今、下着って言った……?言ったよね……!?確実にそう聞こえたのだけど!?
えっ?もしかして、下着を履いてないの……!?って、履ける訳ないか……!サイズ的に!
履いているものだと思い込んでいた私は、思わず頭を抱えた。
緊急事態とはいえ、殿方の下着を見るのはちょっと……でも、棚の中を確認しないと、先生のズボンが……。
思いもよらない事態に発展し、動揺する私は頭を悩ませた。
『もういっその事、このまま放置しようか』と思い悩む中、私はふと────目を覚ます。
真っ先に目に入ったのは炎霊草だらけの空間でも、ミニ・ナイジェル先生でもなく……自室の天井だった。
「────夢……?」
ぼんやりする意識の中、状況を整理する私はゆっくりと体を起こす。
キョロキョロと辺りを見回し、自室だと確信すると────思い切り脱力した。
はぁ……夢で良かった。本当にナイジェル先生が幼児化したのかと思って、焦ったわ。
現実的に考えれば有り得ない話だけど、サイラス先生の実力なら、実現しそうなんだもの。
「正夢にならないことを祈るわ……」
『どうか、ただの悪夢で終わってくれ』と願いながら、私は肩の力を抜く。そして、バフッとベッドに倒れ込んだ。
よし、二度寝しよう。
悪夢を見たばかりだというのに、全く懲りない私はそっと目を閉じる。
『今度はいい夢が見れますように』と祈りつつ、私は意識を手放した。