嫉妬と焦り《スカーレット side》
予選を無事通過し、準々決勝の試合を控える私は選手用の通路から会場の様子を窺う。
エトワールドームと呼ばれるこの会場には結界が張られており、観客や待機中の選手を守っている。
魔法部門は他の部門と違い、周りへの被害も大きいため、このような措置が取られた。
魔法学の教師総出で張られた結界だから、簡単に破れることはないけど……今年はシャーロットが居るから、心配ね。あの子なら、片手間で結界を破壊しそうだわ。
憂い気な表情を浮かべる私は半透明の結界に触れ、青いマントを靡かせる紫髪の美女に目を向けた。
結界の中で相手選手と向き合う我が妹は不安を感じさせない堂々とした態度で前を見据える。
相手選手は二年生だと言うのに、彼女は余裕そうだった。
「────それでは、これより二年D組ジョシュア・フレディ・トーマスと一年C組シャーロット・ルーナ・メイヤーズの予選試合を始めます。両者、構えてください」
拡声魔法で大きくなった司会者の声が響き渡る中、ジョシュアとシャーロットは手のひらを前に突き出す。
目前まで迫った第七試合に観客達は胸躍らせ、選手達は魔力を高めた。
「即死系の魔法は使用禁止です。それでは────始めてください」
ついに最後の予選試合が始まり、ジョシュアとシャーロットはほぼ同時に口を開いた。
「《ファイアランス》!」
「《プロテクション》」
先手必勝と言わんばかりに展開された火炎魔法を前に、シャーロットは防御系の中級魔法を発動した。
複数発現した炎の槍がまるで雨のようにシャーロットに降り掛かるが……彼女の展開した結界に阻まれる。
半透明のそれはグルッと彼女の周囲を囲い込み、炎の槍を弾いた。そのおかげでシャーロットは怪我一つしていない。
「同じ中級魔法とはいえ、僕のファイアランスを防ぐとは……只者じゃないな。全力で行かせてもらおう────《ファイアトルネード》!」
中級魔法の中でも上位に位置する魔法を展開し、相手選手は炎の竜巻を巻き起こした。
炎と風のコンビネーション技である『ファイアトルネード』は使い手を選ぶ魔法だ。
相手選手が優秀な魔導師であることは間違いないだろう。だが、しかし……シャーロットには通用しない。
「行け!僕の敵を打ち倒して来い!」
ビシッとシャーロットを指さし、ジョシュアは炎の竜巻を動かした。
彼の意思に沿うように前進を始めた炎の竜巻はシャーロットとの距離をじわじわ詰めていく。
スピードはそんなに速くないので避けようと思えば、避けられるが……紫髪の美女はその場から動かない。
そして────そのまま炎の竜巻をまともに食らってしまった。
ガンッと乾いた音を立てて、砂埃が舞い上がり、シャーロットの姿を覆い隠す。
真っ赤な炎は火の粉を撒き散らしながら、その場に留まった。
結界があるとはいえ、あれほどの攻撃を受ければタダでは済まないだろう────と誰もが考える中、炎の竜巻がヒュンッと姿を消す。
舞い上がった砂埃が徐々に落ち着き、視界が良好になると────会場は騒然とした。
何故なら、『倒れている』と思っていた少女が平然と立っていたから。それも半透明の結界を維持したまま……。
「う、嘘……!?あれほどの攻撃を受けていながら、耐えたと言うの……!?」
「確かあの子が使った結界魔法って、『プロテクション』よね?『ファイアトルネード』に耐えられるとは思わないのだけれど……」
「かなり多くの魔力を結界に注ぎ込んだのか、あるいは彼女の魔力が桁外れに強かったのか……」
動揺、恐怖、羨望……様々な感情が渦巻く会場内で、シャーロットは一歩前へ出た。
それに合わせて、半透明の結界も少し前へ動く。
「今度は私の番ですね────《サンダーショット》」
人差し指と親指を立てた状態で指先を前に向け、そう唱えれば────シャーロットの人差し指から何かレーザーのようなものが飛び出した。
バチッと音を立てて飛んでいくそれは速く、防ぐ暇もなく、ジョシュアの横腹を掠める。
その瞬間────彼の体が小刻みに痙攣し、バタッと後ろに倒れた。
仰向けの状態で転がる彼は白目を剥いている。
ま、まさか……雷魔法!?氷結魔法が使えるのは知っていたけど、まさか使い手の少ない雷魔法まで使えるなんて……!あの子は一体どれだけの才能に恵まれているの……!?
