勝負の行方
「────私は既に祈願術の発動方法を習得しています」
声高らかにそう宣言すれば、姉だけでなく会場全体がざわついた。
先程の落雷を見た手前、真っ向から否定することは出来ないのか、みんな目を白黒させる。
貴賓席に座る皇帝陛下でさえ、動揺を隠し切れない様子だった。
まあ、いきなり祈願術を使える小娘が出て来たらこうなるわよね。私も逆の立場だったら、『信じられない!』と叫んでいたでしょうし。
「き、祈願術が使えるなんて聞いてないわ……!こんなの反則よ……!!」
ようやく正気を取り戻した青髪の美少女は理不尽だと喚き散らす。
元気そうで何よりだが、もう少し自分の置かれている状況を考えてみた方がいいだろう。
「反則、ですか。でも、残念ながら魔法部門のルールに祈願術の使用を禁じる記述はありません。なので、これは正式に認められた攻撃手段ですわ。それより────降参しなくて、よろしいんですか?」
姉の恐怖心を駆り立てるようにニッコリ微笑めば、ドカンッと遠くの方で爆発が起きる。
黒い煙が立ちのぼるそれは私の意思に沿って、ふわりと消えた。
私が望む結末はただ一つ────姉の降参。姉自ら負けを認めることで、彼女のプライドをズタズタに引き裂く算段だ。
性格が悪いのは百も承知だが、これが私なりの報復だった。
正直な話、最初は……姉の引き立て役をやめると決断した当初は報復するつもりなんて、これっぽっちもなかった。
姉の傲慢さを増長させたのは自分自身だと分かっていたから。もちろん、好き勝手に振る舞った姉も悪いし、彼女の罪が消える訳でもない。でも、それを止めずに受け入れてしまった私にも非はある。自業自得と割り切れるくらいには……。
だから、私は姉の引き立て役をやめただけで姉の本性を周りに言いふらすことはなかった。
でも、あの日……姉が私の部屋に突撃したときにその考えは変わった。
謝罪一つなく、引き立て役に戻るよう強要してきた姉にブチ切れてしまったのだ。
姉がこうなってしまった原因は私だからと割り切れるような状況じゃなかった。
だから、こうして姉の前に立ち、体育祭という大舞台で彼女を負かそうとしている。
体育祭の代表選手については姉のことがなくても多分引き受けたけど、こうやって彼女を追い詰めることはなかっただろう。降参を待たずに倒していたと思う。
「こうなったのは全てお姉様のせいだと言うつもりはありません。でも、私の怒りは受け止めてください」
防音用の結界を張った上でハッキリとそう言えば、姉はクッと眉間に皺を寄せた。
突然、意味不明なことを言われて怒っているのか、それとも全てを理解した上で理不尽だと思っているのか……彼女は不愉快げに顔を顰める。
この状況下でもまだそんな表情が出来るのかと、思わず感心してしまった。
「スカーレットお姉様、降参するなら今の内ですよ。そうすれば、痛い思いをせずに済みます」
「っ……!!」
遠回しに『次はちゃんと当てる』と脅せば、姉はギリッと奥歯を噛み締めた。
悔しそうに拳を握り締める姉の姿から、彼女の葛藤がありありと伝わってくる。
かなり酷な選択を迫っている自覚はあるが、やめるつもりは毛頭なかった。
「何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ……!ただ、ちょっとシャーロットを悪く言っただけなのに……!」
理不尽だと嘆く青髪の美少女は怒りで身を震わせ、キッと私を睨みつける。
手負いの虎は愚かにも逆上してしまう────それが最大の過ちとも知らずに……。
「噂程度で敏感になり過ぎなのよ!これくらい、貴族では当たり前のことじゃない!シャーロットは黙って、私の引き立て役に徹していればいいの!シャーロットさえ我慢すれば、全て上手くいくんだから!」
自分を正当化し、私の人生を軽んじる姉に一瞬だけ殺意が芽生えた。
心が冷え切っていく感覚と共に、身のうちに秘めた魔力がゆらりと揺れる。
負の感情に引き摺られ、魔力を帯びたドス黒いオーラが滲み出た。
嗚呼、この人は本当に────私の神経を逆撫でるのが上手いわね。
「……言いたいことはそれだけですか?」
ワーワー喚く実の姉を前に、私は平坦な声でそう尋ねる。
自分の顔が今どうなっているのかは分からないが、きっと凄い表情をしているのだろう。だって、あの姉が腰を抜かすくらいなんだから。
「言いたいことは全部言い終えたみたいですね。降伏の意思はなさそうですし、攻撃を再開しますわ」
『もう話すことは何も無いだろう』と防音魔法を解き、一歩近づけば、姉はフルフルと首を横に振りながら後退る。
涙目になる青髪の美少女を前に、私はおもむろに手を振り上げた。
さすがに殺そうとまでは思っていないが、痛い目には遭ってもらう。姉が降参するまで何度でも。
カタカタと小刻みに震える姉を見下ろし、今まさに手を振り下ろそうとしたとき────。
「こ、降参……!降参するわ!」
────直前になって怖気づいた姉が降伏を宣言した。
半泣きになる彼女を前に、私はゆっくりと手を下ろす。
「────す、スカーレット・ローザ・メイヤーズ選手の降伏宣言により、シャーロット・ルーナ・メイヤーズ選手の勝利になります!よって、第四百二十六回 魔法部門の優勝者は一年C組シャーロット・ルーナ・メイヤーズ選手です!おめでとうございます!」
私の勝利と優勝が宣言され、何も知らない観客達は沸き立った。
あちこちから飛んで来るお祝いの言葉に、私は笑顔で応じる。
興奮するクラスメイトには手を振り、来賓の方々には小さく会釈した。貴賓席に座る皇帝陛下にも手を振られたため、ペコリとお辞儀する。
────こうして、色んな意味で異例な試合は幕を閉じた。