ギュッと拳を握り締める私は『何でシャーロットばっかり……!』と不平等な現実を呪う。
勝敗の結果を宣言する司会者の声を聞き流し、紫髪の美女を睨みつけた。
シャーロットは……妹は!姉を立てなきゃダメなの!姉より優秀な妹なんて、存在しちゃいけない!だって、そうじゃないと……。
「そうじゃないと、私が────幸せになれない!」
クッと眉間に皺を寄せ、嘘偽りのない本音を吐き出した。
高ぶる感情に合わせて、体が震える。
怒りや焦りで頭がいっぱいになる中、第七試合を終えたシャーロットと相手選手が退場した。
まあ、気絶したジョシュアは担架に乗せられて運び出されただけだが……。
「────続いて、準々決勝の第八試合に移ります。選手は入場してください」
入場を促された私はハッとし、強く握り締めた手を解いた。
冷水をかけられたように荒れ狂う感情があっという間に落ち着き、冷静になる。
口元に手を当ててグルッと辺りを見回す私は『周りに誰も居なくて良かった』と安堵した。
あんな姿、誰にも見せられないわ……特にレオ殿下には。
「今度から気をつけないと……」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた私は小さく深呼吸し、前を見据えた。
通路に施された結界は一時的に解けており、相手選手は既に入場を始めている。
『スカーレット嬢はまだか?』とざわつく観客席を一瞥し、私はゆっくりと歩き出した。
会場内に足を踏み入れれば、通路の結界が直ぐに張り直される。
出来るだけ魔力消費を抑えて、勝たないとダメね。もしも、シャーロットがこのまま勝ち上がれば……いや、確実にあの子は勝ち上がってくる。私と戦うためだけに……。
だから、出来るだけ魔力は温存しておかないと。
自身の手のひらを見つめる私は会場の中央で足を止め、顔を上げた。
「それでは、これより三年D組リリアーナ・シエル・ホールデンと三年A組スカーレット・ローザ・メイヤーズの準々決勝を始めます。両者、構えてください」
去年の準決勝で当たったリリアーナ嬢を見据え、私は手を翳す。
緊張した面持ちでこちらを見つめるリリアーナ嬢も手のひらを私に向けた。
「即死系の魔法は使用禁止です。それでは────始めてください」
試合開始の宣言と共に、私とリリアーナ嬢は一斉に詠唱を口にした。
「《フライ》」
「《ソイルアップ》」
浮遊魔法で自身の体を浮かせた私はそのまま天井ギリギリまで舞い上がる。
ふと下を見てみれば、私の居た場所の土が十メートルほど盛り上がっていた。
戦い方は以前とあまり変わらないようね。去年は彼女の土魔法に苦労したものだわ。
物凄く地形の使い方が上手いんだもの。だけど────空中戦に持って行けば、私のものだわ。
「《ファイアボール》《ファイアボール》《ファイアボール》」
恥を承知で初級魔法を複数展開した私は、三十を越える炎の球を顕現させる。
可能な限り魔力消費を抑えるため、私は数打ちゃ当たる戦法を取った。
以前までの私なら、『その戦い方は副会長に相応しくない』とか言ってやめていただろう。
でも、シャーロットとの戦いが控えている状況でそんなことを気にしている余裕はなかった。
「そ、ソイルウォー……」
慌てて防御態勢を整えようとするリリアーナ嬢だったが、私の方が少し早かった。
手を思い切り振り下ろし、宙に浮く炎の球を全て落とす。
雨のように降り注ぐそれは情け容赦なくリリアーナ嬢に命中し、彼女の服や体を燃やした。
「きゃぁぁぁあああ!!」
水魔法や風魔法に適性のない彼女は悲鳴を上げながら、会場内を走り回る。
消火用の魔法陣を作る余裕もないのか、リリアーナ嬢は手で火の粉を振り払おうとした。
初級魔法なので大して威力はないが、炎に焼かれれば誰だって痛い。もう私の勝ちはほぼ確定していた。
「《ファイアボール》」
「う、嘘!?まだ来るの……!?ちょっ!待って……!!」
追加分の火炎魔法を展開する私に、リリアーナ嬢は涙目になる。
そして、半ばヤケクソになりながらこう叫んだ。
「分かった……分かったから!!降参するから、もうやめてちょうだい……!!」
『髪がチリチリになっちゃう!』と嘆くリリアーナ嬢は全面降伏を申し出るように両手を上げた。
今にも泣き出しそうな彼女を前に、とりあえず追加分の火炎魔法を打ち消す。
チラリと司会者の方を振り返れば、間もなくして私の勝利が宣言された。
救護班の方が慌ててリリアーナ嬢の炎を消す中、私はふわりと地上に降り立つ。
何とか、魔力消費は最低限に抑えられた。この調子で勝ち上がって行けば、八割程度の魔力は残せる……と思う。馬鹿げた力を持つ一年生や、ここ一年で急成長した生徒が居なければ……。
まあ、たとえ全快の状態であったとしてもシャーロットには勝てる自信はほとんどないけれど……出来ることなら、あの子と戦わずに勝ちたい。
誰かシャーロットを棄権させてくれないかしら?
そんなの絶対に無理だと分かりつつも、そう願わずにはいられなかった。